第223話 きょう何食べたい?

 リューと乱尽の和解は仁恵之里にとって歴史的快挙と言っても過言ではない。


 有馬刃鬼は武人会会長としてこの機を逃してはならないと一念発起した!


「皆さん。この後お食事でもご一緒に如何いかがですか?」

 彼はマヤ御一行様を昼食に誘ったのだ。


 折しも、もうすぐ昼時。

 だが、あの死闘の直後。

 これはある意味、賭けだった。


 良い結果に終わったとは言えあの戦いの直後であると言う事に加え、滅多に人と接触しない乱尽がそれを承諾するかは五分五分……いや、それ以下か。


 だがしかし、この良い流れは和平へ向けての建設的な対話に絶対に繋がると確信した刃鬼は、単純に友好目的であると同時に政治的にもこの機を逃してはならないと直感したのだ。


 刃鬼の提案を受け、魔琴は「ヤッホーイ! ごはんごはん!」と喜んだが、従者達は顔を見合わせ、乱尽の顔色を伺った。


(お誘いは嬉しいんですが、ウチのボスがそーゆーのちょっと苦手っつーか、なんつーか……)

 的な雰囲気を醸すフーチとレレ。


 若干コミュ障のがある乱尽はこんな時にどう反応すればいいのかわからず、留山に助けを求めてアイコンタクトを送った。

 すると留山は乱尽にそっと近付き、

「笑えば良いと思うが?」

 と耳打ちし、それを受けた乱尽がにっこり微笑んだ事で晴れて昼食会開催の運びとなった。

「では、準備を致しますので……そうですね、正午にはご案内出来ると思います」

 刃鬼は時計を眺めて心底ホッとした様子でそう言った。


 というわけで一旦解散の流れとなり、澄と魔琴は昼食会の事を伝えにリューのいる医務室へ向かった。

 医務室にはベッドに横になったリューと、その側の椅子に掛けた虎子とアキ。そして峰の4人が居た。


「リュー、どんな感じ?」

 澄が訊くとリューは思いのほか回復している様子だった。

「はい、大丈夫ですよ。まだおヘソが痛みますが……」

 と言ってお腹を擦るリュー。それを聞いた魔琴は肩をすくめた。

「あの技喰らって痛いで済むとか有り得ないって。どんなおヘソしてんのちょっと見せてよ」

「わ、ちょっと、やめて下さい魔琴っ! 服めくらないでっ!」


 なんて、おふざけが出来る程度には回復している様だ。虎子もその様子に安心し、感心もしていた。

「『武力による防御』が間に合ったのも日頃の鍛練の賜物さ。だがまさかあの技を跳ね返すとは思わなかった。今回に限っては運に依るところが大きい……とはいえ、運も実力の内。まぁ結果オーライよ。はっはっは!」


 言いつつ、一歩間違えればリューの命は無かっただろう。

 虎子は心底安堵していたが、この結末にがあったのでは、とも感じていた。


「リューも案外大丈夫そうだね。あのさ、会長おじさんがね、みんなでお昼ごはんを……」

 と、澄が昼食会開催の説明をすると、リューは昼食会には出られるが念のため時間まで医務室で休養、それに付き添う形で虎子と峰も医務室に残る事になった。


 アキは横になったリューの頭をそっと撫で、

「また後でな」

 と笑顔で言い残し、医務室を後にした。

 リューはその余韻に浸るように幸せそうな顔をしている……その様子に虎子はいつもと違う何かを感じていた。

(違うのはリューか……)


 長きに渡る怨恨を払拭した今、彼女を縛るものは何も無い。

 肩の荷のようなモノが降り、リューの心に予想以上の余裕ができたのだろう。


(しかし、乱尽はあれ程の戦いだったのいうのにピンピンしている様だな。それに比べてリューは……)

 リューもあの死闘の後とは思えない程に怪我の程度は軽い。しかし、消耗は著しい。

 本人の強い希望で昼食会には参加するが、それなりの配慮は必要だろう。

(食事は出来たとしても、お粥さん程度にしておくべきだな……)

 そんなところでも彼我の戦力差を痛感してしまう虎子。

(まぁ、それを今考えても仕方がないか……)

 そう思い直し、区切りをつけるように一度深呼吸をした。


「……万事解決。しかもアフターケアまで完璧、か」

 言って、虎子は峰の瞳を見つめた。

 虎子はこの一連の良い結果を峰の宝才である『運命操作』によるものではないかと考えていたのだ。


 その視線で虎子の心中を察した峰。

 しかし、いや、だからこそ峰は首を横に振った。

「私は何もしていない。むしろ、私には何も出来ない。私には、もうそんな力は残されていない」

「……どういう意味だ?」

「私には、もうかつての力は無い。出来るのは、手の届く事だけ。奪われた力は、もう戻らない」

「奪われた……?」


 するとリューがじっとふたりを見て、

「あの、なんのお話ですか?」

 と割と真剣な顔をしていたので虎子はぶんぶんとかぶりを振った。

「な、なんでもないぞ」

「でも、芙蓉先生が『何も出来ない』とか、『奪われた』とか、深刻そうな感じで……」

「え、じ、実は恋愛相談……そう、峰の元カレの話だ。かなりこじれているようでな」

「そ、それは……そうとは知らず聞き耳を立ててすみませんでした、先生……」

「全部虎子の嘘だから」

 峰は普段の控えめさが嘘のように断言した。



 その時、誰かが医務室のドアをノックし、

「虎子は居るかな?」

 と、低く渋いベテラン声優の様な声が続いた。裏留山だ。

「居ない。失せろ」

「失礼するよ」

 虎子の居留守をスルーし、医務室のドアを開ける留山。

 そんな彼に虎子は露骨にイヤな顔をした。

「この神聖なる乙女の園にお前の様な変質者が何をしに来た?」

「乙女の園だからやって来たのさ、お姫様」


 剣呑な空気だが、このふたりにはいつもの空気だ。だからリューも既に気にしていない。

 だが、峰は身構える様な素振りで虎子の背後に回った。

(やはり峰は留山を極端に避けている? まぁ、当然といえば当然だが……)

 理由は分からないが、とりあえず虎子は峰を庇う格好ポジションをとった。


「で、何の用だ? 留山」

「昼食会の話は聞いたかね?」

「聞いた。……用は済んだな? じゃあ出ていけ」

「そう邪険にしないでくれよ。今日はマヤとヒトにとって歴史的な1日だ。仲良くやろう。それに今後の事で少し話がしたいと思ってね。特に『峰さん』と……」

 留山がニヤリと笑むと峰は震え上がる様に身を縮こませ、完全に虎子の背中に隠れてしまった。



 留山の意見には概ね同意だが、『個人的に』となれば話は別だ。

 それに峰の反応が気になる。

 女癖の悪すぎる留山を警戒しているのは女性の防衛本能が故なのだろうが、それにしても露骨過ぎる。

(峰が『マヤの神』なら留山にとっても神……それなのに、峰は留山を恐れている?)


 平山不死美に対する峰の態度も、いまのそれと同じだ。

 虎子は様々な可能性を視野に入れ対策したいところだが、いかんせん時間が足らない。

「……留山、リューを休ませたい。外で話そう」

「峰さんは?」

「彼女は医者だ。ここを離れる訳には行かないだろう。それとも、話し相手が私だけでは不満か?」

「滅相もない」

 そう言い、留山が部屋を出ると虎子もそれに続いた。


 そんな虎子をリューが心配そうに見つめているので、虎子は「もしなんかあったらあのクソヒゲのスケベ面に迷わず喰らわすから心配無用」という気持ちを込めて密かに用意しておいたメリケンサックを装備した拳をリューに握って見せ、満面の笑みで彼女を安心させた。


 そして峰には、

「留山は任せろ。リューを頼む」

 と言って彼女の肩をポンと叩き、虎子は医務室を後にしたのだった。

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