第05話 薪の入居日

「やっぱりうどんは偉大だな」


 かけうどんを汁までたっぷり飲み干したところで、俺は目の前の同居人に対して言う。彼女もまた、つるつると口の中にうどんを滑り込ませながら頷く。

 お金を節約したい学生にとって、うどんチェーン店は控えめに言っても神だ。安く、おいしく、それでいてしっかりとおなかが満たされる。時間がなくてもするっと食べ終わることができ、余裕があればてんぷらをつけるだけでちょっぴり一日が幸せになる。


「もっと家の近くにあったらいいのにね」


 と、うどんを呑み込んだ杏がぽつりと漏らす。そう、唯一の難点は家の周辺、すなわち大学の周辺にあまり店舗がないこと。いかにも学生御用達の、THE地元の食堂といった雰囲気のお店ならいくつか見かけたのだが「入居初日でそこに入るのは何かやだ」とあんが拒否したために、横浜よこはまの街の方へ降りてきた。


「ま、とりあえずおなかいっぱいになったし、俺は満足」


 返事をしてテーブルにもたれながら、俺はまたうどんの端を口に運んでいる目の前の彼女を眺める。茶色めのボブヘアーに白い肌、くりくりした瞳、まだ若干幼げな顔立ち。自分で同居人を募集しておきながら、まさかこんな女子と二人暮らしをすることになるとは。俺は友人たちからよく『捉えどころのない性格』だと言われる。実はこれは自分でも自覚していて、半分無意識に、もう半分は意識的にそのようにふるまっているのだ。今回に関しても、同居人として釣れたのが女子だったという事実は俺にとっても想定外の出来事なのだが、それをどうでもいいと思う自分と、どうでもいいと見せかけようという自分が脳内に混在していた。

 そんな振る舞いのかいあってか、あんは俺のことを完全に頭がおかしい奴だと認定している。実際、SNSで出会った人、それも女子大学生と対面から三日目にして寝食を共にしようというのだから、やはり社会的な常識からは外れているのかもしれない。ただ間違いないのは——と俺は改めて思う。同居の相手が嘘をついていたと判明しても、異性だったと判明しても、出会ってたった二日のその同居人がどんなに意味不明なふるまいをしようと、純粋な反応だけを見せてついてくるこの空木杏うつろぎあんという人間もまた、頭のおかしな存在の一つなのだと。


「何よ」


 そんな俺の思考を知るはずもなく、あんはうどんを半分すすった状態のとぼけた表情でこちらを見つめ返す。


「私の顔、何かついてる?」


 俺はごく自然に答える。


「天かすがついてる」


「え、どこどこっ」


 慌てた様子で口の周りを探るあん。しかしニヤつきが漏れている俺の口元に気づくと、はっとした様子でこちらを睨みつける。


「……私、天ぷら食べてない。」


 どうやら大学生活4年間は退屈せずにすみそうだ。

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