第207話 ″待″ってたぜェ!! この″瞬間″をよォ!!
4月最初の週末。
虎子とリューはいつものように朝の稽古を終え、いつものように道場の清掃をしていた。
こんなときは何気ない会話に花が咲くのだが、今日は少し雰囲気が違う。
別に嫌な雰囲気ではないが……。
(な、なぜか後ろめたいような気持ちがします……)
リューが妙な胸騒ぎを感じていると、虎子が遂に動き出した。
「……あのさぁ、リュー」
掃除の手を止めず、虎子はリューの方を見ずに声を掛けた。その様子に緊張するリュー。
「は、はいっ?」
「お姉ちゃんさぁ」
「は、はい……」
「妙な噂、聞いちゃったんだけど」
「う、噂……ですか?」
「リューがさぁ、お姉ちゃんに内緒であの男に会いたがってるとか何とか」
やばい。
リューの体が緊張で強張る。
「″武人会″のさぁ、″有馬クン″から聞いちゃったんだよ?」
虎子はゆっくりとリューに歩み寄った。
「″知って″るよね? ″ブジンカイ″の″有馬刃鬼クン″だよぅ」
「も、もちろん……」
ふらふらと体を揺らし、威圧するようなその様子はさながら
「あ、あわ、あわわ……」
ガタガタと震え怯えるリューの肩を抱き、虎子はわざとらしく彼女の顔を覗くように睨めつけた。
「″シショー″差し置いて、ドエレー″COOOL″じゃん?」
こうなってしまっては蛇に睨まれた蛙。
もはやリューは何もできず、ただ震えて運命に身を任すしか無かった。
(バレてる……全部バレてる……!
「あ、あの、お姉ちゃん……本当にすみません! 実は会長から……」
と、リューは虎子に頭を下げようとしたが、虎子がそれを制した。
「冗談だよ冗談。お前と乱尽の件は刃鬼から全部聞いたよ。それを
「本当ならお姉ちゃんに一番最初に相談するべきだったんでしょうけど……なんていうか、流れというか、タイミングというか……」
「いや、大局的に見ればお前の判断は正しいよ。むしろ、私こそお前からその話を切り出されるのを待つべきだったろう……だが、知っちゃったからな〜。なんか武人会がコソコソやってるって蓬莱から聞いたから、あいつとふたりで刃鬼を適当に詰めたら直ぐに白状しおったわ」
「よ、よっぽど怖かったんだと思います……」
虎子は深いため息をつき、腕を組んで瞳を閉じ、『うむ』と唸った。
「……私は、お前の意思を尊重したい」
「え! じゃあ……」
「師として、先述の件を許可する」
「あ、あ、ありがとうございます!』
思いの
「私も同席する」
「そ、それはもちろん……」
「大斗もだ」
「っ……」
リューは虚を突かれたような心持ちだった。
「……お父さん……ですか……」
「やはり大斗は蚊帳の外だったか」
呆然とするリューに、虎子はまるで子供を叱る親のような視線で続けた。
「これはお前だけの問題ではない。一之瀬家全体の問題だ。お前はそうは考えなかったのか?」
「そ、それは……」
「お前にとっての母の仇は、大斗にとっては妻の仇だ。もちろん、私にとってもそうだが……むしろ、私よりも大斗を差し置いて進めていい話ではない」
「……」
リューは萎れた花のように俯き、その場にぺたんと座り込んでしまった。
その様子に虎子の胸がチリチリと痛む。
(突っ走ってしまったか……そうさせてしまった責任は、私にあるのだろうな)
「……ぅっ……!」
リューの口から嗚咽が漏れ、瞳からは二粒の雫がこぼれ落ちる。
「私は……自分の事ばっかり考えて……!」
「リュー……」
「お姉ちゃん……私、どうすれば……」
「大斗に全てを話せばいい」
「でも、今となってはどうやって話を切り出せばいいか、私にはわかりません……」
「そう思って」
「……?」
「呼んでおいた」
「え?」
虎子の視線がリューではない方向に向いていた。
リューがその視線を追うと、道場の出入り口には寝起きでボサボサ頭の大斗がその頭を掻きながら突っ立っていた。
「……締め切り明けに重たい話はやめてほしいんだけどよぉ」
言って大きなあくびをひとつ。
いつものように緊張感の無い彼の態度だが、その瞳は別人のように鋭い。
その様子から彼がこれまでの経緯を把握しているという事は、もう確認するまでもないだろう。
「お、お姉ちゃん……」
まるで助けを求めるリューの視線を、虎子は突き放すような厳しい
「しっかりと話し合え。そして、結論を出すんだ」
「……わかりました」
虎子の意を汲んだリューの表情が一気に引き締まる。そしてそれを大斗に向け、まるで強敵に立ち向かうかのような気迫すら感じさせた。
「全部話します。包み隠さず、自分の気持ちの全てを。そして、絶対に納得させてみせます」
「リュー……」
覚悟を決め、決して逃げないという意思を秘めたリューの瞳を見て虎子は安堵した。
自分が思うより、リューは武術家としても人間としても強く大きく成長しているのだと、そう実感出来たのだ。
(……リューよ。私はいつでもお前の味方だ。どんな結果になろうともな。それを忘れないでくれよ……)
虎子は心の中でそう囁いた。
それは『師として』というより、『姉として』の言葉だった。
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