第212話 魔法使いは見た!

 逃げる魔琴を追うリューを更に追うアキ。

「追っかけて来ないでってば〜!」と、魔琴。

「それなら逃げないで下さい!!」と、リュー。


 そんなふたりにアキはついて行くのがやっとで、声を出す余裕など1ミリもなかった。

(あいつら、とんでもねぇな〜!)

 蓬莱常世の超絶シゴキで日に日に人間離れしていくアキの身体能力スペックでもリューと魔琴のスピードにはまるで刃が立たない。徐々にその距離が開いていくのだ。


(や、ヤバい……息が……足が……死ぬ!)

 街中をパルクールの様に猛疾走する魔琴とリューを追いかけるのもそろそろ限界……! アキの足がもつれて転倒しそうになったその時、リューがゆっくりとその猛スピードを落とし始めた。


 気が付くとそこは仁恵之里公園という里の住民の憩いの場だった。

 子供達が喜びそうなアスレチック遊具も充実したこの広い公園の一番大きな遊具のてっぺんに魔琴はいた。


「魔琴! 降りてきて下さい! 話したいことがあるんです!」

 リューが魔琴に呼びかけるが、魔琴は首を横に振った。

「イヤ〜〜!! 話って『リューがパパと会う』とかなんとかの話でしょ?!」

「そうです! その事であなたともきちんと話をしたいんです」

「イヤだよ! だって、それ聞いたところでイヤな気持になるだけだもん!」


 魔琴は駄々をこねる小学生の様に遊具にしがみつき、涙ながらに訴える。

「ボクはリューの気持ちも分かるよ! でもパパの気持ちも分かるの! ボクは辛いよ! パパが悪者だってわかってるけど、わかってるから辛いよ! 責められるパパを見たくない!! ……ホント言うとリューにはパパに会ってほしくない! だって会っちゃったらさぁ、なんか大事なモノが変わっちゃいそうで……怖いんだよぉ……」


 声を詰まらせ、苦しそうな嗚咽を洩らす魔琴をリューはじっと見つめ、その視線を逸らさずにアキに言った。

「アキくん、魔琴とふたりきりで話をさせてくれませんか?」


 それはつまり「外して欲しい」という事だ。

「協力して欲しいと言っておいて、申し訳無いんですが」

「……いや、いいよ」

 これはリューと魔琴。一之瀬家と呂綺家の深い部分の問題だ。自分がしゃしゃり出る要素は1つもないと、アキは理解していた。

「すみません、アキくん。本当に……」

「大丈夫だよ。わかってるから」

 そうしてアキはゆっくりとその場を離れた。


 公園から出る際、彼はリュー達の方を振り返ってみたが、その時点ではまだ魔琴は遊具の上にいて、それをリューが降りてくる様に説得している最中だった。

 しかし、魔琴はさっきよりも幾分落ち着いている様に見受けられた。

 ……きっとふたりはきちんと話し合うことが出来る。

 アキはそう信じて公園を後にした。



「……つーか、もう1時間目始まってんじゃん!」

 兎にも角にも一刻も早く学校へ戻って事情を説明し、リューと魔琴と自分の遅刻というか無断外出の釈明をしないとマズい……アキはダッシュで学校を目指すが、それを引き止める声が彼の背中を叩いた。

「アキ」

 そのか細い声は不思議とよく通り、ともすれば影が薄い印象の彼女にもアキはすぐに気が付いた。

「……芙蓉先生?」

 声の主は『芙蓉峰』だった。

 峰は白衣姿で、舗装も満足にされていない田んぼ横のあぜ道に佇んでいた。


 ちなみにアキは彼女がマヤである事はもちろん、『須弥山芙蓉宝望天狐しゅみせんふようほうぼうてんこ』と呼ばれるマヤの神格であることも当然知らない。

 今のところアキにとって、彼女は「仁恵之里のお医者さん」という認識であった。


「お、おはようございます、芙蓉先生」

 何でこんなところに芙蓉先生が? しかもひとりで!? ……というアキの疑問だらけのぎこちないあいさつに対し、彼女はうん、と頷くもその表情に乏しい瞳をアキにじっと向けていた。

「……学校は?」

「え! そ、それはその……」


 やっぱりそう来ますよねーと言わんばかりにビクつくアキ。

「ちょっといろいろあって、今から行くところなんです」

「リューと魔琴はまだ公園か……」

「え? ……先生、なんでそれ知ってるんですか?」


 ここにいる峰がを知る由もないはず。アキの純粋な疑問に対し、峰は少しのあいだ虚空に視線を投げ、言った。

「見た、から……」

「見た? 公園でですか? でも先生、公園にはいなかったでしょ。俺が帰るときも姿が見えなかったし、俺は今さっき公園からダッシュでここまで来たんですよ?」

「……ここで見た、から……」

「ここで? 俺らが公園に行く途中にですか? でもさっきはっきりと『公園』って言いましたよね? なんで俺達が向かったのが仁恵之里公園って分かるんですか?」

「この先に公園、あるから……」

「この先には公園以外にも川とかグラウンドとかあるんですけど?」

「……」


 こんな時、いつもなら〝ふーんそうですか〟で流せるアキなのだが、峰の妙に煮えきらない感じが気になって仕方がなかったのでつい問い詰めてしまった。

「……っ」

 峰は一瞬視線をそらし、しかしすぐにアキを見詰めて言った。


『見た、と言っている。場所などどこでも良い。だから、この話はこれでおしまい……』


 瞬間、ふっと空気が重くなった。

 しかしそれも一瞬。で済むこの変化には誰も気がつくこともなく、泡沫の様に消えていく。

 そしてその一瞬ですらも消えていくはず……しかし、アキは違った。


「……いえ、良くないですよ。俺、気になります」

「っ!!」

 食い下がるアキに驚く峰。

 驚く、と言ってもハッとするように瞳を少々見開くという程度だが、彼女にとっては大きな変化だ。

 しかしそれはアキには驚いたリアクションというより「ウザ……」と思われた様に受け取られていた。

(あ、やべ。ちょっと引かれちゃったかも……)


 物静かな女性ひとにこんな態度をされると地味に効くものだ。

「で、で、ですよね〜! そんなのどこでもいいですよね! ははは……」

「……」

 アキの乾いた笑いを俯いて流す峰。その様子がアキを更に焦らせた。

「……あ、あの先生、ホント、しつこく聞いてすいません。なんか気になっちゃったんです。他意っていうか、悪気はなかったんです」

 アキは謝罪するが、峰は静かに首を横に振った。

「……それはいい。そんな事はどうだっていい。それよりもアキ、お前は本当に藍之丞の力を……いや、ちよもの力を」

「は?」



「え?」

 瞬間、眼の前が急に開けた。

 目の前にいた峰が居ない。

 文字通り、消えてしまった。 

 『消えてしまった』のだ。

「……なに? うそ? ドッキリ??」


 その時、何が起きたのか分からず呆然とするアキの頭上から聞き慣れた声が振ってきた。

「あら、国友さんではなくて?」


 頭上から声が降ってくることなんてそうそう無いが、ここは何でもありの仁恵之里。

 この程度は日常茶飯事と、アキは驚きもせず顔を上げた。

「あ、不死美さん」


 上空からゆっくり降りてくるのは箒に跨った平山不死美だった。

「ご機嫌よう国友さん。こんなところで何をなさっているのですか?」

「え、ええと……実は……」


 アキが事の次第を簡単に説明すると、不死美は「なるほど」と神妙な表情で頷いた。


「そういう事でしたか。それは彼女達がしっかりと話し合うべきだと思います。魔琴にとっては酷な話でしょうが……」

「はい。だから俺はいないほうがいいかなって思って……つーか俺、早く学校へ戻って先生にその事を説明しなきゃいけないんでしたっ!」

「そうでしたか。お急ぎとは知らず、呼び止めてしまって申し訳ありませんでした。よろしければ学校までお送りいたしましょうか?」

「いやいやそんな、俺は大丈夫っす! じゃあ不死美さん、失礼します!」

「その前に国友さん、ひとつお伺いしますが」


 引き止める場面ではないだろう。

 直前の彼女の台詞からしても尚の事。

 不自然ですらある。

 しかし、不死美の声には有無を言わせない何かがあった。

「……今しがた、どなたかとお話をされていませんでしたか?」


 アキは首を横に振った。

「いえ。誰とも」

 そう言うとアキはペコリと会釈し、走り去った。


 その姿を無表情で見送る不死美。

 不意に箒がひとりでにくるりと回転し、レレが現れた。

「……不死美様、やっぱり気のせいですよ。こんなところに須弥山様はいらっしゃいませんよ」

「そのようですね」

 そう答える不死美はそれでも訝しむ様な瞳そのままにしていた。

「すみませんでしたレレ。わたくしの勘違いに付き合わせてしまって……」

「いえいえいえ滅相もない! 不死美様のご下命とあれば海の底だろうと山のてっぺんだろうとどこへなりとも、です!!」

 潤んだ瞳で答えるレレに不死美はくすくすと笑って答えた。

「それは頼もしいですね。では、その時にはぜひお願いします」

「はいいい! 喜んでぇぇ!!」

「では、帰りましょうか」

「仰せのままにィィ!!」


 そして再び箒に変化へんげしたレレに跨る不死美。

 ふわふわと上昇し、上空から見てみたものの既にアキは付近には居ないようだ。


 余程のスピードで走ったのだろう。

 それは単に急いだというよりも、むしろ……


「逃げられたのかもしれませんね」

 そう言いつつも、不死美はどこかたのしそうだった。


「さぁ、次はどんな方法で楽しませてくださるのかしら……」


須弥山様。


……その名を、不死美は言葉に出さなかった。

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