第203話 【蓬莱常世の場合】

 私の名前は蓬莱常世。


 今日はクリスマスパーティーを兼ねたカワイイ弟子の初勝利の祝勝会。

 お酒が入って盛り上がりまくってたとはいえ、私とした事がはしゃぎ過ぎたわ。

(ほっぺにチューなんて……いい歳して、恥ずかしいわ……)


 ノリで思わず唇にしそうになったなんて口が裂けても言えないわね。

 そんなものリューちゃんへの不義理っていうか、むしろ姫様への不義理だわ。

 それくらい、アキくんは藍之丞さんにそっくりなのよ。

(顔も、声も、仕草まで……それに、あの能力……)


 その能力とは、『一時的な万能』。

 藍之丞さんが宝才と武力への耐性を失う代わりに得た、


 しかしそれが使われることはなかった。

 使われることなく彼は呂綺乱尽に破れ、命を落とした。

 或いは呂綺の宝才を無効化したのかもしれないけど、だとしても結果は変わらない。

 彼が死んでしまった事実は覆らないから……。


 私は500年前からずっとその意味を考えていた。

 代償だけを支払い、結局使われることなく消滅し、その能力自体も相手の力を相殺するに留まるモノだったあの能力ちから


 つまり、ある意味『無意味な能力』だった。


 勿論それも使い方次第なのだろうけど。

(……とはいえ、アキくんがあの能力と同じ能力を持っている確証なんてないわね)


 円くんに勝てたのは藍之丞さんと同じ力がアキくんにもあったからこそ……そんな仮説を私も姫様も立てたけど、やっぱり立証できない。


 それとも、全く別の原因があったのかもしれない。 


 腑に落ちないことだらけの今回の決闘と、その結果。

 そこから紐づいた藍之丞さんとアキくんの共通点。


 それと、これは私が個人的に気がついたことだから誰にも言ったりはしていないことなんだけど……。

(藍之丞さんはいつ、どこであの能力を得たのか……あの『無意味な能力』を、何のために。きっと私はそれを知っているのに、どうしても思い出せない……というより、……)

 そんなふうに記憶の一部。


 姫様はなにも言わないから私も同じ様に気が付かないふりをしているけど、私にはその違和感が際立って見えている。

 それはきっと500 年に渡る記憶の蓄積という、蓬莱の巫女の能力の賜物。


 そんなふうに私の記憶ちからが上手く機能しないのはだ。

 肝心なところで止まってしまうような、肝心なところでもやがかかるような、この記憶の『障害』。


 私は長年その原因と、その解消の手掛かりになるものを探し続けてきた。

 ありとあらゆる文献に目を通し、史跡を調査し、研究を続けた。


 それでも解決しなかった諸々を一掃し得る人物が、何の前触れもなく私達の前に現れた。

 まさにと言ってもいいこのタイミングで。


「……芙蓉 峰、か……」

 私は今、に向かって歩いていた。

 その待ち合わせ場所は、武人会本部に併設された有馬流の門弟たちが日々の修行に汗を流す錬成道場。その中でも少年部の子供たちが使用する小さめの道場を私は指定した。

 

 時刻は23時40分。

(来てくれると信じるしか無いわね……)

私は待ち合わせ場所に到着したけど、そこには誰もいなかった。




 クリスマス会の終わりがけ、主要メンバーが遊び疲れたり酔い潰れたりしている中、は顔色一つ変えずに部屋の隅のテーブルに座っていた。

「あれぇ? 芙蓉センセ〜、お酒は苦手ですか?」

 私がゴキゲンな調子でそう声を掛けると、彼女は微かに首を横に振った。

「それなりに頂いている」

 その顔はやはり無表情だったけど、決して無愛想な印象は感じない。


 そのの下にはきっと穏やかな笑顔があるのだろうと感じさせる何かがあった。

「お隣、失礼しますねぇ」

 そう言って彼女の横に腰を下ろすと、彼女は私の顔をちらりと見て、囁くような声で私の耳を擽った。

「……あなたは飲んでいないのか?」

「え?」

「本当に酔っているわけではないのだろう?」


 私は息が詰まる思いだった。

 を看破されたのだ。


 酒は飲んでも飲まれるな……なんて昔から言うけど、蓬莱流では鉄則でもあるそのいましめ。


 ふとした瞬間に訪れる隙。油断。弛緩。

 それを強制的に引き起こす『酒』に対しては特に注意を払わなければいけない。

 古より今日こんにちまで、人間とは切っても切れない関係だからこそ、酒には殊更の注意が必要だ。


 古今東西、酒がどれだけの謀略を生み、どれだけの人間を闇に葬ってきたか……。


 だから蓬莱流にはアルコールに対しての耐性を付ける修行がある程、酒酔いには厳重な注意を払っている。


 私は元々お酒が強いほうだけれど、それでも宴席ではお酒に飲まれないように注意しつつ、その場を冷静かつ有利に観察できるようにをするようにしていた。


 もちろん、不測の事態にいち早く対処できる様にという側面もある。

 それが龍姫様の最側近たる蓬莱の巫女としての責務でもあるから。



「あらー、お見通しですかぁ」

 私が朗らかに笑うと、芙蓉先生彼女は目を伏せた。

「……気を悪くしたのなら、謝る」

「いえいえ、お見逸れ致しましたわ。流石は


 カマをかけるつもりだったけど、彼女は特に反応を見せなかった。

「……龍姫虎子から聞いたか」

「ええ。500年前はついぞお姿をお見せになりませんでしたものね。お目にかかれて光栄です」

「……そうか。蓬莱の巫女は記憶を継承すると……」

「はい。ですが、その記憶も曖昧な点が多くて。そこで須弥山様に個人的にお聞きしたいことがいくつかあるのですが、少々お時間よろしいですか?」

「……」


 彼女は答えなかったが、拒否の色は無い。

(虎子は『須弥山様の返答は空気で察せ』なんて言っていたけど、こういう事か……)

 理由は分からないけど、彼女は言動に『制限』がある。それが能動的になのか、受動的になのかは……虎子は明言を避けたけど、ほぼ間違いなく後者だろう。


「……もちろん後程で結構です。クリスマス会が終わり次第、少年部の錬成道場まで来ていただけますか? 恐らく23時30分頃になるかとは思いますが」

「……」

「……須弥山様?」

「……蓬莱の巫女よ。此処では『芙蓉 峰』と呼んで欲しい」


 『峰』さんはそう言うと立ち上がり、振り返らずにその場を去った。

 当然、私はそれをと受け取った。

「では、私のことも『常世』と、名前でお呼び下さい」

「……」


彼女は何も答えなかったが、私はそれもと受け取ったのだった。


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