第214話 時は来た! それだけだ!!

 そして5月3日。


 運命の日、早朝。

 マヤの世界『カルラコルム』の平山邸では問題が起きていた。

 平山不死美が体調を崩し、今日の『会見』に参加できないというのだ。


「申し訳ありません、こんな大切な日に……」

 不死美は自室の大きなソファに体を預け、青ざめた顔でか細く呟いた。

「わたくしは欠席させて頂きます……」


 そんな彼女をレレは心配そうに、そして留山は神妙な面持ちで見守っていた。

「うむ、そのほうが良い。しかし、キミの代わりは必要だろう」

「……そうですね。それでは留山、あなたにお願い出来ますか?」

「私が? それは構わないが……」

 ちらりとレレの方を見やる留山。レレはなんとも言えない深みのある表情を彼に向けていた。

「……分かった。平山不死美のご下命とあらば」

 不死美の前に跪き、その手を優しく握る留山。まるで騎士ナイトの様な振る舞いの彼から視線を切り、レレは恐る恐る前へ出た。

「わ、私もお屋敷に残ります!」

「あなたは行きなさい、レレ」

 不死美は今にも閉じてしまいそうなその瞳をレレに向けた。

「わたくしの看病を、と考えているのでしょうが、あなたは行くべきです」

「でも、不死美様……!」

「あなたの気持ちは分かっています。それをとても嬉しく、有り難く思います。……ですが、わたくしは大丈夫です。だからあなたは行きなさい。行って、わたくしの代わりに留山が有馬家のお女中さん達を手当たり次第に口説かないよう、目を光らせるのです」


 ふふっと冗談ぽく微笑む不死美。

 しかしその様子も精一杯といった様子で、それが余計にレレを切なくさせた。

「ふ、ふしみさまぁ……」

 涙ぐむレレ。自分を鼓舞するために辛い体にムチを打つ様な無理をしているのは明白。そこまでして今日の会見を成功させたいという気概も痛いほど伝わってくる。そして、そんな日に参加できないという無念も……主人の思いに胸を熱くするレレ。

「……分かりました。私、不死美様の分も頑張って参ります!!」

 そして留山に鋭い視線を向けるレレ。

「裏様、くれぐれも慎重な行動をお願いします……!」


 その刺すような視線に留山はフッと男前な笑みを浮かべ、

「不死美よりも厳しいお目付け役がいるようでは、自重せざるを得ないな」

 と、肩をすくめた。

「いずれにせよ不死美。我々に万事任せてキミは静養するんだよ」

「そうさせて頂きます……」

「では、良い知らせを期待していてくれ」

「宜しくお願いします……」


 そして留山は退室。その後を追うようにレレも不死美の部屋を後にしたのだが。

「……不死美様。もうベッドにお戻りになって下さい。お手伝いいたしましょうか?」

 不死美は大きなソファに身を預けたままだった。

 自分達が部屋に入ったときからそうだったが、何故ベッドに横になっていないのか不思議だったレレ。だからそう進言したのだが……。

「いえ、大丈夫です。自分で戻れますので」

 にっこり微笑む不死美。

「さ、左様ですか……」

 ここで意固地になっては主人の負担にしかならないと理解しているレレ。

 無限に湧き上がる心配な気持ちをぐっと抑えて一歩下がり、

「……では、行ってまいります」

 深く一礼し、不死美の部屋を後にしたのだった。



 留山とレレが平山邸を出ると呂綺乱尽、魔琴、フーチの3人が彼らを待っていた。

「お待たせして申し訳ない」

 留山が言うと、乱尽は小さく首を振った。

「いや、問題無い。それよりも不死美の具合はどうだ?」

「うむ、思っていた程酷くは無いが、同席は見合わせた方が無難だ。不死美本人もそう判断したよ。多分大事無いが、念のためマリー姉妹を私の屋敷に待機させておいた。もし何か不測の事態があれば、直ぐに駆けつけるよ」

「そうか……では、魔琴。その旨を武人会に伝えておいてくれ」

 乱尽が魔琴に目配せすると、魔琴は既にスマホを取り出してメッセージアプリでメールを作っていた。

「了解〜。でも、不死美さんが体調崩すなんて珍しいねっていうか、ボクはそんなの初めてだよ」

 魔琴がディスプレイからちらりと顔を上げて留山を見やると、彼は平山邸に向けて目を細めていた。

「彼女も疲れが溜まっているのだろう。少し休んだほうが良い。ゆっくりとね……」




 一方、会見の準備の最終確認で慌ただしい武人会本部に戦慄が走っていた。

「平山様が欠席!?」

 魔琴からのメールを受けた刃鬼が声を上げ、すぐに息を飲んだ。

「平山様の代わりに、裏様がお見えになるそうだ……」

 ざわつく武人会本部。しかし、今日の警備の陣頭指揮を執る護法巌は眉ひとつ動かすことも無かった。

「むふぅ……慌てる事は無いよぉ刃鬼。誰が来ようと、我々がやることは変わらないからねぇ。ただ、ここに居る女性全員に防犯ブザーを持たせた方がいいねぇぇ。留山ヤツは女と見れば見境が無いから困ったもんだよぉぉ」

「……ですね」


 あなたこそ女性とみれば見境無しにボディータッチしますよねだからその対策で既に有馬家の全女性には防犯ブザーの携帯を義務付けていますが何か? とは言えない刃鬼。

「……準備を続けましょう」

「むふぅ」


 そしてちらりと時計を見やる刃鬼。

 時刻はもうすぐ午前8時だ。

(リュー達が来たら打ち合わせをしないといけないな……裏留山か。何も起こらなければ良いのだけど……)



 もう間もなく運命の時が来る。

 そんな時に何も出来ない平山不死美の胸中は如何許いかばかりか。



 皆が去った後、物憂い瞳で自室の大きな窓から外を見つめる平山不死美。

「……はぁ」

 小さなため息をつき、

「つっっっかれたぁ〜!」

 と、大きな声を上げてソファに思い切り腰を下ろした。

「……マリオ〜ン、もういいんじゃない?」

 がそう言うと、物陰からマリオンが姿を現した。

「お疲れさまぁ、


 すると不死美の体がCGの様にじわじわとの姿に変わっていく……。

「不死美様の喋り方って難しいんだよねぇ。舌噛みそう」

 あっという間に変化へんげした。

 ルイには大きすぎる不死美のネグリジェからはその幼い肢体がすらりと伸び、妖艶な装飾と素朴な美しさのアンバランスさが淫靡ですらあった。

 ルイはぶかぶかになってしまったネグリジェの胸元をちょいとつまみ上げ、うーんと唸る。

「不死美様ってなんでこんなにスタイルがいいんだろうね。羨ましいわぁ」

「だから御館様が夢中になっちゃうのかなぁ」

 ふたりはベッドの脇まで行くと、壁際の床に寝かせて隠してあった何か大きなモノをふたりで担ぎ上げた。

 それは不死美だった。


「こんなにスタイルいいくせに」

「たいして重くないし」

 そして不死美をベッドに横たえると、その体に優しくシーツを被せた。

 不死美はすやすやと安らかな寝息を立て、深く眠っていた。


「……めっちゃ寝てる。あの不死美様が……」

「流石は御館様の宝才だね。なんて名前の宝才だっけ?」

「何百年も前に無くなっちゃった『鰭寝ひれね』家ってところの宝才だってさ。何でもかんでも眠らせちゃうらしいよ」

「不死美様がこんなにぐっすりだもんね。スゴ……つーか、いつの間に宝才かけたんだろ」

「それは『大人のヒミツ』だって、御館様が言ってたよ」

「オトナかぁ。私達だって御館様と『オトナと同じこと』してるじゃん」

の間違いじゃない?」

「……そうかも」


 マリオンがそっと不死美の頬を指先でつつくが、不死美が目を覚ます気配は全く無い。


「御館様ってホントに色んな家の宝才を使えるんだね」

「しかも私達にもそれを分け与えて下さってる。だから私達も飛鳥あすか家の宝才で出来るんだし」

「私達、御館様無しじゃもう生きていけないね」

「無理。生きていけない」


 眠る不死美をじっと見つめるふたり。

「取りあえずここまでは御館様の計画通りに進んでるよね」

「うん、御館様が不死美様を眠らせて、私達が不死美様のフリをしてお芝居して、御館様を武人会へ送り込む!」 

「それで、御館様が大暴れ〜!」

「人間共を皆殺しじゃ〜!」

 あっはっは! ど笑うふたり。

 しかし、その笑いもどこか乾いていた。


「……もし、コレがバレたら私達、殺されちゃうかな」

「そりゃそうでしょ。こんなの、不死美様が許してくれるワケ無いし。粉々にされるか、ぐちゃぐちゃにされるか……でも、別にいいよ」

「そうだね。御館様のために死ねるなら本望ってヤツよ」

「……御館様、ホントにやる気なんだよね」

「うん。御館様は、やると言ったら絶対にやるよ」


 並んで佇むふたり。マリオンの細い指がそっとルイの指に近付き、ゆっくりと絡んだ。

「……死ぬ時は一緒だよ」

「うん。ずっと一緒。死んでも、一緒だよ……」


 お互いを確認するように見つめ合うふたりの瞳は一際輝き、揺るぎない覚悟を宿しているのは言葉にしなくても分かる。 


 ふたりはどちらからともなく抱き合い、互いを励まし合うように、慰め合うように、しばらくそのまま体をぴったりと寄せ、愛しあうように抱き合ったのだった。

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