第191話 全てはキミのシナリオ通りに

 円の放った最後の攻撃は広範囲を吹き飛ばす様な強力なものだった。


 と、結論づけられた謎の


 しかし、巌はその結論が少々腑に落ちかなった。

(蘭家武符術にはあんな技は無いはず……円のオリジナルかねぇぇ?)


 何にせよ、状況は不明点が多い。

 そもそもアキと円の安否すら分からない。

 早々に捜索隊を出すべきとの意見も出始めていた。


 一旦帰投したレレも不安を隠せないでいた。

「不死美様、私が空から探してきましょうか?」

 しかし、不死美は小さく首を横に振った。

「いえ、大丈夫ですよレレ。おふたりとも、もうすぐ無事にお戻りになります。ここで待ちましょう」

「……了解しました」


 先程からまるでこの先の展開がわかっているかの様な不死美の物言い。

 流石のレレも訝しむが、やはりそれは従者として間違った行為だと、従順な彼女はそれ以上何も言わずに不死美の指示に従うのだった。



 そして山の奥。

 では満身創痍の円がよろよろと立ち上がり、彼の側でうつ伏せに倒れたアキを見下ろしていた。

(死んじゃいないみたいだな……)


 顔を上げ、辺りを見回す円。

 かなりの範囲が爆風で吹っ飛んだ様だが、これを自分でやったという自覚は薄かった。


 無意識で繰り出した技だったのか。

 それとも識の暴走の類か?

 いずれにしても、最後に立っているのは自分だ。それは事実なのだ。

(良くわかんねーけど、僕が勝ったのか……)


 倒れたアキをつま先で小突いてみると、微かに呻く程度の反応はある。しかし、とても戦闘を続行できるような状態ではないのは明らかだ。

「勝った……!」

 改めて、確認する様に呟いた円。

 しかし、途端に言葉が詰まった。

「……っ!?」

 まるで真剣の切っ先を突き付けられた様な緊張に、精神が張り詰めたのだ。


「……キミじゃない」

 突如、声がした。

 低く、渋い、大人の男の声だった。


「キミはこの舞台に相応しくないんだよ。蘭円くん」

 じゃり、と雪が吹き飛んで露わになった土を踏むのは革靴の音。

 そして微かに薫る煙草の煙。

 その甘さを孕んだ煙の香りに、円の背筋が凍りついた。


の意向でね。残念ながらキミはここで降板だ。には、それに相応しい役者しか登場出来ないんだよ」

 どこか可笑しそうに言うその男。

 この荒れ果てた場所にはとても似つかわしくない上等なスーツを身に纏うその男の名を、円は知っていた。

「う……裏留山!?」


 円は震えた。

 恐怖に震えた。

 疑問に震えた。

 絶望に震えた。


 彼が知るマヤは平山不死美、ただひとり。

 それだけでも異質な気配の存在だが、目の前の男は更に異質だ。そして強大だ。

 資料で知る何倍も、何十倍も、何百倍もの脅威を禁じ得ないその気配に円は硬直していた。


「な、なんだよ……なにが相応しくないだって……?」

 しかし円も蘭家武符術の伝承者としての誇りがある。尊厳プライドがある。

 それが精一杯の虚勢だと自分でわかっていても、このまま引き下がるという選択肢はなかった。

「ほう? 見掛けとは裏腹だね。なかなか気骨があるようだ」

 留山は感心するように微笑むが、決定事項は覆らない。

「その生意気さは少々惜しいが、やはりキミには降りて貰うよ」


 ゆっくりと円に近付く留山。

 円は身構えるが、留山の歩みは何も変わらない。

から『キミは殺さないでやってほしい』との慈悲深いリクエストがあってね。私としてはどちらでも良いのだが、は出来るだけ叶えてあげたい主義なんだ」

 そして留山は何の躊躇もなく円の制空権へと侵入した。


「ッ!?」

 円は無意識に武符術を発動させていた。

 それは防衛本能……いや、生存本能が故だった。

 円が放った一枚の武符は飛び出してすぐに一本の鋭く太い針の様に尖り、猛スピードで留山の喉元を突き破る……はずだった。


「嗚呼、実に残念だ」

 留山が嘆く。

 そして、武符の針が忽然と消えた。


「なっ!? 僕の武符が……!?」

 円の武符は留山に届く前に塵と化し、瞬く間にその姿をこの世から消した。

 彼の技は留山には文字通り、届きもしなかったのだ。

「キミの様な身の程知らずの愚か者を縊り殺すのは最高の娯楽なのだがね」

 留山は円の攻撃を全く意に介さず、むしろその蛮勇に好感すら抱いていた。

「……これでにしよう。円くん」


 留山は為す術もなく呆然と立ち尽くす円の眼前まで悠々と進み、彼の顔に右手を向けるとその掌を軽く握り……指を鳴らした。


 パチィッッッ!!


「……」

 その音を聞いてしまった途端、円の瞳は焦点を曖昧にして、強張った全身から力が抜けた。

 そして緩く開かれた口から涎が一筋の糸を垂らし、彼はまるで抜け殻のようになってしまった。


を使うのは久し振りだな……」

 円の間抜けた顔を嘲笑う様に留山は破顔し、いつの間にか彼の両隣に現れていたマリー姉妹は必死に笑いをこらえていた。


「ぷぷぷ……っ」

「くくく……っ」

 両手を口に当て、顔を真赤にしてぷるぷると震える姉妹……しかし、その我慢もすぐに崩壊した。


「「きゃはははっ!」」


 破裂するような姉妹の嬌笑に、留山も思わずつられて笑う。

「こらこら、そんなに笑っては可哀想ではないか……くくくっ!」

「御館様だって笑ってるじゃないですかぁ〜!」

「きゃはははっ! この顔……ウケるぅぅぅ〜!!」


 それでも円はその情けない顔を晒したまま阿呆の様に背中を丸めて立ち尽くしている。それが余計に哀れを誘った。

「ははは……キミは最後の最後まで最高の道化だったよ、蘭円くん」


 留山は煙草に火を点け、それを深く吸い込むと円の顔に目掛けて紫煙を無遠慮に吹き掛けた。


 当然、円に反応は無い。

 吹き掛けられた紫煙を含んだ円のマッシュヘアから微かに揺らめく煙を見たマリー姉妹は、留山の邪魔をしまいと必死で笑いを堪えていた。


「……所詮、キミも不死美の『駒』なんだよ……」

 留山は満足そうに笑むと、円に背を向けた。

「それではマリオン、ルイ。後始末を頼むよ」

「「はい! お任せ下さい御館様!」」


 ふたり揃っての元気な返答に振り返り、微笑みで応える留山。そして再び背を向けたと思いきや……。

「そうだ。念の為言っておくが、くれぐれも『喰わない様に』ね」

 留山は円に視線を投げてそう言った。

「大丈夫ですよ御館様ぁ。こんな不味そうな人間、食べませんよぉ」

 ルイがそう言って笑った。

「食べるなら、みたいな人がいいなぁ〜」

 甘えた口調で言い、足元のアキをちらりと見やるマリオン。

 その言動に、留山はぴくりと反応した。

「アキくんは私の獲物だよ。横取りしたら……分かっているね? マリオン」

「きゃ~! こわ〜い!!」

 ふざける様にして身を抱くマリオンに微笑み、留山は闇を呼んで去っていった。




 留山が去って急に静かになった夜の闇に、ルイのため息が重く響く。

「……マリオン、冗談でも言っていい事と悪い事があるって」

「きゃはは……ゴメン」

 引き攣る姉妹の笑顔は苦笑いというより諦念のそれに近かった。

「でも、国友さんも可哀想よね。自分は何もしてないのに、で御館様に殺されちゃうんだから」

 マリオンがアキを憐れむ。

「しかも自分は全く気付いてないんだもん。カウントダウンはもう始まってるってのに……ホント、哀れ」

 ルイもそれには同感だった。

「ねー。よりにもよって、あの裏留山に……」

「雑魚に喰われた方がまだマシよねぇ」

「ねぇ〜」


 そして姉妹はアキと円を軽々と担ぎ、留山の言い付けを実行すべく爆心地をあとにしたのだった。






「……ねぇルイ。ちょっとだけ、味見ぐらいならいいよね?」

 アキを担いだマリオンが、彼の身体を嗅いで小声で言う。

 ルイはもう一度ため息をついた。

「やめときなよマリオン。バレるって」

「ちょっとだけだよ。ちょっと舐めるくらい大丈夫だって。それにこのイイ匂い……ヤバくない?」

「……まぁ、国友さんってイイ匂いするよね」

「でしょでしょ? ルイも一緒に味見しようよ?」

「……」

「……ね?」

「……まぁ、うん」



 ややあって、暗闇に水っぽい音が響いた。

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