第190話 男の戰い

 国友秋VS蘭円の決闘は遂に最終段階へと突入した。


 午後4時を回り急速に闇を広げる師走の山はその真っ黒な威容を見る度に大きくしているようだった。


 神社の境内では照明を用意して夜に備えるが、それでも山の夜の闇は濃い。

「アキくんも円くんも夜になった程度で遭難するほどヤワじゃないと思うけど……」

 常世は険しい瞳で山を見詰める。

「レレの生中継ももう限界か……」

 虎子がスクリーンを見て呟く。

 スクリーンの映像はレレの見たままを投影しているので、もう暗くて殆ど見えていないような状態だった。


「……不死美様、如何致しましょう?」

 自身もそろそろ潮時と感じていたレレが不死美にそうお伺いを立てると、不死美はレレにだけ聞こえるように呟いた。

「もうすぐ全てが決します。ですのでもう少しお願いします」

「……分かりました」

 引き上げの命令が下るかと思っていただけに、不死美の言葉はレレにとって意外なものだった。

(もうすぐ終わるだなんて……不死美様は何を根拠に?)

 しかし、そんな邪推は主人に対する背信にあたるだろうとレレはかぶりを振り、主人の命令を全うすべくスクリーンの映像の輝度を上げるために瞳孔を極力開いた。



 地上では円がアキを追う最中さなか、1つの決定的な事実に思い至っていた。

(もしかして、国友の野郎……)


 この勝負、ここまで円が狙撃されたのは2度。

 1度目は境内。2度目は山中で罠にかかった時。

 1度目の狙撃は威嚇と挑発の意味合いが強かったと円は推理し、それは当たっていた。

(自分が有利な山へ僕を誘い込むため、わざと外して足元を狙った……)


 では2度目はどうなのか。

 アキは動きを封じる罠を仕掛け、それは成功した。

 待ち伏せし、最適の射撃が出来るお膳立ても完了していた。

 では、何故外した?


 外す理由は無いだろう。

 そのメリットも無い。

 だったら理由は1つしか無い。

国友あいつは、のか……?」


 ――!!


 円の感覚がピンと弾かれるように反応し、顔を上げた。

 しかし、目の前には誰もいない。

 いたのは背後だった。

「……国友」


 アキは円の背後、およそ10メートルの位置で銃を構え、円の背中に完璧に照準を合わせていた。


 アキが円の背後を取ったのだ!!


 辛うじてその様子が分かる程度の映像だったが、その事実をスクリーンで確認した虎子は「良し!」と声を上げ拳を握り、常世は安堵のため息を漏らした。

「……勝負有りね」


 澄は立ち上がり、リューを見た。

 リューもアキの勝利を確信し、涙目の澄に優しく微笑みかけていた。


 アキの銃口は円を確実に捉えている。

 この距離では流石の円も回避はもちろん、逆転など不可能だろう。

「……両手を上げて後ろに組んで跪け、円」


 アキの勧告に円は反応せず、そのまま動かなかった。

 観念したのか、あまりの屈辱に放心しているのか……いずれにしても、圧倒的な戦闘能力の差があるにも関わらず背後を取られた時点で円の敗北と言っても過言ではないだろう。


「……撃てよ、国友」

 円は吐き捨てた。

「……」

 しかし、アキは撃たない。


「早く撃てよ。僕は避けないぞ」

「……」

 しかし、やはりアキは撃たない。

「撃ってみろよ国友……当てられるもんならなぁ!」

 そして円は振り返り、アキに不敵な笑みを投げた。


 その人を小馬鹿にするような笑顔を見て、アキは気が付いた。

 のだ。


「国友……お前、まともに当てられねぇんだろ?」

 ニヤリと口角を釣り上げる円。

「わざと外したのは最初の3発……あとは、狙ったのに外した。それとも、最初から狙ってたのかな?」

「……くそっ!!」

 アキは奥歯をぎりりと鳴らすと同時に引き金を引いた。


 ダンッ!

 ダンッッ!!

 ダンッッッ!!!


 この近距離で容赦のない3連射!

 しかしその3発の魔弾は全てが明後日の方向へと飛んで行き、円はかすり傷1つ負うことは無かった。

「……やっぱりなぁ。その『銃』が何なのかよく分かんねーけど、要するにお前には過ぎた力だったって事なんだよ、国友」


 円に全てを見透かされたアキは舌打ちすらしたものの、冷静さを失ってはいなかった。

 そしてもしもの時の最終プラン……『プランX』に移行する!

「……結局、最後の最後はかよ!!」

 アキは雷火の銃を放り投げ、それが闇に溶ける前に駆け出していた。

 もちろん、円に向かってだ。

「うおおおッッッ!!」

 そして全力のナックルアローを円にお見舞いしたのだ!


 まさかの肉弾戦!?

 スクリーンを見守るその場の全員が息を呑む。


 バキッ!!


 常世に鍛えられたアキの拳は想像以上に強力で、円は期せずしてその拳をまともに喰ってしまった。


 ずざざっ!!


 豪快に殴り飛ばされた格好の円に、観衆は意外などよめきを上げた。

 だが、円とて武人会の正武人に最も近いと呼ばれる男、この程度は屁でもない。  

「面白ぇ……」

 むっくりと立ち上がって赤いものが混ざった唾を吐くと、円はその視線を凶暴なものに変えて唸った。

「……いいぜ。やってやらあああ!!」


 そして始まった予想外の殴り合い!!

 男の意地と意地がぶつかり合う魂の激突にギャラリーは湧いた。


「おおお! いいぞアキ! やったれぇ!!」

 虎子が歓声を上げる。

「ああ! ガードを下げないの!! この愚図野郎!」

 常世がヒートアップする。


 これまでの遠距離戦が嘘のようなベタ足インファイトだ。そしてこういう戦いの方が武人達には好みのようで、彼らは大いに盛り上がった。

 レレの生中継は音声は拾えていなかったものの、彼らの死闘を確かに伝えきっていた。


「あ、アキぃ……」

 今にも泣き出しそうな澄。とても見ていられないと顔を伏せる澄の肩に、リューの手がそっと添えられた。

「澄。最後まで見届けましょう」

 リューは真摯な眼差しでアキの戦いを見詰めていた。

「で、でも、アキが、あたしのせいで……」

「アキくんは最後の最後までやり遂げる覚悟で戦っています。であれば、私達も……」


 かつて魔琴と死闘を繰り広げ、その先に手を伸ばしたリュー。彼女はその時の覚悟と同じ激情をアキに感じていたのだ。

「……うん、そうだね。分かった……!」

 だから澄も顔を上げ、涙を拭ってアキの戦いから目を逸らすまいと声を張った。

「アキぃぃ! 頑張れぇぇ!!」


 円はアキが予想よりも遥かに強い事に驚愕し、同時に感心もしていた。

(あのクソザコがたった2週間で!!)

 だが、だからといって負けるわけにはいかない。手加減なんてあり得ない!

「国友ォォ!!」

 円の放ったストレートがアキを容赦なくぶっ飛ばす。

「……僕は知ってんだぞ! お前が澄と付き合ってない事ぐらいなぁ!!」

 そして追撃の蹴りがアキ更に痛めつける!!

「僕はなぁ! 本気なんだ! 本気で澄が好きなんだ! なのに、邪魔してんじゃ……ぐぅっ!」

 そこでアキの反撃の拳が円の脇腹を穿った!

「俺は邪魔なんてしてねー! それに澄は別にお前の事が嫌いってわけじゃねーよ!!」

「ならなんでだよ! なんで澄は僕の気持ちを聞いてすらくれないんだ!?」


 彼らは殴り合いながら会話をしていた。

 まるで申し合わせたかのように一発ずつ殴り、言葉を発する。

 どちらが先に力尽きるのかを確かめるように、彼らは魂をぶつけ合っていたのだ。


「澄はお前の気持ちを知ってるよ! ちゃんと聞いてる!」

「嘘だ! 澄はいつも逃げて、僕を見てくれない! なんでだ!? 僕じゃダメなのか!!」

「そうじゃない! 澄には……澄には、もっと相応しい人がいるんだよ!!」

「……畜生ォォォ!」


 実は、円は気づいていた。

 澄の瞳が熱を帯びるひとりの男の事を。

 彼はそれを認めたくなかった。


 その男には、きっと自分では敵わない。

 その自覚があったからだ。


「くっそおおおお!!」

 円は吠えた。

 それを合図にするように、不死美が誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。

「……そろそろ幕引きですわね」

 そして彼女は手元で人差し指をすっと上から下へ……まるで何かのスイッチを切るような仕草をした。


 その直後、円の両手から武符がサラサラと流れ出始めた。

 突然、唐突にだった。

「な!? なんだ!?」

 狼狽える円。自分の意志とは関係なく湧き出る武符に寒気すら覚えた。

「なんだよこれ!? おい、とまれ! 止まれぇぇ!!」

「ま、円……!?」

 その異様な光景にアキが後ずさったその時。


 カッ!!


 突如、閃く様に輝いた無数の武符が一斉に爆砕!

 その爆風で流石のレレも吹き飛ばされてしまった。

「きゃあっ!?」


 その様子は神社からも良く見えた。

 かなりの奥地だが、その距離でも光の勢いは強く、爆風も同じく強かった。

「うわっ?!」

 虎子でも思わず身構える突風は一瞬で神社を駆け抜け、砂塵とともに去っていった。



 その突風でテントや机が倒れたりしたが、大した被害ではない。それよりも……。

「アキくん……!」

 リューは砂嵐を延々と映し続ける機能停止したスクリーンを見詰め、唇を噛んでいた。

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