第231話 〜符の記憶〜

 ゆらゆらと湯気の立つティーカップ。

 バラ園の様な洋風の庭園。

 巨大な洋館を背に、ふたりきりのお茶会。

 ここは異世界――。


 その、500年前の日本には似つかわしくない風景はここが日本ではないからか。

 そもそも、ここには時代という概念すら無いのか。


 真っ白なカップの向こう側には、現代と全く変わらない姿の平山不死美が居た。

「……それで、その『龍姫様』はどうなりましたの?」


 不死美の問いに、彼女の正面に座るが答えた。

「どうもこうも。『龍姫』の圧勝だったそうよ。振り下ろされた刀をひらりと躱して、あとはもう……」

「それはお気の毒に……それで、どうなりましたの?」

「龍姫の強さに感服して彼女の部下になったそうよ。まぁ、もともと従者だったみたいだけど……それにしても、あの有馬という武士ヒトも中々の使い手の様だけど、は言葉のとおりに人間離れしている様子ね。……留山が気に掛けるわけだわ」


 その女性は不死美の黒いドレスと対をなす様な黒いを身に着けていた。

 そして彼女の髪も不死美の流れるような金色の髪と並ぶ様な黄金の髪だが、それは綺麗に纏め上げられ、不死美の『動』に対して『静』を思わせる。

 向かい合うふたりには、所謂『洋の東西』を感じさせる趣があった。


「でも、どうしてそのという方は龍姫様に襲いかかったのでしょうか。お仲間なのではなくて?」

「『鬼の中には姿を変えられる者がいる』と知っていたから、というのがその理由だそうよ。結局勘違いに終わったわけだけど」

大分おおいたの宝才の事ですわね……でも、どこで大分の宝才を知ったのでしょう?」

「情報が漏れたって言うより、『ものすごく勘の良い人間』が居るようね」

「……は『その人間』をご存知なのですか?」

「知っているというか、知っていたというか、感じているだけというか……かな?」

 彼女の戯けるような仕草に、不死美は呆れた様な微笑を見せた。

「まったくもう、お姉様ったら……」


 不死美からと呼ばれたその女性は紅茶を一口啜り、どこか愉快そうに表情を緩めた。

「兎にも角にも、贄の郷の住人が思いのほか生き残っていたのも、そのを張って郷の人達を守っていたからなのよ」

 それを聞き、意外そうな表情を浮かべる不死美。

「結界? まさか、人間にも『魔法』を使える者が?」

「いいえ。魔法とは全く別の方法プロセスで魔法のような能力を発揮するが、贄の郷にはあるのよ」

「……興味深いお話ですこと」


 魔法こそが絶対無比の力と信じてやまない平山不死美にとってそれは俄には信じ難く、受け入れ難い事だった。


 むしろ眉唾もの……と言いたいところだが、自らが唯一認める至高の存在である実の姉・平山ひらやま千代美ちよもが言う事であれば疑う余地も、その必要も無い……。



「……ところで、お姉様はどうしてそこまで詳細に贄の郷の出来事をご存知なのですか? まるでその場でご覧になっていたような……」

 すると千代美は不死美から目線を外した。

 不死美がつられるようにそちらを見やると、そこには赤い長髪と銀色の眼鏡が知的な美しい少女が背筋を伸ばして立っていた。

 スラリとしたスーツ姿が大人の雰囲気だが顔つきはそれよりもやや幼い。

『美少女』と表現するのがふさわしい少女だった。

 赤髪の少女はとても緊張している様子で、直立不動のまま不死美を見詰めて小刻みに震えていた。


 ……自分わたくしが怖いから……。

 不死美は少女の様子をそう思い、同時に『これで何度目か』とつまらない気分になった。


 魔法は最強の力だ。

 ありとあらゆる能力の最高峰。

 他家マヤの宝才とその戦闘能力をかけ合わせれば魔法使いと互角の力を発揮し、同格の戦いを繰り広げられる者も居るが、それでもやはり魔法には敵わないと自負している不死美。

 マヤ相手にそうなのだから、それ未満の有象無象など塵芥の存在に過ぎず、魔界有数の荒くれ者ですら平山不死美の前では平伏して許しを請う始末。


 だからこの娘も例に漏れず、死の恐怖に慄いているのだろう……不死美がそう思って赤髪少女から目線を切ろうとしたその時。

「は、はじめまして! 平山不死美様!!」

 赤髪の少女は溌剌とした声で頭を下げた。


 見た目相応の若い娘の声だった。

 声は震えていたが、そこに恐怖は孕んでいない。

 むしろ瑞々しい張りと艶があった。


「お目にかかれて光栄です! 私は魔界最下層から平山千代美様に拾っていただいた、名もなき悪魔にございます!!」

「……左様ですか」

「私は空を飛ぶのが得意です! 贄の郷の様子も私が空から見た様子を千代美様にお伝えした次第です! 耳も目も良いです! 空を飛んでいても、龍姫達の会話はしっかりと聞き取れました!」

「……それはそれは」

「じ、情報収集とか、偵察とか、御役にたてるとおもいまひゅっ!」


 緊張のあまり赤髪少女。

「しゅ、しゅみません……噛みまみた……」

「……ふふっ」

 不死美が赤髪少女の愛らしいリアクションに頬を緩めると彼女は瞳を潤ませて頬を赤らめた。

(なんでしょうか? 彼女から溢れるこの『放っておけない感じ』は……?)



「お姉様、この娘は……?」

 不死美が千代美に問うと、千代美はにこりと微笑んだ。

「あなたの使い魔にどうかなと思って、魔界から拾ってきたのよ」

「わたくしの? わたくしは別に使い魔など……」

「不死美。魔力に深みを持たせるためにも使い魔を持つ事は魔法使いにとってはプラスなのよ。私の目が確かなら、この娘はなかなかの掘り出し物だと思うけど? ……それに私は今後忙しくなるだろうから、この娘にはお屋敷のお手伝いさんの役目も担ってほしいのよ」

 千代美は微笑み、巨大な自宅をちょいちょいと指差した。

「……お姉様がそう仰られるのであれば」



 魔力云々については思うところも確かにある。屋敷の件もそう。

(お姉様はまもなく須弥山様の最側近となられるご予定……お屋敷を空ける時間も多くなる事でしょう)


 この広大な邸宅をひとりで維持・管理していくのは正直にいって骨が折れるだろう。そのためにも使い魔を持つのは悪い話ではない。

それに、姉が直接連れてきたのであればも十分と見て間違いない。


 不死美はゆっくりと立ち上がり、赤髪少女の前に立った。

「っ!」

 硬直した体を更に硬くする赤髪少女。しかし、萎縮したりはしなかった。

「……不思議な方ですね」

 魔界においても途方も無いの権化としてその名を轟かせる平山不死美を前に、赤髪少女はそれでも恐怖していなかった。


 そうか。

 これは『畏怖』ではない。

 『畏敬』だ。


 自らを恐れない生物に、不死美は興味をそそられた。


貴女あなた。お掃除はお得意でして?」

「そ、そうじ……?」

「……ほうきはご存知?」

「ほ、ほうき?」

「……なんでもありません」


 家事については今後教えていけばいいだろう。習うより慣れろで、いっそのこと魔法で箒に変身できるようにしてしまえば手間がないかもしれない。空飛ぶ箒なんてユニークじゃないか。

 それよりなにより、この娘からは確かに魔力の波動を感じる。


 流石は平山千代美のお墨付き。

 このは中々面白そうだ。


 見目麗しく、従順で、面白みもある。

 何より自分を恐れていない。

 そんな赤髪少女が、不死美は気に入った。


「……平山不死美の名において、貴女を【レレ】と名付けます」

「れ、レレ?」

「ご不満かしら?」

「と、と、とんでもございません! み、身に余る光栄……っ!?」


 唐突に、レレの唇が不死美の人差し指で塞がれた。

 そしてレレの唇からたらりと血液が滴る。


 血液は不死美の指先から滴っており、レレは不死美の血をこくんと飲み込んだ。

 これでである。

「今、この瞬間から貴女はわたくしの使い魔です。宜しくお願いしますね、レレ」


 にっこりと微笑む不死美に、レレはぞくぞくと全身が震えるような感激に包まれ、涙を流して歓喜した。

「あ、ぁ、はゎ……あ、ありがとうございます!!」

 そして大袈裟な程に頭を下げるレレ……すると、彼女の背中に一枚の短冊の様なものが張り付いていることに気が付いた千代美。


 それをさっと掠め取り、しげしげと眺める千代美。

「……お姉様、それは?」

 すると、千代美はどこか深みのある笑みを浮かべて答えた。

「招待状、といったところかしらね?」


 ………

 ……

 …


 一方、贄の郷では現代の護法巖を凌ぐ程に筋骨隆隆のが龍姫、有馬始鬼、蓬莱永久と『会議』をしていた。


 老人が「むふぅ」と空気が漏れる様な笑い声を出すと、その様子を『観客』として観ていた澄は『もう間違いない』と、なんだか気が重たくなる思いだった。

「……つーことはさぁ、あの筋肉のお化けみたいなのが私のご先祖様……ってことぉ?」


 春鬼のご先祖様が現代と変わらず美形だったので自分のご先祖様もさぞ可愛らしいのだろう、という淡い期待は速攻で打ち砕かれたのであった。


「虎ちゃんも常世ちゃんも美人で春鬼は美形なのに、なんで私のご先祖様だけ筋肉ダルマのジジイなのよ〜! 不公平だぁ〜!!」

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