第208話 ちょっと説明いいっすか
やあみんな。
仁恵之里のゴッド姉ちゃんこと、一之瀬虎子だ。
今日は武人会と鬼、そして行政の関係について少し説明しておこう。
まぁ、聞いてくれ。
武人会が行う鬼に対する活動は、自前の組織では戦力的に鬼に対応できない『日本政府』からの委託という一面がある。
だから武人会は政府からの様々な援助や特例措置を受けているのだが、その代わりに様々な制約や義務を課せられているのも事実であった。
その一例が今回リューが希望している様な『特定のマヤとの個人的な接触』だ。
平山不死美の様に明らかな協力関係の者や、魔琴の様に親交目的の者。そして有栖羅市の様な経済活動目的のマヤは特定から除外される。そして留山は名目上では不死美の助手という事になっているので彼も除外される。
(実際は留山が一番厄介なのだろうが、不死美が彼を責任を持って制御するので……という事で便宜的に除外、というのが実際のところなのだが)
では何が特定かといえば、言わずもがな『呂綺乱尽』である。
表舞台には殆ど姿を表さず、その実態を知る者は少ない。
正体不明に限りなく近い存在にも関わらず、桁違いの戦闘能力を有しつつその知能も同様に高い事は確かという『推定不可』な危険。
それだけならある意味他のマヤと変わらないが、彼は現存のマヤで唯一『殺人』を犯しているという点で他のマヤとは一線を画していた。
12年前の戦いに於いて、乱尽は一之瀬雪を殺害している。
あの夜の混乱の中ではどこでどんな事が起きていたのか判然としない事が大多数だが、彼の犯した『殺人』は目撃者、証言、そして現場や遺体の状況から、容疑者と被害者が確定している唯一確実な『殺人事件』として記録されているのだ。
しかし、『鬼』或いは『マヤ』は日本、というより人間の法の力が及ばない存在だ。
……否。
人間が持つ常識の範疇を遥かに超える『暴力』を恐れ、誰も裁けないのだ。
だから日本政府は武人会に超法規的な権限を与え、突発的な鬼駆除や上手く行けば暴力の根源を1つでも潰すことが出来得る『奉納試合』を許可している。
鬼達の強大な力をよく理解しているからこそ、『裁きたいのなら自分達でやれ』という事なのだ。
だからこそ、彼らは今回の様な『呂綺乱尽との個人的な接触』を恐れている。
何が起こるか見当がつかない上に、相手は超一級の危険物。もしもの時、被害が仁恵之里に留まるという保証は無い。
最悪、国家を揺るがす大惨事になる可能性すら否めない。
そのため、今回の件に関しては日本政府からの許可を取る必要があるのだ。
「という事で、許可が出るまでこんなにも時間がかかってしまったという訳だ」
「……いや虎子、どっち向いて喋ってんだよ。つーか誰に説明してんだ? ゴッド姉ちゃんってなんだよ! 怖いよ!?」
アキが突っ込むと、虎子は何事もなかったかのように彼に向き直った。
「え? 誰に? ……みんなさ。みんな!」
「わ、わかったわかった。わかったからでかい声出すなって……今そんな空気じゃねーだろ?」
「お前もさっき強めに突っ込んだじゃないか!」
「だから静かにしとけって! 叱られるぞ……」
恐る恐るなアキの視線の先には、居間のちゃぶ台を挟んで対面に座るリューと大斗の姿があった。
ふたりは沈黙を守り、静かにその時を待つ。
ちなみに、アキと虎子は少し離れたキッチンのテーブルから彼らの様子を遠巻きに見ていた。
現在、時刻は午前8時57分。
早朝、道場から戻った彼らは朝食後に例の件についてしっかりとした話し合いの場を設ける事となっていた。
そして、その話し合いは午前9時から開始される予定なのだ。
「……でもさ、リューが有馬会長にその話をしたのって年末だろ? こんなにも時間がかかるもんなのか?」
アキが言うと、虎子は肩をすくめてため息をつく。
「そこが日本のお役所仕事ってヤツなんだよ。『やってる感』出してるだけさ。最近はつとに酷いと刃鬼も嘆いていたよ」
「そうなのか。さっさと許可出してくれりゃ、こんなに拗れる事もなかっただろうに」
「そうだな。大斗にとっては何ヶ月も知らされず、自分の知らないところで話が進んでいたんだからな」
「そうなるよな。そりゃあ気まずいよなぁ……」
そして午前9時。
先ずは大斗が動いた。
「……虎子、アキ。悪ィけど、外してくんねぇか?」
唐突な申し出にアキの反応は遅れたが、虎子は頷いて直ぐに立ち上がった。
「行こう、アキ」
「え、あ、ああ……」
すたすたと歩き出した虎子を追うアキ。
その最中、ちらりとリューを見やったが、彼女は真っ直ぐに大斗を見据えたままだった。その瞳は真剣そのものだ。
(リュー……
この段になっては自分は邪魔者でしか無い。
アキは黙って虎子の後を追い、家の外へと出た。
「……しばらくは帰れないな」
虎子が独り言のように呟いた。
「なぁアキ。お前はどうする?」
「どうって……特に行くトコ無いし、師匠んとこにでも行くよ。虎子は?」
「私は武人会本部に行くよ。今回の件で、刃鬼に相談があるんだ」
「……そっか、分かった」
何か出来ることがあれば協力したいところだが、これは自分が首を突っ込める様な問題ではないと十分理解しているアキは「じゃあな」と手を上げ、虎子に背を向け歩き出そうとしたが、虎子はなにも言わずただじっとアキを見つめていた。
「……な、なんだよ?」
物憂げな彼女の視線にたじろぐアキ。
虎子はそのままの
「アキ。リューを支えてやってくれ」
その言葉には単なる希望、要望ではなく『願い』にも似た切実さが滲み出る深みがあった。
いずれは消えてしまう自分の代わりに……。
アキは彼女の言葉をそんなふうに受け止めてしまうのが怖かった。
「あ、当たり前だろ。そんなの、言われなくても分かってるよ」
「……ありがとう」
虎子はふっと表情を崩し、その場を後にした。
アキはその様子に言いしれない切なさを感じると共に、一抹の不安も抱いた。
虎子は自分に残された時間を意識している。
そしてそれを隠さなかった。
これまでとは違うその様子に、アキの胸は露骨な程にざわついていた。
一方、一之瀬家。
リューははじめから一気呵成に攻め込み、有無を言わせずに自分の意見を大斗にぶつける心づもりだった。
しかし、実際はどうだろう。
いざ大斗本人を目の前にすると、最初の一手が切り出せない。
いつもと違う大斗の醸す空気は重苦しく、まるで真剣勝負の緊迫感すらある。
(……そうですね。これは真剣勝負なんですね……!)
甘く見ていた。
リューはこの話し合いは自分のペースで進められると、どこか高を括っていたのだ。
今回の一見は自分にとっては人生の大きな節目になる。
しかし、それは
リューは自らの浅はかさ恥じ、気持ちを入れ替えあらためて『父親』と向かい合うことにした。
「お父さん」
「リュー」
衝突、程ではなくても鉢合わせた様なふたりの言葉。
リューはその性格も相まって「お先にどうぞ」というような仕草で大斗を促した。
すると大斗はごほん、と咳払いをひとつ。
そして親指をくいくいと庭の方へ向けて低く唸った。
「
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