第188話 蓬莱山の鬼の弟子
アキは作戦を変更し、状況は次のフェーズへと進む。
しかし、神社で待機中の虎子達にはどこで何が起きているのか全くわからない。
先程山から銃声が響いたが変化はそれっきりで、山は再び静けさを取り戻してしまった。
「うぅ〜、落ち着かん!!」
虎子はそわそわしながら常世の背中を突っついた。
「おい蓬莱、なんとか状況を知る方法はないのか? ……そうだ、アレ使えよアレ。ドローンとか言うやつ。この前バイト先の米軍基地からガメてきたって言ってたろ?」
「ちょっと、人聞きの悪い事いわないでよ。アレは貰ったの。でも出さないわよ。壊されそうだもの」
「ええ? 貰い物なんだろ? なら壊れてもいいじゃないか。 使おうよ〜?」
「いや。絶対にイ〜ヤ! 大体あなた、操縦してみたいだけでしょ!」
仲良くじゃれ合う虎子と常世だったが、状況を知りたいのは皆の切実な気持ちでもある。
リューは山を眺めて白い吐息をふーっと吐き出した。
「こんな時、魔法でも使えたら……」
……あ。
……あ?
……あ!!
皆の視線が不死美に集中した。
「い、居るじゃん……魔法使い!」
澄が戦慄した。
「隣りにいたのに、どうして気が付かなかったのかしら……!」
常世も震えた。
「つーか
虎子は結構理不尽な事を言っているが、不死美は特に気にする様子もなくにっこり微笑んで立ち上がった。
「それでは、ここはわたくしにお任せを」
不死美は懐から魔法使いの
「レレ。少々よろしいかしら?」
すると地面に闇が渦を巻き、そこからレレの声がした。
『ふ、不死美様!? 今すぐですか!?』
「はい、急を要しますので召喚魔法を使います」
『え? え!? あの、ちょっ』
ぶわっ!
マヤが空間移動する際にそうであるように闇が踊ると、その闇からレレが姿を現した。
「ふ、ふがふが……」
だが、彼女は焦った様子で何かをもぐもぐとしていた。
「ふ、ふみましぇん……ふ、不死美様……ちょっとおやつを……」
「あら、休憩中でしたか。それはすみませんでした……ですが、事態は急を要するのです」
深刻な表情の不死美を見てレレの『不死美様のお役に立ちたい欲』が擽られる。
「緊急事態!? ど、どの様な御用でしょうか!?」
「実はかくかくしかじか……」
不死美が状況を伝えると、レレは「お任せ下さい!!」と胸を張った。
「それなら私の得意分野です!」
「まぁ、頼もしい。それでは早速……」
張り切るレレに不死美は
「『幻視・仮想現実少年』」
それは以前、羅市とオーデッドの逢瀬を覗き見した際に使った魔法だった。
「この遠隔視の魔法はレレの見たものを『スクリーン』へと投影することが出来ます」
不死美が再び杖を振ると、宙空に大きなスクリーンの様なものが現れ、不死美の言う通りレレの見たものがそのままそのスクリーンへと映し出されていた。
そして不死美の視線がレレに向けられる。
「あとは私が空から国友さん達の戦いを生中継するという手筈です!」
レレがその場でぴょんとジャンプすると、彼女の足元に突然『箒』が現れ、レレはその箒に颯爽と跨った。
「では早速行って参ります!」
「お願いしますね、レレ」
一気に高度を上げ、山へ向かうレレ。
そんな彼女に向けて手を振る虎子達だったが、レレは自分にアツい眼差しを向ける不死美しか見ていなかった。
(不死美様があんな熱視線を私に……期待されてるんだわ! 頑張らないと!!)
あっという間に山頂へと消えていったレレ。
そしてスクリーンにはレレが見たものがそのまま投影されていた。
「おお! コレコレ! 私が見たかったのはこういう感じだ!」
虎子は食い入る様にスクリーンを見詰めると、すぐに円を見つけた。
「レレ! もう少し右だ! ……そう、そこ!」
「はい! あれですね! あのきのこ頭が
見た目こそ奇妙だなと思いつつ、レレはその禍々しい殺気を放つ円にぞっとした。
(あの人、相当な使い手ね……)
レレもまだまだ見習いとはいえ、平山不死美に師事する魔法使いだ。ひと目見てその人物の力量を推し量る事ぐらいは出来る。
そんなレレの感性が円の戦闘能力の高さをそう評価したが、それはそのままアキの評価にも繋がるだろう。
(戦闘開始からもう随分経ってる様だけど……国友さんがあの人と互角に戦っているというの?)
普通に考えればあり得ない事だろう。
レレの知るアキは最下級の鬼よりもさらに下のレベル。
しかし、もし円と互角に渡り合っているというのであれば、もうそれは……。
(武人会の正武人会並みの実力!?)
そう意識した途端、レレの視線は鋭さを帯び、気持ちは嫌でも引き締まった。
地上では円が武符を展開してアキを探すが、それも難航していた。
(気配が無い……あの野郎、識の気配を消すことまでできるのか?)
山に入ったとはいえ所詮は素人。識の気配はもちろん、人間としての気配を消すことも出来ないだろうと円は
しかし、現実はどうだ。円の識で強化された五感をもってしてもアキの生体反応すら感じ取れず、展開した索敵用の武符も反応無し……。
自分が思うより、アキの実力は高い。
円はついにそう認めざるを得ない状況に追い込まれていた。
つい半月前までゴミクズレベルのザコだと捨て置いた男が、今は自分と対等に戦っている事に焦りと屈辱を感じずにはいられない円。
(クソが! 一体全体、何があいつをここまで……)
そしてハッとした。
(この俺が、あんなザコに脅威を……!?)
彼がそれを自覚し、背筋に冷たいものを感じたその瞬間!
ざざっ!!
円の足元の雪が盛り上がり、まるで間欠泉の様に勢い良く吹き上がった!
「うわっ!?」
吹き上がったのは雪だけではなかった。
円自身も足を取られ、掬い上げられるように激しく転倒してしまったのだ。
(わ、罠か!?)
円の右足には先が輪状になったロープがしっかりと足関節に締まり込み、そのロープは近くで
円は原始的な跳ね上げ式のくくり罠に掛かっていたのだ。
「ク……クッソ!!」
こんな簡単な罠に足を取られて無様に転倒するなんて。
罠を仕掛けたのは言うまでもなくアキに違いない。
「クソ! クソクソクソ……!」
プライドを傷付けられ、苛立つ気持ちを整えられないまま身体を起こそうとするが、罠に足を取られて思うように身動きが出来ない。
「ち、畜生……!!」
その時、屈辱の重ねがけに震える円の鋭敏な感覚が本能的に震えた。
――っ!?
それは危険を報せる本能的な
その悪寒が円に何かを警戒させるが、辺りに警戒を必要とするものは何も無い。
索敵に反応はない。
円の感覚にも何もない。
もしあるとすれば、その対象は『国友秋』。
しかし、彼の気配は無い。
生体反応もない。
あれば気が付かないはずがない。
何故なら、人間であればどうやっても『体温』は消せないからだ。
例え熱伝導の無い防寒具や、辺りの雪を被るなどして体温を感知できなくしようとも、『呼気』からはどうしたって体温が漏れる。
円はむしろそれを期待して、温度で獲物を感知する蛇のようにアキを探していたのだが……。
突如、円の動きがぴたりと止まった。
前方約100メートル、真正面にアキがいたのだ。
「く、国友……!?」
アキは背後の雪景色に溶け込むような白い防寒具を身に纏い、片足を立てたあぐらの様な格好で雷火の銃を抱え込む様にして構えていた。
起こした片足の上に左腕を乗せて銃身を固定し、引いた右腕はグリップをしかと握り、その眼はスコープを覗いている。
そしてなにより指先は引き金を引くタイミングを今か今かと待ち構えている。
奇妙な構えだったが、円は確実に狙われているという確かな『恐怖』を感じた。
(国友だと!? 索敵出来ない距離じゃない!……なんでだ!?)
どうして気が付かなかった!?
どうして体温を感知できなかった!?
円のそんな疑問に答えるように、アキは口から何かをぺっと吐き出した。
雪だった。
(あいつ……雪を食って呼気の温度を下げて……!?)
身動もろくに取れず、そして驚愕が貼り付いた円は今やただの『的』でしか無い。
そう言いたげに、アキは引き金を引いた。
ズタァァァ……ン!!
凍てつく空気を切り裂く様な銃声が蓬莱山に響いた。
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