第196話 運命の観測者

「願いを叶える宝才?」


 虎子がオウム返しの様に言うと、峰は頷いた。

「では、蓬莱達が帰っていったのも、お前がからだと?」

「そう」

「……つまり、お前の存在を皆に刷り込んだのは蓮角の宝才ではなく、その『宝望』という願いを叶える宝才の力だと?」

「そう」


峰は顔を上げ、虎子を見つめた。

「正確には『運命』を操る宝才。遍く総ては何者かが見ているからこそ存在する。運命もまた然り。私はその運命が望みの形になるように願い、見る。ただそれだけ……」

「ただそれだけって……そんなの無敵じゃないか」

「それは違う」


 峰は小さく首を振り、目を瞑った。

「今の私に出来ることは限られている。私にはもう、かつてのような力は無い」

 それは明らかな諦念だった。

 だが、諦めきれないという気持ちもその口端に滲ませている。

「……だけど、それでも、私は私に出来ることをしたい……」


 虎子の記憶に『願いを叶える宝才』というものはない。しかし、眼の前に居るマヤが起こした奇跡は現実だ。


「……自分に出来ることを、か……」

 虎子は肩の力を抜き、軽口の様に言う。

「私とてかつては武神と呼ばれてブイブイ言わせた過去があるが、今や週末限定でしかまともに活動できないポンコツさ。お前のそれとは違うが、私も過去のような力はない。それでも、だからこそ仁恵之里や、若者達の為にやれることをやりたいと思っている。それはお前と同じだ。そうだよな?」


 虎子の力強い笑みを、峰はじっと見つめていた。

「私は昔の事をあまり覚えていないんだ。記憶がところどころ歯抜けになっているような感じでな。かつてはそれに拘っていたころもあったが、近頃はそれも段々と和らいできた。それは私自身の過去より、リューやアキ達の未来に目を向けるべきだと考えるようになったからだ」


 虎子は立ち上がり、腰を手を当ててをした。

おまえが今、このタイミングで現れたのは和平のためだと言ったよな? であれば、これは僥倖だ。私にとっては非常に力強い。特に、平山と別行動というのがイイなぁ」


 ちらりと峰を見やる虎子。

 峰は何も言わず手元に視線を落としていた。


「……お前たちにはお前たちの事情があるんだろう。私はそれに突っ込むような野暮をするつもりは無いよ。ただ、目的は同じだ。その為に必要であれば、私はお前にしよう」

 そして虎子はを持ってその言葉を発した。


「……お前はに現れたんじゃないのか?」


 峰は答えなかった。

 妙な質問だったからかもしれない。

 峰の掴みどころのない性格ゆえの沈黙だったのかもしれない。

 だが、虎子はその沈黙にを感じていた。

(やはり……いや、のかもな)

 それはそのまま、自分がいました『妙な問いかけ』が狙い通りの的に当たったという確信にも繋がっていた。


 俯いたままの峰。だからその表情は窺えない。

 だが、虎子はそれでも構わなかった。

「遅くまで付き合わせて悪かったな峰。私はもう寝るよ」

 そして立ち去ろうとしたその時。

 峰はスッと立ち上がり、僅かに頭を下げた。


 それは単なるではないだろう。

 そこに秘められた感情は複雑だろうが、虎子は一々詮索することはなかった。

 恐らく、峰はを汲んでくれている。

 虎子はそう信じたからだ。


「……お休み、峰」

 そう言い残し、虎子は去る。


 彼女が振り返ることは無かったが、その時にはもう、ロビーには誰もいなかった。

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