第187話 すきすき魔女先生

 アキの『銃』を模る力は『識の力』だ。

 しかし、その力を顕現させたのは不死美の『魔法』である。


 ふたりの間に何があり、何故そうなったのか。


 それはこの決戦の直前、アキが不死美と夜の蓬莱山で出会ったあの時に遡る。


 ………

 ……

 …


 正直なところアキはその時、雷火の完成を諦めかけていた。

 しかし不死美はアキの潜在能力を引き出し、雷火を形にすることに成功した。


 だが、その為に何をどうやったのかはわからない。

 アキが覚えているのは不死美がまるでアキをからかう悪女の様に身体を密着させ、アキはそれに緊張して、そして不死美が何事かを呟いて……彼が覚えているのはそこまでだ。



 アキはその直後に気を失い、目を覚ました時は不死美の膝枕の上だった。

「お目覚めですか? 国友さん」

「……不死美さん……?」

 アキを覗き込むような格好の不死美。

 後頭部の柔らかな感触と、質の良いシーツのような黒い生地が視界に入った事で彼女に膝枕をされている事を再自覚し、アキは慌てて身体を起こした。

「す、す、すいませんっ!」

「わたくしはずっとこのままでも良いのですよ……」

 冗談っぽく微笑む不死美。彼女から離れると同時に、ふわりと花のような良い香りがした。

 そして不思議なことに不死美の周りには雪が無く、彼女も自分も服が濡れたりはしていない。足元を見ると、闇の揺らめく暖かな絨毯の様なモノが敷かれていたようだった。


「お、俺、どうしちゃったのかな? いきなり気が遠くなって……」

「それはわたくしのせいです。驚かせてしまって申し訳ありません」

 恭しく頭を垂れる不死美。アキは首を傾げた。

「え? ど、どういう意味ですか?」

「差し出がましい真似をしてしまったのかもしれませんが、あなたの識を『調律』いたしました。言うなれば、わたくしの魔法の力にてあなたに眠る『識』の潜在能力を引き出すお手伝いをさせて頂いたのです。体に何かしらの変化はありませんか?」

「変化ですか? 特には……?」


 見た目の変化は無いようだ。

 しかし、内面的には何かが違う。

 なんというか、血液がぐんぐん巡っているような、足元から力が湧いてくるような……そんな不思議な『力の奔流』のようなモノを感じるのだ。


「もし、こみ上げる熱気のようなものを感じるのであれば調律は完了です」

 不死美はおもむろに立ち上がり、背筋を伸ばした。

「識と魔法は似通っている部分も少なくありません。精神の深淵から力を引き出し、世界のことわりから力を借りるという点ではその裏表の差はあれど、ほとんど同じプロセスで超常の力を得るのです」

 そして不死美は構えた。


 やや半身になり、左手を前方に。右手は引いて顎の近くに……それはまさに小銃を構える格好だ。

 姿勢が良く、スタイルも良い彼女がそう構えるととても銃を構えているようには見えなかったが、それも僅かな間だった。


 ざわざわ……


 空気が騒ぐ様な大気の揺らぎと共に、不死美の腕の中に闇が蠢き始めた。

 闇夜の中の闇。しかし、月明かりの下のそれは異質の闇だとよく分かる。

 真っ黒な闇が集まり、気体なのか液体なのか分からない不思議な動きでそれはアクション映画で見るような狙撃銃のフォルムを象っていく。


 ぞぞぞ……。


 這い寄るような空気の流れは不死美の構える銃へと集まっているのか、アキが息苦しさを覚えたその時に『それ』は完成した。

「これは『魔砲まほう鴨狩かもがり』。闇からで、光にす、あまねく全てを焼き尽くすインドラのいかずち……」


 不死美がそう呟くその頃には、彼女は闇が蒸気の様に揺らめく真っ黒な狙撃銃を構えていたのだ


 アキは声が出なかった。

 出したくても出ない。

 圧倒的な威圧感に逃げることも出来ない。

 これが魔法……それはおよそ言葉で形容出来るモノではなかった。

 だからアキはその威容を呆然と見詰めることしか出来なかったのだ。


 不死美が銃口をやや上に向け、ほんの少し腰を落とした次の瞬間。


 ず……ッ!


 地鳴りの様な低音と共にそれは発射された。


「ゔっ!」

 アキが呻く。ビリビリと響く空気の深い振動と、それこそ銃声の様につんざく発射音と共に闇の弾丸が夜空に向けて撃ち放たれたのだ。


 闇の弾丸は夜を切り裂く様に飛翔し、瞬く間に見えなくなって最後にはキラリとお約束のような輝きを見せて消え去った。


「す、すげぇ……」

 アキの震える声が可笑しかったのか、不死美はくすくすと笑っていた。

「あの辺りの惑星に当たったようですわ。今の輝きはその爆発でしょう……ふふふ、ご覧なさい国友さん。綺麗な花火ですよ」

 宇宙の帝王の様な事を言う不死美だが、彼女が言うと冗談に聞こえない。

「……さぁ、国友さん」

 不死美が『鴨狩』を下ろすとそれは瞬時に夜の闇に溶け、姿を消した。

「次はあなたの番です」

「え? 俺?」

 不死美はこくんと頷くと、アキの背後に回った。


「ふ、不死美さん!?」

「わたくしがレクチャーして差し上げますわ……」

 背後から彼を抱きしめる様な格好を取った不死美。アキは背中全体で彼女の嘘のように柔らかくしなやかな恵体を感じた。

「ふ、ふ、ふ、ふ、し、みさん???」

「……そのように緊張なさっては、出るものも出ませんよ?」

「だ、出すって、何を??」

「欲望です」


 耳元で囁く色気しかない彼女の声に応援されているような不思議な感覚を覚えたアキ。

 極限レベルの緊張に震える彼をリードするように、不死美はその豊満な肉体をさらに寄せた。

「つまるところ、識も魔法も武力さえも、欲望がその力の根源なのです。勝利は欲望を満たします。名誉、名声、富、情欲……ありとあらゆる欲望は勝利と繋がり、絶望はその逆もまた然り。即ち、敗北です」

「敗北……」

「あなたは円さんに勝利し、澄さんを救う……それもまた欲望の1つの完成形です」


 不死美の手がアキの腕を支え、『構え』を作っていく。

「欲望に素直におなりなさい。勝つと云う事は欲望が成就した末の結果です。それを求めるのです。それが心と体に力を呼び、を叶えるのです」


 ざわざわ……


 アキの腕の中に闇が集結していく。

「ふ、不死美さん……闇が……!」

「これは闇ではありません。あなたの『識』です」

「識? これが……俺の……?」

「…………素敵ですわ……」


 うっとりとした不死美の声がアキの耳でとろける。

 その甘だるさに腰から砕けそうになる健全高校生男子・国友秋だったが、不死美がそれを許さなかった。

「さぁ、国友さん。お射撃ちになってください……」


 不死美に手を添えられているとは言え、闇は既に『ライフル』を象っていた。 

 不死美が手にしていた様な禍々しさはないが、それはまさに狙撃銃の様なフォルムの黒い『物体』であった。


「撃つ……? 本当に、撃っていいんですか……?」

「はい。射撃ってくださいまし」

「でも、俺、自信ありません……こんなの、やったことないし……」

「大丈夫です。わたくしも一緒に……だから思い切り、無遠慮に、何も考えず、ただただ射撃ってくださいまし……」

「う、撃つ……」


 呼吸を深くし、眼差しを鋭く、アキは気持ちを整え、決心した。

 そしてその強い意志を、不死美は文字通り肌で感じていた。

「そう、その調子です……」


 アキの指がゆっくりと引き金へと這う。

 不死美はその指を追う様に手を伸ばし、もう密着してしまっているふたりの距離は更に縮まる。そして指は重なり、絡み合う。


 辺りに漂う甘い芳香かおりは不死美の吐息だ。

 バニラのような甘い香りが鼻孔をくすぐり、脳はその甘美に浸り、やがてそれは本能的な何かを呼び覚ます。  


「不死美さん……俺、もう……!」

 アキの掠れる様な声に応えるように、不死美は全てを受け入れるような優しさで彼を促した。

「……いらして……国友さん」


 だからアキは撃った。

 思い切り、無遠慮に、何も考えず……。


 ドシュッッ!


 闇の弾丸は低い射撃音と衝撃波と共に勢い良く虚空へ射出され……そしてロケットのように天高く舞い上がった。



「……あれ? なんで……」

 なんでんだ?


 思いの全てが言葉に出来ないほど意外な軌道で発射されたアキの弾丸。

 不死美はそれを見て妖艶に微笑み、言った。

「はじめては誰でもこのようなものです。あとは実践あるのみ……ですわ」

 そう言って、不死美はとても満足そうに微笑んだのだった。



 そして今。

 やはりアキの弾丸は真っ直ぐ飛ばず、円の足元で爆砕していた。


 遠くで響く円の声。

 アキを罵倒する怒声が山に木霊こだまするがアキは気にせずただ、悟られないように物陰に身を隠して独りごちた。

「やっぱり当たらねぇ……もっと近付くしかねーか……?」


 極力接近戦には持ち込みたくなかったが、そうも言っていられない。早期決着へ持ち込めない以上、危険を覚悟で飛び込まなければ勝機は無い。

「しゃーねーな……『作戦プランB』でいくか……!』


 この勝負、状況は新たな局面を迎えていた!!

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