第12話
ユキカゲと名乗った少女は決まり悪そうな苦笑いを浮かべた。
「え……もしかして、男だったり……?」
「流石に違いますっ!」
勢いよく反論された。まあそりゃそうか。こんなにかわいい男子が存在していたら、俺はもう目で見るものすべてを疑ってしまうよ。
「『ユキノ』はバイト用の名前で……」
「ああ、なるほどね」
メイド喫茶はまだ未踏の地だが、働くメイドの女の子が素性を隠さなければならないのは何となく想像がついた。可愛い女の子が魅力的な衣装をまとって接客してくれるのだから、勘違いしない客がいないとも限らないのだろう。
「でも、なんで初めて会った時、俺にバイト用の名前を教えてくれたの?」
まさか俺も勘違い野郎だと思われたのだろうか、いや、実際は連絡先交換したあたりから、もう既に半分くらい勘違いしてしまってるんだけど。
「あの時はメイド服着てたから『猫耳メイドモード』だったし……それに、実は私、自分の名前あんまり好きじゃないんです……」
「それはまたどうして?」
彼女はつい、と顔を逸らし、
「……だって女の子らしくないじゃないですか」
拗ねたようにぼやいた。
「まあ、確かにかわいいって感じじゃないよね」
どっちかっていうと武士とか書道家みたいな感じ。凛々しいとか涼やかとか。
嘘をつくのも白々しいと正直に述べると、ユキノ……いや、ユキカゲさんはふっと目を伏せ、
「やっぱりそう、ですよね……」
なんともクールに微笑んだ。こんな表情もできるのか、と感心するほどに哀愁が半端ない。
「ああ、でも透明感があってきれいで、君によく似あってると思うよ」
なんとか咄嗟にフォローを入れる。
と、彼女は少し驚いたように顔を上げ、少しずつ瞳に光を取り戻した。
「そう、ですか……? えへへ、うれしいです……」
頬をかすかに紅潮させてふわりとさっきとは真逆の温度で微笑む。
「え、そんなに喜んでくれる?」
「ふふっ、はい。今までは『でもかっこいいじゃん』とかってよく言われてたんですけど、『きれい』ってはじめて言われて、とってもうれしいです……!」
微笑みが進化して笑顔になった。
キラキラした光属性の笑顔で、哀愁の影はその光に打ち消されて微塵もない。
「そっか……なら良かったよ」
女の子の考えてることってやっぱわからんな。
山の天気よりもコロコロ変わるユキカゲさんの表情を見てそう思った。
「あの、おねがいがあるんです……」
「どうしたの、あらたまって」
「これからは私のこと、『ユキカゲ』って呼んでくれませんか? メイドの私じゃなく、ホントの私と仲良くなってもらいたいんです」
どうしてこう、俺の周りの女の子は呼ばれ方にこだわるかな。とか考えつつ俺も俺でやっぱり意識してしまう。
「いいよ、ええっと……ユキカゲ」
「ありがとうございます、兼くん」
ユキカゲの甘くてふわふわした声がいつまでも耳の中でこだまする。
兼くん、だってさ。
会計を済ませて再び駅に向かう。
改札を通ってホームに降りると同時に俺の家から遠ざかる方面の電車が到着した。
「じゃあ私、こっちなので……」
「うん、じゃあ」
実験的な気持ちで手を振ってみると、電車に向かっていたユキカゲはくるりと振り向いて、
「はい、また!」
小さく手を振り返してくれた。
ほどなくして俺の待つホームにも電車が到着した。
乗り込んで、今度はすいていたので適当な席に腰掛ける。と、ポケットの中でスマホが振動した。
ロック状態のまま通知を確認すると、新着メッセージの知らせが届いていた。
タップしてアプリを起動させて内容を確認すると、ユキカゲからだった。
『今日はありがとうございました♪』
『私のわがままに付き合ってくれてとてもうれしかったです』
『またお話ししましょうね』
本当はいろいろ話したいことはあったが、頭の中でこねくり回していろいろ考えた末に『俺も楽しかったよ、また会おうね』の一文にとどめた。
無意識のうちに顔が緩んでいたのか、おじさんにチラ見されたがそんなこと気にもならなかった。
大学生活三年目にして、ようやく雪解けの兆しが見られたような気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます