夢の裏側
夢を見た。その夢は、いつもと全く違っていて。
すっかり目が覚めてしまった僕は、ゆっくりと身体を起こす。
午前4時。起きだすにはまだ早い時間だけれど、目が覚めてしまったものは仕方がない。ベッドから立ち上がり、部屋の明かりをつける。少し眩しいけれど、5分もすれば慣れるだろう。
さてと、夜が明けるまで何をしようか。ええっと、読みかけのコミックとか、
無かったかな。
本棚を探してみたが、あいにく読む気になるようなものはなかった。本も、特にない。困った。
僕はとにかく夢のことを考えないようにした。そうしなければ、何かが壊れてしまうような気がして。
とにかく何かしようと、スマートフォンに手を伸ばし、イヤホンを挿す。アプリを開いて、落ち着けそうなプレイリストを探し、再生ボタンをタップした。カフェなんかで流れてきそうな、夜中にはとても似合わない穏やかな音が、耳の内で反響していく。
暫くすると落ち着いてきた。ベッドに腰かけたまま部屋を見渡す。机と椅子、ノートパソコン。本棚代わりの3段ボックスに、本とコミック。机の上には一昨日の夜からやっていたものの資料が散らかっている。そうだった。昨日も遅くまで作業をしていたのだ。
眠りが浅かったからあんな夢を見たのだろうと考えて、いけない、と頭を振る。もう考えてはいけない。あんな夢は忘れた方が良い。バチバチと、脳がショートする錯覚に見舞われる。考えるのはやめよう。
そうだ。昨夜の続きをしよう。思い立って、僕は机に向かった。ノートパソコンを立ち上げる。机に散らばった資料を見て、僕はおかしなことに気が付いた。
それは、自分の知らない文字だった。ノートパソコンの表示も、同じく知らない言語だ。どうして。おかしい。知っているはずなのだ。だってさっき、●◇×〇◆#*の画面をちゃんと触って曲を流せたじゃないか。〇*や※△$■だってちゃんと、ちゃんと。
アレ、ボク、ハ、ダレ、ダッケ?
夢を見た。そう、夢を見たのだ。僕が喰われる夢を。僕な道を歩いていて、襲われたのだ。
おそらく――からの帰りで、もう日はとっくに沈んだ後で。仄暗いオレンジ色の街灯だけが道を照らしていた。僕は、そうだ。スマホのライトを使っていたのだ。住宅街の中の、車がすれ違えるくらいの道。家がバス停からは少し遠くて、でも他に交通手段がないから、いつもその道を歩いて帰るのだ。曲がり角の向こうで、アイツを見て、それで。僕は叫んだのだ。声を上げたせいで、アイツに気づかれてしまった。それから、走って、走って、家になんとか着いて、ついて……
ビリッ
バチッ
神経細胞がショートする。違う。その先は駄目だ。理性が悲鳴を上げる。本能がきしきしと音を立てて歪む。
やめろ。止めてくれ。夢だ。夢のはずだ。そうだろ? なあ。そうだろう?
バチン
脳の奥で何かが弾けた気がした。
そうだった。ボクは、喰ったのだった。僕を喰らってナカに入ったのだ。
逃げていく僕は甘い匂いがした。近づけば近づくほどその匂いは強くなって、ボクはどきどきした。僕が家の玄関に入ったところで追いついて、ボクは僕を捕まえたのだ。恐怖に歪んだ僕の顔はさらに食欲を掻き立てた。ボクはずるりと口を開けて僕にかぶりつこうとして。ふと、思ったのだ。どうして僕はあの時叫んだのだろう、と。
そうしてボクは、ボクの姿が異質なのだと理解した。他と違うから、驚かれたのだ。他と違うから、恐怖したのだ。なら、擬態すればいい。ちょうど、いい
ボクは僕になることにした。
僕の脳はとろけるような美味しさで、全部喰べてしまいたかったのだけれど。そうすると成り代わるのが難しくなるから、ボクはがまんした。そうしてボクは僕のナカに入り込んで、ひとつになったのだ。
入り込んで気が付いたことだけれど、この身体はとても使い心地がいい。ボクは光が苦手だけれど僕は平気みたいだから、昼間は僕のナカで休むことにした。時々こうやって意識が混ざって僕もボクもあわててしまうけれど、そのうち、上手にコントロールできるようになるだろう。
ああ、もう朝日が昇るから、ボクは潜らなきゃ。よいしょっと。
ピピピッ……ピピピピッ
いつの間にか眠っていたようだ。やはりあれは夢だったんだろう。机には読みかけの資料が散らばっている。文字も、問題なく読める。時計を見るともう7時だった。そろそろ朝御飯を食べないといけない。
でも、満腹な気がするんだよな……どうしてだろう。
朝食抜きは流石にまずいよなぁ。などと考えながら、僕は重い身体を引きずって階段を下りた。
身体、こんなに重かったっけな、僕。
怪文書A そらいろ @colorOFsky
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