第186話 運命の山、願いの戦い

 アキは円が放った無差別爆撃を岩陰でやり過ごしていた。

(……やば……)


 爆撃が止み、岩陰から辺りを伺うとそこはまさに焼け野原。

 その惨状に思わず息を呑むアキ。

「円のやつ、後で師匠にぶっ飛ばされんぞ……」

 なんて円の心配をしつつ、自分の置かれた状況の方が余程心配だと思わず身震いした。


 咄嗟に身を隠すことができたから良かったものの、あと一瞬逃げるのが遅かったらと思うと背筋が凍る。


 これは艦砲射撃さながらの破壊力。やはり円は一筋縄ではいかない相手だ。


 だからこそ山へ誘い込んだのだ。

 勝機はこの蓬莱山にある。


 アキはもう円を怖れてはいなかった。

 かと言って侮ってもいない。

 彼は円を『敵』として構えることができる程度には成長していたのだ。


 ……とは言え、勝敗とそれとは無関係。

 ということも、アキは分かっていた。


「さぁ円。ふたりっきりで存分にやり合おうぜ……!」

 すっかり蓬莱流に染まったアキ。

 不敵な笑みを浮かべ、彼は雪山の中へと消えていったのだった。



 一方、神社の境内ではしばらく進捗はなさそうという常世の判断で『お茶の時間』となっていた。

「アキくんには山での戦闘の際は殊更慎重に戦うように鍛えたのよ。今頃罠でも仕込んでんじゃないかしら? だからしばらくは退屈だわ……」

 常世はそんな事を言いつつあくびを一つ。妙なリラックスムードの中、澄は不安げに第2ラウンドの舞台となった蓬莱山を眺めていた。


「こんなのんびりしてていいのかなぁ……」 

 アキのことを考えつつ、独りごちる澄。

 そこへリューが湯気の立つマグカップを2つ手に持ちやってきて、澄の隣のパイプ椅子に腰を下ろした。

「どうぞ澄、カフェオレです」

「わぁ、ありがとう。リュー」


 並んで山を見詰め、カフェオレを啜るふたり。

 澄の不安げな視線を励ますようにリューが囁いた。

「アキくんは大丈夫ですよ。あの常世さんの修行を乗り越えたんですからね」

「……リューはさ、怒ってないの?」

 澄の視線は不安げなまま、リューに向いていた。

「怒る? 何にですか?」

「その、いろいろとさ、迷惑かけちゃってるし。アキの事とか……」


 それはアキを戦いに巻き込んだ事や、そのせいで彼を危険に晒してしまっている事、そして魔琴が図書室で語った事……他にも何かあるのかもしれないが、リューには心当たりが無かった。


「怒るような事は何も。でも、不安はありました」

「……だよね」

 ごめんね、と言いかけた澄の唇が動き出す前にリューが言葉を続けた。

「でも、今はこれで良かったのかも……って、思うんです」

「良かった? でもさ、アキを危ない目に」

「これも運命……」


 リューの言葉が澄の言葉を止めた。

 飲み込ませた、と言う表現が正しかったのかもしれない。

 リューは虚ろな瞳を虚空に向けていたのだ。

「……彼が運命を変える。それは、あの日からの願い……」


 澄は手にしていたマグカップを落としそうになるどころか、むしろぎゅっと握りしめる様に全身が強張っていた。 

 澄は極度に緊張していたのだ。


(誰!?)

 隣に知らない人物が座っているのかと錯覚した。

 姿はリューだが、リューではない。

 しかし、確かにリューだ。

 リューのはず。

 リューであって欲しい……。


「……リュー?」

 震える唇がようやくその名を呼んだ。

 あり得ないが、澄を躊躇させたのだ。


「はい?」

 しかし、そこにはいつものリューが小首を傾げていた。

「どうかしましたか?」

「……う、ううん。なんでもない……」


 今のは何だったんだろう。 

 まるでリューではない誰かが突然現れ、突然消えてしまった様な錯覚。

 それを確認することすら憚られるこの感覚はなんだろう。


「それにしても、動く気配がありませんねぇ。かなりの持久戦になりそうです」

 山を見詰めてため息をつくリュー。

 澄の不安げな視線は、今はアキよりもリューに向けられていた。



 一方、少し離れたところに設営された大きなテントの前では虎子、常世、そして不死美がストーブを囲んでお茶を楽しんでいたが、楽しそうなのは不死美だけだった。

「なんだかわくわくしますわね。常世さんも国友さんの成長ぶりに期待されているのではなくて?」

「……」

 常世は答える前に虎子を横目でちらりと見た。虎子は不死美に鋭い視線を向けているがそれはいつもの事……今すぐ飛びかかるような気配ではなかったので取り敢えず安心した。


「……不死美さん。詳しくご説明をお願いしたいのですが」

「説明、と仰いますと?」

 常世の問いにとぼけるような声色の不死美。

 常世は虎子に目配せをして、それを受けた虎子は常世から引き継ぐように、努めて冷静に不死美に問うた。

「平山、アキに何をした。何故アキが魔法を使っている……いや、使えているんだ?」


 「そのことですか」と、不死美は特に表情を変えること無く答えた。


「正確には、あれは魔法ではありません。では何かと問われれば、正直なところわたくしにもわかりません。強いて言えば、あれは国友さんの『能力』でしょう」

「能力? 適当な事を……」

 言いかけた虎子の言葉を不死美は簡単に止められると確信を持って『その名』を出した。

様の能力ちからを覚えておいでですか?」


 その名に虎子はもちろん、常世も戦慄した。

 平山不死美の口からその名を聞くと、否が応にも緊張が走る。その重みが違う。

 個人の感情もさることながら、仁恵之里の歴史に於いても……マヤにとってもある種の禁忌タブーである『500年前』のあの出来事を想起せずにはいられないからだ。


「藍殿の能力ちから……」

「そうです。宝才でもなく、識でもない。そして宝才も識も打ち消してしまう謎の力です」

「打ち消す……というより同等の力を発揮して相殺させてしまうといった方が正しいのではないか?」

「流石は姫様。本質を見抜く力がお有りですね」

「つまり、アキも同様の能力を持っていると?」

「それは先程も申し上げました通り、わかりません。ですが、わたくしの『調律』と少々の『手解き』にてを開花なさった事は事実です」

「……それが『あれは魔法ではなくアキ自身の能力ちから』だという根拠か」

「左様です。あなた方の言葉を借りるのなら、あれは『識』であると認識するのが最も適当かと」


 虎子は嬉々として語る、どこか浮ついた様子の不死美から視線を外さず沈思した。


 ……有り得る。

 いや、有り得ない。


(そんな考えは無意味か……)

 不死美に気取られないように呼吸を深くした虎子。

(原因はともあれ、アキが何かしらの力を得たのは事実。……確かに魔法の力を感じるが、それはあくまで平山の気配。平山が魔法を使ってアキの潜在能力を引き出したと解釈するしかないか……)


 刃鬼と巌は虎子達と少し離れたテントの中で彼女達の様子を窺っていた。

 だが、刃鬼は彼女達より巌の妙な雰囲気が気になって仕方がなかった。

「……護法先生。如何なさいましたか?」

 巌は先程から殆ど喋らず、不死美に鋭い視線を向けていた。

 ともすれば不死美への痴漢行為のタイミングを見計らっているのかと刃鬼は不安だったが、どうやらそうではない。

 だからこその刃鬼の質問だったのだが、巌はふふぅ、とおどけてみせた。

「いやねぇ、不死美ちゃんが随分とご機嫌なんでねぇぇぇ。なんでかなと思ってさぁぁ」

「……そうですね」

「珍しいねぇ。不死美ちゃんは一体全体、なんであんなに嬉しそうなんだろうねぇ」


 不死美はやはりどこか浮ついていた。

 彼女は頬を微かに上気させ、潤んだ瞳で続けた。


「国友さんは本当に不思議なお方です。『或いは』と思わせる姿。優しい心根。そして能力の片鱗。わたくしは、この春に国友さんとお会いしたときに思わず『藍之助様』とお呼びしそうになりましたのよ。それほどに瓜二つ。とても偶然とは思えない事の連続……これはまさに『運命』と申し上げるのが相応しいのかもしれません」


 常世も刃鬼も、虎子ですらもこんなに浮ついた不死美を見たことがなかった。

 だからどこか唖然とした様子で彼女を見つめるしかなかった。

 それほどに今の不死美は美しく、神々しく、明るく、楽しく、そして禍々しかった。


「さぁ、初手は様子見をさせて頂きますわ。でも、このままではとてもとても。わたくしは少々手強くてよ?」


 誰に言っているのかわからないセリフだった。

 そしてどこを見ているのかもわからない。

 不死美は虎子達の怖気すら含んだ視線を気にすることもなく、上機嫌だった。

「それは十分ご存知かとは思いますが……」


 ふふふ、と妖しく笑む不死美。

 同時に、山から銃声が響いた。


「!!」


 皆の視線が山へと集中した。

 ついに『始まった』のだ!

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