第202話 【呂綺魔琴の場合】

 ボクの名前は呂綺魔琴。


 今日は武人会のクリパにお呼ばれしてサイコーに楽しんでんだけど、いきなり何かが落っこちてきた様な大きな音がしたから何事ナニゴトって見てみたら、なんか姉さんが知らない女の人の前でうずくまってる。


「なになに? なんかあった? ねぇ魔琴、何かあったの?」

「あ、澄。……いや、全然わかんないんだけど、姉さんがあの人の前でさぁ……」

 澄がやって来たから、取りあえずあの人のことを聞いてみた。

「あのさ、あの白い髪の女の人、だれ?」

「ん、魔琴は会ったことが無かったっけ? あの人はお医者さんよ。『芙蓉 峰』ちゃんっていうんだよ」

「ふぅん、綺麗な人だね。で、姉さんはなにしてんだろ。さっきからずっとあのまんまなのよ」

「コンタクトレンズでも落としたとか?」

「ないない。姉さん裸眼で望遠鏡並みだよ? 飲み過ぎて気持ち悪くなったとかかな……」

「そっちの方が無くない?」


 ボクは取りあえず姉さんのそばまで近づいてみた。

 すると『芙蓉さん』がゆっくり顔をあげて、ボクを見たんだ。

(うわ、めちゃめちゃ美人だあ!)

 白い髪に白い肌。無表情とはまた違う、なんとも言えない儚げな雰囲気……不死美さんみたいなゴージャスな美人とは正反対の美人さんだね!


「ええと……こんにちは芙蓉さん、ボクは呂綺……」

 と、そこまで言いかけたときに姉さんが『がばっ!』と立ち上がってボクの頭を押さえつけるようにして言ったんだ。

「おいコラ魔琴、が高ェよこのお馬鹿!」

 って、いきなりひざまずかされちゃった。


「うわ、なになに姉さん、やめてよ〜!」

「うるせぇお前さんは黙ってそうしてろ!……へへへすいやせんねェ須弥山様、コイツぁ呂綺ンとこの娘でしてね、つい最近16年前に生まれたばっかのひよっ子でしてね、まだ躾もままならなくて……須弥山にお目にかかるのも始めてなもので、どうかご無礼ご勘弁願いやす。へへへ」


 うわ、姉さんが媚びへつらってる。

 両手をおにぎり握るみたいににぎにぎして、ヘコヘコして、こんな姉さん初めてみた。

 クソダサい。


「ちょっと姉さん、なにヘコヘコしてんのさ。みんな見てるよ? カッコ悪いしやめなよ。姉さんらしくないし、そもそも芙蓉さんってそんなに偉いお医者さんなの?」

 ボクがイラつくと、姉さんは真っ青になってボクの口元を押さえ付けたんだ。

「むぐぅっ!? なひすんにょ??」

「ちょ、ちょっとお待ちくだせぇ須弥山様、今のはナシで……おいコラ魔琴! なんてこと言いやがんだ! 須弥山様は神様だぞ! カミサマ!!」

「は? 須弥山様? 芙蓉さんなんじゃないの? その人」

「あァ? 『芙蓉さん』? 何言ってんだお前さんはよォ」

「え、何? 怒ってんの? なんで? ボクなんか悪いことした?」

「……須弥山様の御前でよォ、粗相ぶっこきまくってンぜェ……」


 姉さんがおでこをぶつけてめっちゃガンつけてくるからボクも負けてらんないし。

 周りのみんなもざわざわし始めたけどもうそんなの関係ないよね。


 ボクも姉さんも昔のヤンキーマンガみたいにナンヤオルァドコチューヤコルァってにらみ合ってると、芙蓉さんがあわあわしながら割って入ってきてひと言。

「……や、やめなさい」


 すると直前まで大炎上してた気持ちがふっと落ち着いて、ボクと姉さんは目が覚めたみたいにハッとしたんだ。

『あれ、何してたんだろ』って感じで。


 そして芙蓉さんが集まってきた人達に、

「なんでもない。問題は解決した……」

 って言った途端、まさに言葉の通りに何事もなかった様にみんな元の場所に戻ってパーティーを楽しみだしたんだ。


「な、何コレ……? なんで? どうなってんの?」

 ボクの「なんで?」は「なんで宝才の感じがするの?」の、なんで。

 芙蓉さんからは間違いなく宝才の気配がしたんだよ。


「……羅市。それに魔琴。私はもう神でもなんでもない、お前たちと同じひとりのマヤ。だからかしずく事はない。いち同胞として接してほしい」

 そして芙蓉さんがボクと姉さんの前に立ってこう、スッと手をかざすと、全部『分かった』んだ。

 頭の中に情報が入ってくるような、元々知ってたようなこの不思議な感覚。

 そして、マヤだから分かるこの感じ。

 これは間違いなく『宝才』だ。


「……そっかぁ。だからは仁恵之里に来たんだね」

 ボクは須弥山さまがマヤの神様的な存在で、しばらく姿を隠してたけど人間との和平と共存の実現のために何百年かぶりに仁恵之里に現れたことを理解したんだ。

 なんで姿を隠してたのかは分からなかったけど、まぁそんな事は別にいいよね。きっとプライベートな理由だよ。


 (願いを叶える宝才かぁ……いつかパパから聞いたことがあったっけ)

 まさに神様みたいな力を持つマヤの事を、ボクはお伽噺の様に聞いたことがあったのを思い出したよ。


 ふと姉さんの方を見ると、姉さんは黙ってた。考え込むような、推理するようなその感じ。多分、須弥山さまが仁恵之里に現れた理由を掘り下げて考えてたんだと思う。

 たまに姉さんはこんな顔をするんだ。そういう時は大体、難しい事を考えてる。


 それで5秒くらいして、ふっと顔を上げて言った。

「……わかりやした。そういう事であればこの有栖羅市。粉骨砕身、誠心誠意、貴方様の為に力を尽くしやす!!」

 で、また跪いちゃった。

「……そういうのはもういいから」

 須弥山さまは周りの目を気にする様にして姉さんに囁くけど、姉さんは頑固だからなぁ……。

「いいや、そういう訳には参りやせん。あっしらは貴方様をお護りする義務がございやす。たとえ直々に御下命されようと、そこは譲るわけには!」


 ビシッとキメる姉さんに須弥山さまは『参ったなぁ』って感じで項垂れてる。なんかその様子が全然カミサマっぽくなくて、なんか和むわ〜。


「姉さん、マジでそーゆーのもうよくない? 須弥山さまもいいって言ってんだし、同じ目線でいいじゃん。ねぇ須弥山さま」

「……魔琴の言う通り。だからお願いだ、羅市。こんなことを宝才で強制したくない」

 須弥山さまがそう言うと、姉さんはちょっとだけ『腑に落ちねぇ』的な顔をしたものの、「そこまで仰るなら」って言って、立ちあがった。

「分かりやした。しかし、流石にいきなり同じ目線ってのは無理ですぜ。例えば……喧嘩の強さじゃ知らねぇヤツはいなかった地元の先輩パイセン的な感じで接します。それはお許しくだせぇ」

「……分かった。それでいい」

「お気遣い、痛み入りやす」


 すると姉さんはニカッと笑って須弥山さまのグラスに自分のグラスをカチンと合わせて声を上げたんだ。

「よし! そうと決まれば酒だ酒だ! 魔琴、とりあえず何でもいいから酒持ってきてくれ!」

「オッケー! じゃんじゃん持ってくるね!」


 気になることはたくさんあるけど、ま、楽しければそれでいいかぁ。


 でも、1つだけどうしても気になることが……。

(なんで不死美さんと別行動なのかな……)


 まぁ、今度あらためて聞いてみようっと。

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