第5話

「…どうしたんですか急に目逸らして」


「あっいやその、会って間もない男の子と2人きりで見つめ合うのって、改めて考えたらちょっと恥ずかしいなって」


「さっきまで普通に話してませんでした?」


「それはお互いパンフレット見ながらでしたし、その前は立髪さんが居眠り…もとい俯いてらしたので」


 確かに説明を受ける立場でありながら、失礼な態度をとったのは自分が先。それを言われてはもう何も言うことはできない。玄関で会ったときは普通だった、と言いかけた口を穿司はつぐむ。


「じゃあどうします?川野さんが喋りづらいんなら、俺ずっとパンフレット見ときましょうか?」


 流華は少しの間俯いて考え込むと、穿司と目が合わない程度に顔を上げて答える。


「いえ、こういうのは畏まった態度を無理に続けようとするから、緊張の糸が切れた時にうっかり素が出たりして変な空気になるんです」


「というと?」


「私、クラスの男の子たちとは普通に話せるんです。皆の雰囲気というか口調というか、多分喋りやすい何かがあると思うんです」


「つまり?」


「えっと、敬語をやめてみてもらえませんか?あと『さん』付けも。フレンドリーな会話なら緊張も照れも出ないでしょうし、それにほら、クラスメートになるんですし、折角なら仲良くなりたいじゃないですか」


「そっちの敬語は?」


「あ、これは誰に対してもこんな感じなのでお気になさらず」


(…喋り方や呼び方くらいで変わるもんなのかな)

 それが有効かどうかはともかくとして、同い年の相手に敬語で話すのは穿司も確かに違和感があった。もっとも、なぜ学校の説明に来たのが教員ではなく同い年の少女なのか、なぜ学校の方から訪ねてきたのか、そもそもどんな学校なのか…。

 とにかく違和感は他にも感じていたが、それらを聞くためにも、どの道本題には入ってもらわなくてはならない。


「わかった。ただそっちも『立髪さん』っていうのはやめてもらえないかな」


「あ、『立髪くん』の方がいいですか?」


「いや、周りからはずっと『穿司』って呼ばれてたから、なんか落ち着かない」


「えっとじゃあ…せ、穿司くん?」


「呼び捨てでもいいけど。俺だってそうするわけだし」


「う~ん、そこまでするとまた別の恥ずかしさが出るといいますか」


「…難しいもんだな。まぁいいや、とりあえずよろしく、川野」


「はい。よろしくお願いします」


 三度目の正直といったところか。咳払いをした後、流華は口を開く。


「穿司くん。昨日の夜、というかもう今日なのかもしれませんが、とにかく夜遅くに何らかの事件に巻き込まれませんでしたか?」


 少し前に途切れた話題が改めて挙がる。穿司は彼女がなぜそんなことを聞くのかはわからなかったが、一応考えてみる。

 無論、夜道での事件と言われれば考えつくのは1つだけ。心当たりがあるどころかタイミング的に十中八九当事者だが、念のために聞いてみる。


「事件って例えばどういう…」


「どこかの路地裏で喧嘩があって成人男性があおむけに倒れていたとかです」


「…『事の顛末は大体知ってるけど本人がちゃんと自分の口から言うかどうかで𠮟り方のレベルが変わる』感じ?」


「何か随分と実体験に基づいてそうな推測ですが違います。まぁ、私も小さい頃に母から似たような事情聴取で怒られたりしましたけど。そうではなくて、単純に経緯を教えてほしいだけです。怒ったりとかはありません」


 流華は何かを思い出しながら、安心させるように微笑みかける。彼女の口ぶりから察するに、どうやら色々と事情を知っているらしい。


「…どこから話したもんかな…」


 とりあえず穿司は路地裏でのいきさつを話し始める。聞きたいことがあるのは彼も同じではあったが、今は自分が話す番だというのが空気でなんとなく理解できた。


 10分経ったか経たないかといったところで、一通りの説明が終わる。メモを取る手を止めて、流華はお茶を一口飲んだ。既にぬるくなっているはずだが、新しいお茶はいらないという。そして呟くように言葉を漏らす。


「突然獣の姿になって襲ってきた、ですか…」


 やはり何か知っているのか、特に驚いているようには見えない。話を聞いている間も淡々とメモを取っていた。十数分前の誰かとは違い、きちんと話を聞いたうえで相槌まで打ちながら。


「…あんまり驚かないんだな」


 居眠りしていた時の自分を改めて恥じながら、穿司は口を開く。


「そろそろ聞いていいか?」


「はい、何ですか?私が知ってる範囲内ならお答えできますけど」


「何っていうか何もかもっていうか、昨日のアイツは一体何なんだ?」


 穿司の問いにすぐには答えず、流華はポケットからスマホを取り出して調査書のようなファイルを開く。


「えっと、詳しい個人情報は教えてもらえないんですけど、普段は市内の企業で会社員として働いている方みたいです。『むじな』の因子の持ち主で、今回は事前に薬物のようなものを摂取して興奮状態だったようです」


「…因子?」


「はい。因子そのものはあまり強い方ではないんです。ただ因子を活性化させる特殊な方法があったみたいで、そこは調査中らしいです」


「あー…ちょっといいか?」


「どうしました?」


「その、因子って…なに?」


 穿司からの問いに流華は一瞬動きを止め、直後に


「あぁ!なるほど!」


 となにかに納得した様子で声を上げた。


「すみません、まずそこから説明が必要でしたか」


「多分、川野が思ってる以上に俺はそういう事情に疎いんだと思う」


「じゃあどうしましょう。えっとそうですね…とりあえず穿司くんは、例の男性の正体をどんなものだと思ってたんですか?」


「あのーあれだ、前に本で読んだ程度だけど。妖怪?お化け?まぁそういうものについて、ある程度は知っていてだな。見た目的に『むじな』ってのはなんとなくわかったんだが、その、そいつが人間に化けてて、追い詰められて変化を解いたとかそんな感じ」


 漠然としてはいたが、とりあえずその場で感じた印象を口にしてみる。俗にいう『妖怪』のようなものが、昔話に出てくるように人を化かそうとしたのだと穿司は考えていた。事情を知らない1人の少年の知識と創造力では、人間が獣の姿に変貌する理由など他に思いつかなかった。


「つまり妖怪変化的なことが起こったと」


「そういうこと、じゃ…ない?」


「『妖怪』っていうところは合っているというかなんというか…」


 そこまで言いかけて流華は言い淀む。どう話したらいいか悩んでいるのか、何か順序を整理するように指を曲げ伸ばし。話が再開するのは1分後のことだった。


「よし。それでは今から、私の知っていることを順番にお話しします」


「よろしくお願いします」


「えっと、私たちが今いる現代社会には、不思議な能力や特殊な体質といいますか、そういったものを持つ人たちがいます。中には身体構造が大きく変化したり、普段の精神状態にも影響が出たりする人もいます。種類も傾向もバラバラですが、1つだけ共通点のようなものがあるんです」


「共通点?」


「その人たちの能力や変身後の姿、行動原理や衝動などが、俗に言う『妖怪』として伝えられる存在に関連している場合が多いんです」


「だったらもう妖怪じゃないのか?」


「様々な調査・検査をしても、細胞とか基本構造とか色々含めて、完全にただの人間でしかないんです。能力を発揮するその瞬間に身体に何らかの変化が起きる以外は。普通の夫婦の間に生まれた人が、ある日突然能力を発動することもあれば、能力を持った2人の間の子供が、生涯能力を持たないこともよくあるそうです」


「遺伝も関係ない…完全にランダムってことか」


「はい。フィクションでよくありますけど、もしもその人たちが妖怪なら、その子供は『妖怪』もしくは『半妖』になるじゃないですか」


 小さい頃にマンガかアニメで見聞きした単語に、なんとなく頷く穿司。


「というか生物学的に、人間以外の生物なら子供にもその特徴が現れるはずです。そういうのが一切ないらしいんですよ。妖怪というものが生物として実在するのかわかっていませんが、その人たちが妖怪の血を引いてるとかそういうのも自動的になくなるわけです」


「まぁ確かに妙だな」


 『妖怪』とは人知を超えた存在を広い意味で示す意味合いが強い。一般的な生物の常識が通用するとも思えないが、穿司も『人間』の定義とかよくわかっていないため詳しいことはよくわからない。

 今までの説明を聞く限り、普段は本当にただの人間でしかないようだ。流華も自分の説明で情報を整理しているらしく、所々で間を置きながら話を続ける。


「そこでその人たちは考えました。『妖怪が本当にいるのかどうか定かではないが、自分たちの力は妖怪のものに限りなく近い。ならば自分たちの中にはそれを呼び覚ます何かがあるはずだ』と」


「…つまり?」


「体に宿る能力の源といいますか、それらを妖怪の『因子』と総称しました。そして妖怪因子を宿し妖怪の力を操る人間、自分たちを『妖怪種』と呼びました」


「『妖怪種』…」


「いつの時代から現れたのかはわかりませんが、その人たちは普通の人々に自分たちの能力を隠し、独自の体制を密かにつくりあげました。それらは現代社会に溶け込み、今では様々な公共機関にも通じています」

 

 流華はここで一旦説明を止めた。情報量が多く混乱するであろう穿司に整理の時間を設けるためである。穿司もそれはありがたかったが、実は内容を理解すること自体は彼にとってそれほど難しいことではなかった。

 重要なのは、その説明を詳しくできる人物が自分を尋ねてきたこと。そしてその目的は…。


「ちょって待て。ってことはつまり…」


 全てを察した少年の呟きに少女は頷き、口を開く。


「はい。私立守加櫛かみかくし学園とは、その妖怪種の学校です。そしてそこの生徒ということは、私もあなたも妖怪種ということです」

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