第193.5話 やだ、跡になっちゃう……
常世は予想外かつ予想以上の結果に満足するも、腑に落ちない点が多すぎてそれが不満だった。
(こういうのは嫌ね。シンプルなのが一番だわ)
ここは武人会本部。医務室前の廊下。
時刻は午前零時を少し回っている。
アキは救護所から本部の医務室へと移され、今は極度の疲労から深い眠りについていた。
円は有馬家で休んでいるとの事なので、彼は処置が必要ない程度の軽症だということだ。
(アキくんにも大した怪我は無かった。でも、あんなに深く眠っている。消耗が雲泥の差ね……)
常世の見立てでは、彼らの体力的な差はやや円が優勢といった程度でほとんど同等だ。
戦闘による消耗も同程度。或いは、最後の爆発を引き起こした円の方が消耗は激しそうなモノなのだが、彼は存外体力に余裕があった。
であれば、やはりあの『雷火の銃』が相当な消耗を強いたのだろうか。
そもそも、アレは一体何なのか。
「……面倒ね。色々と」
常世は深いため息をつき、窓から暗い外を見た。
ちらつき始めた雪を目で追う。
その途中、窓ガラスに映った刃鬼の姿に気が付いた。
「常世さん」
刃鬼に呼ばれ、振り向く常世。
彼の手には一冊のバインダーが握られていた。
「あとは我々に任せて、もうお休みになって下さい。お部屋は用意してありますので」
刃鬼の気遣いに頭を下げる常世。
「ありがとうございます。ですが、私は大丈夫です。ところで会長、そのバインダーは?」
「アキくんの
「……拝見しても?」
「むしろ、常世さんのご意見を伺いたくて」
「私の?」
意外な申し出に常世は一瞬嫌な予感がしたが、
「……失礼します」
刃鬼からカルテを受け取り、バインダーを開いた。
そしてすぐに言葉を詰まらせた。
「こ……これは!?」
アキの診察結果は軽〜中程度の打撲、擦過傷がほとんどで、骨折、欠損等の重症は見受けられなかった。
常世が息を詰まらせたのは『備考』と脚注が付けられた項目だった。
「……『上半身を中心に何かが激しく吸い付いた様な跡と、歯型が多数』……って、どういう事です?」
常世がごくりと息を呑むと、刃鬼は神妙な面持ちで続けた。
「私は芙蓉先生の診察に立ち会ったんですが……その、なんと言うか……」
言葉を選んでいる事は、刃鬼の表情から見て取れた。
「……『跡』というのは小さな『痣』のようなもので、歯型というのが……その、人間の子供の歯型としか思えない形状で……つまり、その様な『何か』が彼に吸い付いたり、噛み付いたり……というか、甘噛みしたりと……」
「……」
「戦闘中にそんな傷跡が出来るような状況は無かった筈です。であれば、これは元々からあったという可能性が……」
「会長」
常世は右手でそれ以上の言葉を止める様な仕草を刃鬼に向けた。
「……私は『アキくんに大きな怪我は無かった』と言う報告は伺いました。それ以外は何も聞いていません」
刃鬼は何も言わず、常世をじっと見つめていた。それは彼女の真意を窺い、汲み取るための時間だった。
「……芙蓉先生からはこのカルテの全権を託されています。如何なさいますか?」
「破棄で」
「承知しました」
刃鬼はそれ以上何も言わず、ただひと言「お休みなさい」と言い残して去って行った。
常世はそれを見送り、何事も無かったかのように窓の外の雪を眺めた。
雪は先程よりも勢いを増していた。
この分では、朝にはかなり積もることだろう。
「……面倒ね」
雪かきが。
そう呟き、常世は本当に何事もなかったかのように雪を見詰めていた。
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