第13話

「お前、最近メイド喫茶に入り浸っとるやろ?」

 ユキカゲとのデート(仮)から明けて午後三時。講義が終わり、大学の敷地を後にして事務所へ向かっていたその道中、後ろから声をかけてきた男にあらぬ疑いをかけられた。

「なんだよいきなり……。入り浸ってないし、なんなら一回も行ってないよ」

 親しげに肩に置かれたゴツゴツとふしくれだった手を払う。

 男鹿海斗おがかいとは講義で偶然隣席になって以来の友人だ。外見はいたって爽やかでなんなら性格も爽やか。センター分けの黒髪マッシュに涼やかな釣り目が若手俳優のようで、女子からの外見評価は比較的高い。しかし染みついた男子校のノリが災いしているのか、彼女がいるのは何度か見ているが二か月以上交際しているのを見たことがなかった。

 そんな関西弁の残念王子はヘラヘラと笑って隣に並び歩いた。

「嘘つくなって。古柴があの薄暗い感じのビルに二日連続で通っとるん、俺の友達が見たって言うとったぞ」

 深淵のようにどこまでも黒く理知的な目がからかうように細められる。ていうか、誰なんだよそいつ。

 名も知れない学友のおかげで広がりかけている噂を訂正する。

「いや、確かにそのビルには通ってるんだけどさ。俺、あのビルに入ってる探偵事務所でバイト始めたんだよ」

「へえ、ほんなら今古柴は探偵さんなんか?」

「まさか、ただの探偵の助手だよ。それにまだ依頼に同行したこともないし、実質雑用係だね」

「ほーん、そうかそうか」


 それからだらだらと雑談をしながら喫茶店や洋焼菓子店の並ぶ通りを進んでいると、

「あっせんせーい!」

 古びたクリーニング屋の陰から、ちょうど下校中らしいランドセルを背負った三人組の小さな女の子たちが元気に手を振りながら駆け寄ってきた。

「おー」

 小学生たちに軽く手を挙げて応える男鹿。全身を使って楽しそうに今日のできごとを話す少女たちに、男鹿は少し屈んで目線を合わせてオーバー気味に相槌を打っている。

「先生? なんの?」

 尋ねると屈んだまま振り向いて、

「俺も最近新しいバイト始めたんよ。ほら、近くに小学校あるやろ、そこの学童保育の補助のバイトや」

「へえー」

 穏やかな陽だまりのように優しく平和な光景を眺めていると、男鹿に群がっていたふわふわした雰囲気の少女にシャツの裾をつん、と引っ張られた。

「ねえ、お兄さん」

「……ん、どうしたのかな?」

 少し驚いたがなんとか持ち直して優しく笑ってみせる。小さい子の相手なんかまともにした事がないから関節がぎくしゃくする。

「お兄さんは先生のお友だち?」

「ええっと……」

「せやでー。でもみんな気ぃ付けやなあかんで、こいつ探偵さんやから、ちょっとしゃべっただけでみんなの秘密とかばれるかも知らんで―?」

 言い淀んだ言葉の続きを引き受けた男鹿は、人差し指と親指で円を作ってモノクルのジェスチャーをして怖がらせた。小学生たちはキャーキャーと楽しそうにはしゃいだ。

 男鹿は探偵のことなんだと思っているのさ……。

「へえー! お兄さんたんていなんだー!」

 ツインテールの女の子にキラキラした目を向けられる。この子にとっての探偵は一種のヒーローのようなものなのだろう。俺も男鹿に倣って少しだけ目線を近づける。

「いや、探偵の手伝いをしてるってだけで俺は別に探偵じゃないんだよ」

 子どもの理想を壊さないよう、嘘をつかない範囲でやんわりと否定すると、

「じゃあお兄ちゃんもしかして、ねことしゃべれるお姉ちゃんとお友だち?」

 一番背の高い、少し大人びた雰囲気の子がおずおずと話しかけてきた。

「ん……? 猫としゃべれる……?」

「うん。そこの公園でね、ふりふりのかわいい服きたお姉ちゃんがねことしゃべってたの。だから『なにしてるの?』ってきいたら『猫に目撃情報を聞いてるんだよ、私は探偵だからね』って言ってたの。だからお友だちなんじゃないかなあと思って」

「……」

 彼女の物まねの精度がいかほどかは分からないが、その口調には随分と聞き覚えがあった。それに、が公園で猫に話しかける姿は恐ろしいほど容易に想像できた。

「ねえ、そのお姉ちゃんの髪型はどんなだったか覚えてる?」

「えーっと……、ちょっとくるくるで、黒くて長かったかな……」

 少しずつ、『猫としゃべれるお姉ちゃん』のシルエットがはっきりとしてくる。

「目はどんな感じだった?」

 はやる気持ちから若干口調が強くなってしまったが、彼女は気にせずに記憶をたどることに集中していた。

「んー……あんまりおぼえてないけど、きれいな人だった!」

 眉間に集めたしわを解いて、少女は子どもらしい含みのない笑顔で言った。この純粋そのものな誉め言葉をが聞いたらどんな顔をするだろう。

「そっか……ありがとね」

 シルエットはまだぼんやりしたままだが、疑うに足るだけの情報はそろったといってもいいだろう。

「あ! もうちょっとで信号かわる!」とツインテの少女が叫ぶと他の子たちも彼女に続いて青になりかけている信号に向かってダッシュした。「じゃーね、先生!」

 立ち上がって、男鹿と俺は手を振って見送った。三つのランドセルが無事に横断歩道を渡るのを見届けて帰路に復帰する。

「……なんや、お前のボスは猫としゃべれるんか」

「……いや、まだそうだと決まったわけじゃないから……」

 とはいえ、限りなくクロなんだよなー。

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探偵少女の助手 佐熊カズサ @cloudy00

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