第232話 〜魔の記憶〜

 記憶の共有を可能にするこの蓮門家宝才は、正式名称を『具申冠ぐしんのかんむり』という。


 その影響下に置かれたのはこの場に居た武人達とマヤ達、そして別の場に居る羅市と春鬼。


 留山が用いた失伝したはずの赤城家宝才・『痩痩薫そうそうくん』により、体の自由を奪われた虎子が留山に強制され『具申冠』を使用し、この『記憶劇場』とも言える状況を作り出した。


 だが、実は虎子はに過ぎず、その内容は留山が用意していた。

 つまり、虎子は宝才発動のトリガーを引いただけだったのだ。


 そしてそのは、留山が意図していた物とはまるで別物だった。

(……なぜ、こんな無意味な『記録』が延々と垂れ流されている?)

 留山は眉間に皺を寄せ、沈思する。


 宝才の強制解除も試みたが、出来なかった。

 同時に、微かに感じる他者の宝才の気配。

 明らかに第三者の介入が在ると踏んだ留山。

(だとすると、須弥山様以外には無いか……)


 宝才の強度で言えば乱尽や魔琴も自分に勝るとも劣らないものではあるが、彼等の宝才は精神に介入するタイプではない。


 であれば、消去法で天狐……というわけではない。

 留山には『天狐の宝才を以てすれば可能』という確信があったのだ。


 目的は分からない……でもない、

 そのは十分にあるだろう。

 だが、彼女の望むような結果が得られるとも思えない。

 だが、結果そのものを求めていないのであれば――

(助けを求めているのか?)


 ともあろうものが。


 くくく、と留山は可笑しそうに笑った。

(もしそうならば、これは実に面白いね。じっくり鑑賞させてもらおうか。……ここに上等な酒でもあれば言う事はないのだがねぇ)


 天狐の宝才ならば或いはだが、流石の留山でも天狐の宝才は所有していない。

 だから酒は諦め、彼はゆったりとこの『茶番』を鑑賞することに決めたのだった。

(しかし、須弥山様のやり方次第では不死美が黙っていないかもな。まぁ、それを言うなら私もか……)


 ………

 ……

 …


 一方、護法巌。

 巌もこの記憶劇場に巻き込まれて以来、護符術による宝才の強制解除を試みていたがなんの結果も得られなかった。

(もはやこれは宝才というレベルではないのかもねぇぇぇ)


 なるべくしてなった。

 決して揺るがない現実が、眼の前にある。

 これは避けられない運命だったのだ。


 ……そう感じたのは、須弥山芙蓉宝望天狐の宝才『願いを叶える宝才』が故だ。

(ならば、俺できる事は何も無し……だねぇぇ)


 巌もこの状況を受け入れ、鑑賞に徹することにしたのだが……。

(アレが俺のご先祖様ぁぁ?)

 記憶劇場に登場した遥か過去の『護法』に、その鍛え抜かれた肉体に、巌はニヤリと口角を吊り上げていた。

(ナイス筋肉バルク……!!)




 さて、500年前の贄の郷では大きな変革の時が訪れていた。

 龍姫の登場を機に、本格的に『鬼に対抗する組織』を作ろうという動きがあったのだ。


 その中心人物は現代の護法親子の先祖である護法ごほうきわみだった。

 筋骨隆々を絵に描いたようなその肉体は実在した日本最古のガチムチボディと噂される事になるのだが、それは数百年後の話。


 極はその肉体もさることながら、神通力そのものである神秘の秘術・『護法家護符術』の力により『有馬の剣』と共に贄の郷を守る守護者としての信頼も非常に厚かった。


 彼はあの夜、郷の住民を結界内に避難させるために奔走していた為に戦闘に参加できずに結果的に犠牲を増やしてしまった事を悔いていたが龍姫は言う。

「そーゆーの、もうよくない? 『姫』も『龍姫』として黄泉帰った訳だし。あの世の領主オヤジも別に気にしてないって。多分」


 そのあまりの軽さに極も始鬼も永久も、郷の住民達も『姫様の生まれ変わりの龍姫様がそう言ってるならまぁ、ねぇ』という気分になり、やがて『姫様が生き返ったなら領主様の死は決して無駄では無かった!』と、領主の件はに落ち着いていった。


 そんな事より今とこれからの事だと気合十分の龍姫。

「私は極の意見に賛成だ。やはり我々のように正規の軍や兵を持たぬ集団であればこそ、きちんとした組織で以て鬼に対抗する必要があるだろう」


 ↑

 これは蓬莱永久に考えてもらい、それをそのまま皆の前で発言しただけであって龍姫本人は『とりあえず皆で鬼共をぶっ潰そうぜ』ぐらいにしか考えてなかった。


 正体不明ながらも超絶戦力を有する龍姫が先述の『贄の郷の守護者』に加わった事に加えて彼女が(蓬莱永久の助言により)それらしい事をそれらしく言うので郷の住人達のテンションは爆上がりし、『鬼に対抗する組織結成』の話はトントン拍子に進んでいった。



 そんな折の、例のである。


 極はレレが里に偵察に来ている事に気が付いていて、ある時に彼女の背中にこっそり護符を仕込んでいたのだ。

 そしてその護符が任意のタイミングで『発動』する様に細工をしていた。


『発動』とはいえ、単に不可視だった護符が可視化するに過ぎなかったが、千代美にとってはそれで十分に

(私達への攻撃が目的なら爆発のひとつでもしそうなものだけど……)


 しかし、それは千代美が目論んでいた『ある計画』へ対する人間側からのを意味していた。



 彼女の視線の先にはどこまでも続く黒い壁があった。

 全てを飲み込み無に帰す、原因不明の魔界現象・『コカツ』である。


 この頃はまだ遥か彼方にあったコカツ。

 しかし、確実にその範囲を広げていた。

 千代美の見立てでは今後千年は絶対にたない。或いはその半分、半分以下も十分にあり得る……。


 いずれは何処かに移住しなくては、マヤはあの黒い壁に飲み込まれて絶滅……いや、消滅してしまうだろう。


 この頃、既に千代美は『人間界への移住』を視野に入れていた。

 だが、それは千代美だけの考えでは無かった。

 その発端は、マヤの世界を支配する『神』……つまり、須弥山芙蓉宝望天狐の所謂『神託』によるものだったのだ。


 そして千代美が天狐の最側近となる理由と使命のひとつに『贄の郷との和解』があった。

 つまり、天狐も千代美も贄の郷を移住先にと考えていたのだ。


 とはいえ、贄の郷は当り前の事だが鬼への反感著しく、交渉の余地もないだろう。

 マヤは鬼ではないが、マヤの世界の最下層が地獄や魔界と言われる『鬼』の住処である事は間違いなく、無関係とは言い切れない。

「兎にも角にもまずは話し合いね。あちらが門戸を開いてくれている今が最高の好機……!」



 そこで交渉役として白羽の矢が立ったのが当時のカルラコルムで最も人柄が良く、温厚で、他のアクの強いマヤの面々よりもまともに話が出来そうな男、蓮門藍之丞はすかどあいのすけだった。


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