探偵少女の助手
佐熊カズサ
第1話
ふと、視界に飛び込んだ派手なチラシに目を取られた。
重そうなグレーの空の下、居酒屋やクラブが立ち並ぶ少し荒んだ通りを講義中に蓄えた眠気を引きずりながらだらだらと歩いていた俺は、小さなアパートに向かっていた足を止めた。
所々塗装の剥がれたねずみ色の雑居ビルのガラス扉に貼られたチラシに近づいて内容に目を通す。
「探偵助手……募集……?」
目が痛くなるほど真っ赤なポップ体で書かれた文字を読み上げる。地元のスーパーのチラシのようなデザインに不釣り合いな文字列に違和感を覚えた。
続きが気になってさらに読み進める。
『探偵の助手として一緒に働いてみませんか?
初心者歓迎、物探しや人探しが得意な方は特に歓迎します』
その下には時給、業務内容、メールアドレスや事務所の住所など基本的な情報が載っていた。
業務はペットの捜索や人探しなどいかにも探偵らしいものだが、その報酬には我が目を疑った。
伊達メガネのブリッジを人差し指で押し上げ、顔を近づけて目を凝らす。
テレフォンオペレーターにも引けを取らない時給に成果報酬が追加されるというのだ。
仕送りで生きる貧乏大学生には垂涎ものである。正直、今働いている喫茶店のアルバイトなんて比べものにしかならない。
しかしあまりにも縁遠い探偵という職業に、不思議と魅力を感じなかった。何より現実味を感じなかった。
というか、今だってこのチラシが幻覚か誰かのいたずらなんじゃないかと若干疑っている。この近辺に住み出して三年近くになるが、探偵らしい人物なんて一度だって見かけたことがないのだ。いや、素人目には分からないほど馴染んでいるだけなのかもしれないが。
とにかく探偵というのは常に危険と緊張が付き纏うような仕事だろう。事勿れ主義の俺にとって、喫茶店を辞めてまで働きたいような職業ではないことは確かだった。
まあいいさ。
はあ、と息を吐いて、いずれ話のネタにでもしよう、と頭の片隅に記憶を留めて再び帰路についた。
静かな住宅街の中に建つアパートの部屋へ帰宅し、カップ麺で夕食を済ませてベッドがわりのソファに寝転んだ。
スマホでゲームアプリを起動させる。世界の料理を擬人化した美少女を操作するターン制RPGである。
ゲーム内イベントは既に後半戦へと進んでいる。雪山を走る蒸気機関車内で起こる事件を解決するイベント限定のストーリー。
画面の中で探偵役のプレイヤーキャラがラウンジに集めた乗客を前に推理ショーを披露する。
「…………」
肺のあたりに靄が入り込んだように息がつまる。
ろくに読まずにテキストを次に送る。
『探偵』という存在が夕方に見たチラシを思い出させてうまく集中できない。
仕方なくストーリーは読み飛ばして、バトルのみを繰り返した。
途中で時計を確認すると既に日付を跨いでいたが、中断はさせなかった。
しばらく続け、ランキングが五百位以内に入ったのを確認してようやく眠りについた。
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