記憶語 〜キオクガタリ〜

第226話 〜夜の記憶〜

 時は戦国。


 それは幕府の権威失墜による戦国大名の台頭により日本各地で戦乱がひん発したまさに群雄割拠の時代。


 ここ仁恵之里――当時は別の名だったが――も同じくいくさまみれていたが、戦っているのは人と人ではなく、人とだった。


 この地には遥か太古より人ならぬ異形の『鬼』が蔓延はびこり、里の人間はその鬼との戦いに明け暮れていた。

 しかもここは陸の孤島と揶揄される僻地。


 はっきり言って、戦国時代などこの地には関係の無い時代だったのだ。


 とはいえ『鬼』の脅威は人類共通。

 朝廷は以前よりその存在を認識しており、幕府は朝廷の命によりその討伐を行っていた……が、時代が戦国に突入するとこんな僻地の鬼退治などにかまけている余裕は無くなり、世の権力者達はいつしかこの里を人間もろとも隔離してしまったのだ。


 挙句の果てにはこの地に身寄りのない者や罪人、無法者を送り込んだり、『あの山の奥に楽園がある』などと出鱈目を吹聴し詐欺同然の手法によって人間を集めて移住させたりと、鬼たちがコントロールしながら、は『この土地』を歴史の闇に葬り去るつもりだった。



 だが、どの様な逆境にもそれに立ち向かう勇気のある者が現れるものだ。


 実際、この地にもリーダーとなり鬼に対抗する『領主』が存在した。

 そしてこの地に伝承される剣術『兵法有馬流』と、特別な血筋により太古から脈々と受け継がれてきた秘術『護法家護符術』が柱となって里の民を率い、長きに渡り鬼と戦い抜いていた。


 ……しかし、その歴史も今日で終わる。


 これまでの戦いの中でも最も激しい戦の最中、その領主が戦死したのだ。


 鬼達の計略により戦力を分散され、有馬流も護法家も領主の危機を救うことが出来なかった。そして本陣であった『城』を一気に攻め落とされた……。


 鬼達も本気の戦いだったのだ。

 本気でこの『贄の郷』を獲りに来ていたのだ。


 完全な敗戦だった。

 領主は死に、残ったのは僅かな兵と女子供。

 命からがら蓬莱山へと逃げおおせたものの、追手の鬼に見つかるのも時間の問題だ。


 生き残った者はの為に用意されていた避難小屋に駆け込み、身を隠していた。


 有馬流と護法家とは連絡が取れない。

 鬼達の分断工作は緻密に練られたものだったようで、生き残った者達は完全に孤立していたのだ。


 雄々しく戦って散った領主。

 その死を悼むと同時に、もうひとつの死も深く悼まれた。

 領主の娘も、同じく命を落としていたのだ。


 最期の時まで父である領主の側で戦ったその勇敢な少女の死は、生き残った者達から希望すら奪ってしまったのだ。


 ……領主の死よりも、どちらかというと姫の死を悼む者が多かった。



 その領主の娘――民からは『姫』と慕われていた美しい少女は即死こそ免れたが受けた傷は深く、蓬莱山へ身を隠した頃には既に昏睡状態だった。

 そしてようやく避難小屋へたどり着いたその時、静かに息を引き取ったのだ。


 痛い、苦しい等と泣き言は一切口にせず、誇り高く死んでいった姫の姿はそれだけに悲壮で、絶望的だった。



 我々もここまでか。


 せめて最期は潔く散ろう。


 このまま座して死を待つくらいなら戦って死のう。

 このまま鬼に食われて死ぬくらいならば自決したほうがいい。

 でもその前に、せめて領主と姫だけは……。


 領主と姫はそれぞれ身を清められ、正装に着替えさせられ、並んで布団に横たえられた。


 埋葬している時間はなかった。

 だから残った兵が最後の総攻撃に出た後、自決した女子供達と共に小屋ごと燃やして荼毘に付そうと考えられていた。


 そこまで追い詰められていたのだ。


 そんな時だった。


「おい」

 不意に少女の声がした。

 皆がその声の方を向き、絶句した。


 そこに居たのは美しい着物にその身を包んだ『姫』だったのだ。


 だが、姫は死んだはず。

 しかし、姫はその足で立ち上がり、その声で問うている。

何処どこだ、ここは?」

 そしてその整った鼻をひくつかせ、すぐに瞳を鋭く研ぎ澄ました。

「……いくさか……?」


 そして唖然とするその場の全員を見渡し、何かを察したか。深く静かに息を吐き、

「敗れたか」

 と、呻くように呟いた。

「……何があった?」


 その問いに、ひとりの若い女性が立ち上がった。

「わ、私がご説明致します!」


 死者が蘇るなどあり得ない。

 しかし、この時その若い女性は言葉では説明できない奇跡……というより、運命的な何かを感じていた。

 だからその流れに身を任せようと考えたのだ。常識や後先の事など全く考えていなかった。


「頼む……その前に、お前の名は?」

 名を問われ、その女性は姿勢を正してひれ伏し、答えた。

蓬莱ほうらい永久とわでございます。姫様のお側役を仰せつかっておりました」

「……? 誰が?」

「貴方様でございます」


 そう言われては自分の顔を自分の手でぺたぺたと確かめる様に撫で、一寸思案。

 ややあって、にやりと笑んだ。

「……姫か。悪くないな」



 それが今から500年程前。


 その時こそ、『贄の郷』ではなく『仁恵之里』の始まりの瞬間だった。








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