第229話 〜祝の記憶〜
竹を割ったような性格は男勝りそのものだったが、その美貌は紛れもない美女のそれだった。
似たような性格の有栖羅市とは特に仲が良く、お互いを親友と認める間柄だった。
贄の郷の守り龍として伝えられてきた『龍姫』の転生はマヤの世界にも大きな変化を及ぼす事となる。
ある日、ほむらが大分家の邸内にある庭園の花壇の手入れをしていると、門の外から聞き慣れた大きな声が彼女を呼んだ。
有栖羅市の声だった。
「おーい! ほむら〜! ほむら〜!!」
大分家は所謂『洋館』の佇まいなので門は鉄柵だった。だから羅市の大きな声は遮られること無く大分家の庭園に響き渡った。
「そんなに大声出さなくても聞こえてるわよ」
ほむらは羅市を門まで出迎えると、現代と変わらず着崩した着物姿の羅市が笑顔でひょいと手を上げた。
「よう、ほむら〜」
「おはよう羅市。突然どうしたの? それになんだか嬉しそう……良いことでもあったの?」
「いやぁ、イイコトがあったのはお前さんだろ?」
「ええ?」
ほむらが門を開けると、羅市は満面の笑みでほむらに抱きついてきた。
「きゃあっ、なによ羅市、いきなり……」
「すっとぼけんじゃねェよっ!
「……えっ!?」
「不死美さんに聞いたぜ? 飛鳥の奴に『結婚してくれ〜』って泣きつかれたんだろ?」
「な、泣きつかれてなんかないわよ! ちゃんと『結婚して欲しい』って言ってくれて……もう、不死美さんもお喋りなんだからっ!」
唇を尖らせつつも、どこか嬉しげなほむら。
表に出さない様にしていても、その喜びは隠しきれていないようだ。
ほむらにプロポーズをしたのはマヤの神である須弥山芙蓉宝望天狐を守護する六家の内のひとつ、
ほむらとは結婚を前提とした交際であったものの、実直であるが故に飛鳥家当主としての自分の思いと飛鳥士郎個人としての想いに折り合いがつけられず、なかなかプロポーズへと踏み切れなかった士郎。
しかし、ほむらの兄である
「兄さんが士郎さんの背中を押してくれたらしいの。それで、士郎さんも決心出来たって……」
「ハハ、水嶺さんも正直『さっさとくっつけや』って感じだったんじゃねーの? つーか水嶺さんは
羅市はおもむろに小ぶりな箱を取り出し、それをほむらに差し出した。
ほむらは突然の事に首を傾げた。
「……それは?」
「結婚祝いだよ」
「わぁ、嬉しい! ありがとう、羅市!」
「お? お、おう。まぁ、大したモンじゃねーけどよ……喜んでもらえて、良かったよ」
予想外に素直な反応に何だか照れくさくなる羅市。同時に、普段はクールなほむらの女性らしい一面に彼女の純粋な喜びを垣間見るのだった。
「……しっかし、ほむらが結婚かぁ〜。あたしも流石に焦るぜ」
「あら、羅市程の美人ならよりどりみどりじゃないの?」
「あたしより喧嘩が強い
「そ、それはもう少し条件を甘くしたほうが……」
「いいや。そこは譲れねぇよ」
そんなふうに穏やかに談笑するふたり。
そんなとき、ふと思い出した様にほむらが言った。
「喧嘩が強い、といえば……裏さんから興味深い『人間』のお話を伺ったんだけど」
「あん? もしかして『あり』……なんとかっていう
「いいえ。なんでも若い女の子らしいんだけど……羅市は何日か前に不死美さんの飼ってる『奴隷くん』達が脱走したのを知ってる?」
「あァ、らしいな。んで、人間界に逃げ込んだって聞いたぜ。となりゃあ、今頃人間界は阿鼻叫喚の地獄絵図だろうねェ」
「それがそうでもないらしいのよ。その女の子が奴隷くん達を全滅させちゃったらしくって」
「はぁ? マジかよ? 結構な大群だったろ??」
「私も聞いただけだからまだ信じられないけど、ものすごい強さの女の子だって、裏さんが。しかも、様子を見に行ったその裏さんに向かって攻撃してきたって言うのよ」
「ヘェ、あの奴隷くん共を全滅させるだけじゃ飽き足らずってか? 肝の据わった
「どうもしなかったらしいわ。というより、『できなかった』って」
「ほう、そこまでの
「その子が『あまりにも美しかったから』だって」
「……んな事だろうとは思ったよ」
呆れ笑いの羅市だったが、あの裏留山が手に掛けなかった事実は笑えない。
(理由はどうあれ、裏家の当主ともあろう者が殺しを躊躇した……?)
或いは、その強さに惹かれたのであれば『美しかったから』なんていうはぐらかしも頷けようというものだ。
「……近いうち、その
久方ぶりの胸騒ぎに頬が緩む羅市。
そんな彼女の来訪の予感を知ってか知らずか、贄の郷にも強者が戻りつつあった。
その武士は龍姫復活の戦の夜、鬼達の工作により贄の郷から遥か彼方の山中に誘導され、郷から遠ざけられていた。
鬼達もその武士が脅威であると知っていたのだ。
数十人の仲間とともに鬼の待ち伏せする山中に誘い込まれ、完全に包囲された形となったその武士と仲間たちはそれでも鬼達を撃破し、数日ぶりに贄の郷への帰路についていた。
全員が満身創痍だった。共に戦った仲間も鬼との戦闘で半分以下に減り、命からがらの帰還であった。
あの夜から5日も過ぎていた。
「俺達でもこんなにやられちまったんだ。郷は今頃……」
歩くのもやっとといった風情の男がぽつりと呟いた。
しかし、その先頭を歩く『美男子を絵に描いたような武士』はその男の弱音を一喝。
「やめろ!」
と、その『美男武士』は怒号をあげた。
だがその怒号もただ一言。彼は柄にもなく大きな声を出してしまった事と、それをさせたこの状況に歯噛みした。
(姫様……どうかご無事で……!)
自らも弱音を吐き、膝から崩れ落ちてしまいそうだ。だが、その武士は顔を上げて前を
自分まで下を向いていたら部下たちの士気を下げてしまう上に、示しがつかない。
……彼の責任感とプライドがそうさせるのだ。
そんな彼の美貌に、この『蓮門の宝才』の影響下にある全ての人間が同じ事を感じていた。
……春鬼?
そう、その武士はどことなく有馬春鬼に似ていたのだ。
それは春鬼自身も感じていた。
(これは……まさか、有馬流の始祖・
遠く離れた京都の地にまで、この宝才は届いていたのだ。
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