第211話 リュー×マコ?

『リューが呂綺乱尽と会う』。


 それは個人と個人の話ではなくて、『一之瀬家と呂綺家』という関係性に置き換えるのが適切なのだろう。


 リューは大斗との死闘の際にそれを改めて考えさせられ、同時にそこに思い至らなかった自分の未熟を恥じた。


 これは自分だけの問題ではないのだ。


 それを意識した今、リューに迷いは無い。



 翌週月曜日、早朝。


 大斗との決着。

 乱尽の承諾。

 関係各所、諸々の許可。

 それらの課題をすべてクリアしたリューのスマートフォンへ、武人会から一通のメールが送信された。

「……」

 『速報』という表題のそのメールを無言で確認した際もリューは特に心を乱すことなく、メールの内容を受け入れることが出来た。


 メールの内容は、乱尽との会見の日時決定の通知だった。


 リューはふと視線を上げ、居間のカレンダーを1枚めくって5月の3日に赤ペンで丸をつけた。


 5月3日。それが、リューにとって……一之瀬家にとって、運命の日となったのだ。



 メールはアキにも届いていたので、彼はリューにどんな言葉を掛ければ良いのか色々と考えたものの、結局何も浮かばなかった。

 そもそも、今の彼女に掛ける言葉などあるだろうか。掛けられる言葉などあるのだろうか。


 だから何も浮かんでこないというのも正直なところだ。

 アキは無責任な言葉だけは口にしたくなかったのだ。

 だが、リューはアキの心配をよそに普段通りどころか普段以上に明るかった。


「あれから1年も経つんですね!」

 登校途中、リューはアキに笑顔で言った。

「アキくんが仁恵之里に帰って来たのが去年のゴールデウィークでしたから、早いものでもう1年です」

「え? あ、そ、そうか、もうそんなになるのか……」

「あの時は確かに連休の最終日でしたね。は初日です。なにか運命めいたものを感じますねぇ」

「そ、そうだね……」


 予想外に明るいリューに思わず愛想笑いのような顔をしてしまったアキ。

 しかし、リューはそのあたりの事も承知の上の様だ。

「……大丈夫ですよぅアキくん。心配しなくても、私は大丈夫ですって!」


 リュー本人がそう言うように、本当に大丈夫なのだろう。

 いつもと変わらず、泰然自若とその時を迎える……そんな彼女の様子が、奉納試合で魔琴と闘ったあの時と被るのだ。

 その事が、アキは気がかりだった。

 あの時は様々な幸運が重なってあの様な良い結果になったが、今回もそうなるとは限らない。


「も〜、アキくんは心配性さんですねえ。私が我を忘れて乱尽さんに殴りかかっちゃうかも、なんて考えてるんですか? さすがにそれはないですよぉ」

「いやいや、そんなふうには……」

「まぁ、これまでの経緯いきさつを考えれば無理もないですけどね。同じ事を魔琴も考えてるんでしょう」

「魔琴……」


 アキの脳裏を神社で心のうちを吐露した魔琴の苦悩が掠めていく。

 この件に関しては魔琴も当事者と言えなくもないだろう。

 リューはその事を言っているのだ。

「……彼女にもきちんと話をするべきですね」

 リューは表情を引き締め、アキの手を取った。

「り、リュー?」

「善は急げです! アキくん、協力して下さい!」

 そしてリューはアキの手を引き、小走りで校舎を目指した。



 というわけでリューが目指したのは校舎の2階にある2年生の教室だった。

「すみません、呂綺さんを呼んでくれませんか?」

 リューは教室の前にいた2年の女生徒に声を掛けると、彼女は「あ、一之瀬先輩っ」と頬を赤らめ声を弾ませた。


 余談だが、リューはとのギャップ萌え需要や一部の百合派がカップリング論争を巻き起こす等、色んな意味で色々な層から人気があった。


「まこちゃーん、一之瀬先輩が呼んでるよ〜」

 と、その百合派女子が魔琴を呼ぶ。すると……。

「げっ!!」

 と、短い悲鳴。魔琴の声だ。

 そして教室からざわめきが起こった。

 何事かとリューとアキが教室の中を覗き込むと、その目に飛び込んできたのは一目散に逃げ出す魔琴の姿だった。

 しかし逃げると言っても魔琴は出入り口ではなく、迷わず中庭に面した掃き出し窓を目指していた。

「あ! 魔琴!?」

 リューの呼びかけも虚しく、魔琴は教室の掃き出し窓からベランダに出るとひょいと柵を飛び越え、そのまま飛び降りてしまった。


 あっ! とざわめく生徒達だが魔琴の身体能力にとって2階のベランダから飛び降りるなんていうものは感覚的にはスキップするような軽々としたもので、それはもちろんリューも同じだった。

「ま、待って下さい魔琴!」

 リューは魔琴を追って教室内を突っ切り、柵を華麗に飛び越えベランダから飛び降りて中庭へと見事に着地。そのまま逃げる魔琴を追跡した。


「うわわっ! 追いかけてこないでよ〜!」

「あなたが逃げるからでしょう!」

 なんて、2階からのダイブなんて無かったかのように走り去るふたりに百合派閥は恍惚とした顔で悶絶。その場で【リュー×マコ】か【マコ×リュー】かで揉め出す始末だった。


 そして取り残されたアキは走り去っていくふたりの背中を見つめ、どうしたものかと唸ったのだった。

「もうすぐ授業始まっちまうぞ……」










 そんなアキを見つめる女生徒が一言。

「国友先輩は飛び降りないんですか?」

「え」


 ……期待に満ちた眼差しでアキを見つめる後輩達。

「……えいっ!」

 やらないわけにはいかなかったアキがベランダから飛び降りると、後輩達は『おおお!』と歓声を上げ、拍手が巻き起こった。


『さすがは武人会期待の新星・国友先輩やで!』という声や『【アキ×シュン】……いやいや、【ユージ×アキ】やろがい!』等という声も聞こえてきた気がしたが、アキはとりあえずリューと魔琴を追いかけた。


「……これ、俺も遅刻扱いになるパターンじゃね……?」




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