第219話 強過ぎた少女

 乱尽の放った銃弾さながらの小石がリューの眉間を撃ち抜いた!


 ッッッ!!


 観衆まではっきりと響いたその着弾音が、その威力を物語る。


 大きく仰け反るリュー。

 まるで映画のワンシーンだ。

 しかも、クライマックス。


 観衆はそれをスローモーションで見るような心持ちだった。

 ドラマチックな幕切れだと、皆が感じたのだ。



 一之瀬流が手も足も出ないなんて。


 歴然とした技量の差。

 圧倒的な格の違い。

 様々な表現で乱尽とリューを比べる者が殆どだった。



 だが、正武人とマヤ、そしてその従者達はその力の差が余りにもであることに驚きと感動、そして興奮を抱いていた。


 武人達は『人間はここまで強くなれるのか』と、自らが信じた武の道を誇りに思った。


 マヤ達は人間に対してさらなる興味を持つと共に、これまで以上の好感を抱いた。

 『強さ』というものに恋い焦がれてしまうマヤのたちがそうさせるのだ。



 次元が違う?

 相手にならない?

 そんな事は全く無い。


 それを肌で感じるのは、リューと乱尽の強さをその身をもって理解している魔琴だ。


 この勝負、まさに紙一重。

 例えるならコイントス。

 表と裏、勝利と敗北が高速で入れ替わり、結果が出るまで誰も彼もが見ていることしか出来ない。

 そしてそれは今まさにの真っ最中だと感じていた。


(パパが……押されてる?!)

 誰がどう見ても乱尽優勢の流れにあって、魔琴は乱尽戦いにリューの底知れない強さを見ていた。

 それを決定付けたのは、今さっきの攻防……リューの『鐵珠網かなすあみ』を乱尽がした1場面であった。


 乱尽は何故、拳を止めたのか。

 それは確かに超一級品の『読み』の賜物だが、魔琴は乱尽のだと確信していた。


 直後のにしてもそう。

 あれもやはり捨て身技を警戒しての事だ。


 魔琴が地上最強を信じてやまない父、呂綺乱尽。その父が戦う相手を警戒している。

 真正面から悠々と撃破ができない相手だと、リューを認めている。

 不用意に懐に飛び込まない用心深さをリューの技量に、魔琴は興奮していた。


 これは決して一方的展開ワンサイドゲームではない。

 全ての攻防に於いて、ごく僅かに乱尽が先んじているだけで、その差はまさに紙一枚。

 先程からどちらに転んでもおかしくない攻防の連続だ。


 そして、それは続いている!



 眉間を撃たれ、激しく仰け反りながら香港映画のようにゆっくりと真後ろへ倒れていくリュー。


 少し大袈裟に思えるそのさまは、偶然ではない。リューは時間を稼いでいたのだ。

 1秒でもいい。その半分でもいい。

 せめて一呼吸だけでもいい。

 それだけでも十分だ。


 このまま背中から倒れ、勝負あり……なんて、一之瀬流が認めるわけがない!


「〜〜〜っ!!」

 倒れる最中、リューは両腕を曲げて後方へ引き、反対に目一杯息を吸い込み、胸を張り……!

「『……せいッッッ!!』」

 掛け声と共に息を吐き、リューは上半身を縮みこませた!

 それは丁度リューの背中が地面と激突するのと同時だった。


 ばんっ!!


 砂利の上で鳴ったとは思えない音だった。

 正確に言うなら、リューの急激に丸まった背中が砂利敷の地面にバウンドする音……なのだが、やはりそんな音とは思えない。

 だが、確かにリューは着地と同時にまるで逆再生のようにのだ。



 九門九龍に『発声はっせい』という基本稽古が存在する。

 簡単に言えば『掛け声』や『気合』といったモノの訓練なのだが、それは精神面の強化だけではなく心肺機能全般の強化を目指す側面もある。

 リューはその基本稽古を応用したのだ。


 彼女は胸一杯に吸い込んだ空気を一気に吐き出した。そこに武力を込め、体を前に絞るように、一気に吐き出した。

 すると自然に背中が丸まり、勢い良く張り出した僧帽筋と広背筋が地面を叩きつけ、その反発力で跳ね上がったのだ!


 立ち上がるにしても何らかのアクションがあって然るべきだろうが、ほぼノーアクションで立ち上がってきた、と言うよりリューには乱尽も驚いた。

「!?」

 予期せぬ出来事に、この戦いで初めて見せた彼の動揺を見逃す九門九龍ではない!


「えいいいっ!!」と、リューは気合一閃!


 ごん!!


 そんな漫画の様な鈍い音と共に、リューの『ジャンピング頭突き』が乱尽の額で炸裂したのだ!


 観衆が『あっ!』と驚く声も遅れて来るほどに予測不可能な展開に虎子は思わず拳を握り、留山は感嘆のため息をついた。

「ビューティフル……!」


 それは最早もはや『技』ではなかった。

 九門九龍にも頭突きはあるが、このような使い方ではない。

 このリューらしくない乱暴な頭突きは、彼女の意地だ。

 絶対に勝つという強い意思がこのチャンスを作ったのだ。


 お互い額が割れてもおかしくない衝撃に弾かれたが、覚悟の差でリューが僅かにまさった。

 乱尽の長い脚がよろめいたのだ。


「今だ!!」


 叫んだのは虎子だった。


 それは何百、何千、何万と繰り返した鍛錬の行き着く先。

「行け! リュー!!」


 師弟として。

 姉妹として。

 ふたりで歩んだ十余年の集大成がここにあるのだ。


 だから、リューは虎子が声を上げる前には行動していた。

 分かっていたのだ。

 今しかない、と。


 リューの姿が消えた。

 いや、消えたように見えた。


 リューはまるで地を這う蜘蛛の様に地面スレスレまで身を屈め、そして猫の様に素早く駆け出していた。

「九門九龍・『かんな』!!」


 リューは音もなく滑らかに超低空を駆けた。

 大工道具の『鉋』が材木の表面をいていくように、リューもまるで地表を漉くように駆け抜け、遂に乱尽の足首をった!!


 寝技戦グラウンドだ!!


 ざっ!

 ざざっ!

 ざざざっ!!


 接触の直後から玉砂利がぶつかり合って激しく弾け飛ぶ。

 その度にリューは技を掛け、乱尽がそれを躱す。

 しかし、リューは即座に次の技へ。

 乱尽は更に回避。

 だがリューが……それを乱尽が……!


 超高速で連続する寝技、関節技の攻防は凄まじい速さで目まぐるしく変化する!

 そんな目で追うのがやっとの超低空戦。まるで奉納試合の再現だ。

 しかし、あの時とは明らかに違う。明らかに、なのだ。


 乱尽は躱す事しか出来ず、リューは常に攻め続けていたのだ!


 おおお!!


 この勝負、初めて歓声が上がった。

 仇討ちと分かっていたからこそ、暗黙の了解で『歓声』は憚られてきたが、それももう限界だったのだ。


 そしてどよめきも起こった。


 それはこと『武』というものに精通し、相応の感性のある者にしか分からなかったが、彼らは確かに見たのだ。


『龍』を。


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