第215話 やっとあえたね

 平山不死美欠席。

 代役として裏留山出席。


 それは虎子をイラつかせるには十分過ぎる内容だった。

「平山が来ないのもムカつくが留山が来るのは更にムカつく! なんでよりにもよって留山なんだよ刃鬼! 有栖なら良かったのに!!」


 有馬家到着後、控室でその一報を受けた虎子は理不尽にも刃鬼に詰め寄るが、当然刃鬼は何ひとつ悪くない。

「ぼ、僕に言わないでくれよ……それに、有栖様は始めから今日は来ないって言ってたし……」

「え、 そうなのか? なんでだ? つーか呼んだら来てくれるんじゃね?」

「だから僕に言わないでって……」


 そこですかさずフォローに入るのはこんなときに唯一バランスを修正できる人物・蓬莱常世だった。

「羅市さんは『家同士のプライベートな問題』に部外者の自分が首を突っ込むのは無粋だって考えてるのよ。彼女らしいじゃないの。それに今日は大事な仕事があるらしくて、今ごろ大阪にいるわ」

「大阪ぁ? それじゃあもう留山確定じゃないか……」


 額を押さえて天を仰ぐ虎子。

 会見開始まであと10分程度という際どいタイミングだったが、虎子の反応は思ったほどではなかったというか、むしろ余裕すら感じさせた。

 それはリューの心境をおもんぱかっての事だとアキも大斗も分かっているし、リュー本人にも伝わっていた。

 だからリューも微笑んで、

「体調不良なら仕方がないですよ。それに、裏さんが来られても何も問題ありません」

 と、彼女も余裕を見せていた。

「だといいがな……」


 虎子はそれ以上その件に関しては何も言わず、リューもまた何も言わなかった。

 大斗も特に何も言わず、アキはその空気に文字通りの張り詰めた緊張を感じていた。

(実際、余裕なんてあるわけ無いよな……)


 今日の全てはリューにとって人生の大きな節目になる。むしろ、ターニングポイントと言っても良い。

 そんな日に余裕なんてあるわけがない。

 アキはリューの時折揺れる視線にそれを感じていたが、そんな瞳が不意にアキに向けられた

「アキくん」

「な、なに?」

 虚を突かれて慌てるアキだったが、リューの瞳に決意や覚悟とは全く逆の感情が在ることに直ぐに気が付いた。

「……同席してもらえませんか?」

「ど、同席って……『俺も一之瀬家の一員として』ってことか?」

 リューはこくんと頷いた。

 当たり前だが、彼女も不安を抱いていたのだ。

「やっぱり、アキくんには側に居てほしいんです。全部、見ていてほしいんです」

「リュー……」


 それは構わないが、いいのだろうか。


 一緒に住んでいるとはいえ、自分は一之瀬家の人間ではない。

 それに様々な手続きを経て今日この場はセッティングされているという。

 それなのに、こんな突発的な事が許されるのだろうか。


 アキが戸惑う視線を虎子に向けると、虎子はそれを大斗に誘導する様に視線を逸らした。

 大斗はアキの目をじっと見つめる様な間をおいたが、直ぐに視線を外した。

「リューがそのほうがいいってんなら、俺は構わねーよ。だけど、がどう言うかは……」

 そしてその視線を持ち上げると、それは刃鬼に向いていた。

「一応ね、それも確認はしてあるんだよ。先方はアキくんが同席しても構わないそうだ」

 あとはアキの胸三寸。だからこそ突然のことで迷うのも無理はない。

 そうは言われても、という遠慮めいた気持ちがあるのも事実なのだ。

「……俺は……」

 即答できないアキを皆が見守った。


 するとそこへ澄と巌がやってきた。

 澄は話を聞いていたようで、

「そうすべきだよアキ。リューの頑張ってるトコ、見てあげて。」

 と、真顔で言った。

 澄がこんなに余裕の無い顔をするのも珍しい。その理由を説明するように、巌が言った。

「警備の最終確認は終わったよぉぉ。後は野となれ山となれだよぉ? ねぇ、アキくん」

 ぶふぅ、と排気する様な音で笑う巌。

「……アキくん、キミがリュー達と同席することで余計なリスクが避けられるかもしれないんだよぉぉ」

「リスク、ですか?」

「我々の都合、と言った方が正しいのかもしれないがねぇ」

「……?」

 アキには全く分からないというか思い当たる節もない事だが、巌は特にその事に関して説明はしなかった。

「とにかく、キミも同席しなさいぃ。アキくん」

 そしてぐっと顔を上げ、言った。

「さ、時間だ。お迎えに行こうぅぅ」




 午前9時。

 多く警備に囲まれた有馬家の正門前に、どこからともなく闇が集まり渦を巻き始めた。


 そして一際膨張したところで瞬時にそれは霧散。

 闇が晴れたあとには呂綺乱尽、呂綺魔琴、裏留山、そして呂綺家使用人・フーチ、平山家使用人・レレの姿があった。


 壮観だった。

 鬼の最強格が3、その最側近が2。


 ただそこに居るだけで、この圧倒感。

 それのみで見た者の心を挫くには十分な存在感を刃鬼は十分予測し、特に警備にあたる有馬流の門弟達にはその対策を施してきたが、この時点で警備の大半は火を見るより明らかな生物としての力の差に戦意を消失していたという。


 計5に対して数的に有利な武人会。

 春鬼不在を考慮しても、戦力の差は明らかだ。

 明らかに、武人会がなのだ。


 その事実に刃鬼は歯噛みし、巌は心の中で独り言ちた。

(飛車角落ちといったところ……で済めばいいがねぇぇ)


 それは虎子も感じていた。

 もしもの時、ここに平山不死美と有栖羅市が加わるとすれば、戦力差は絶望的なものとなる。

 それほどにマヤとは規格外であり、その筆頭が呂綺乱尽なのである。


 だが、それは仕方のないこと。個々の実力や練度に差があるのも受け入れなければいけない事実だ。

 そもそも、そのにならないための和平でもある。

(時代は移り変わるもの……それは我らとて同じ……)

 虎子はそれはそれとして受け止め、今は目の前ののみに集中した。


 先ずは留山が一歩前へ出た。

お出迎え痛み入ります、有馬会長」

 ジョークなのか嫌味なのか判断に迷う留山の物言いだが、この男はこういう男だ。

 それを重々承知の刃鬼は特に気に留める様子もなく、留山と同じ様に一歩前へ出た。

「お待ちしておりました。……平山様のお加減は?」

「ご心配には及びませんよ。大事をとって静養させていますが、直ぐに回復するでしょう。今日はその不死美の代役として至らない点も多々あるかと存じますが、よろしくお願い申し上げます」

「こちらこそよろしくお願いします」


 留山は至って丁寧な態度だが、それすらも慇懃無礼に感じてしまう虎子。

 つい突っ掛かってしまいそうになるが、呂綺乱尽の存在がそれを未然に防いでいた。


(乱尽……ッ!)

 彼を見ていると言葉に出来ない様々な感情が沸々と沸き上がり、今にも理性を失った獣の様になってしまいそうな虎子。


 不測の事態に対応出来るように冷静にならねばと自分に言い聞かせているが、それもいつまで持つか……


 その時だった。

 呂綺乱尽が一歩前へ出たのだ。


 !!


 その場の全員の意識が彼に集中する。

 意図的なのか、或いは無意識なのか、気配を感じさせない彼がただ動いたというそれだけで全武人は身構えた。


 しかし、乱尽は身構えるどころか姿勢を正し、正面に立つリューに深く頭を垂れたのだ。

 それはリューだけではなく、大斗にも、虎子にも向けられていたのだろう。

「……本日はお招き頂き、感謝します」


 低く、深い声色だった。

 そこに敵意や戦意の類は感じられない。

 大斗はそんな彼を睨みつける様にじっと見つめ、虎子は鋭い眼差しを更に鋭くした。

 だが、リューは違った。

 リューは彼と同じ様に深く頭を垂れ、顔を上げると薄っすらと微笑んでいたのだ。

 乱尽が身に着けた漆黒のスーツと、リューの身に着けた純白のワンピースが対照的で、それが一際印象的だった。


「こちらこそ。私の我儘を聞き入れてくださり、ありがとうございます」

 そして、まるで夢が叶った乙女の顔、そのもので言ったのだった。


「やっと、会えましたね」



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