第185話 山へ行こうぜ…久しぶりに…きれちまったよ…

 どこからともなく聞こえるアキの声。

 円は辺りの気配を探るが、アキの反応はない。


「どこだ国友! 姿を見せろ! 卑怯だぞ!!」

『卑怯も武の内……俺の師匠がいつも言ってるぜ』


 ドシュッッッ!


 またしても円の足元が狙撃され、爆砕した玉砂利が円に降りかかる。

「うわっ!」

 思わず声が出た。

 その瞬間、円は自分の心に芽生えたある感情に気がついてしまった。

 それはアキにも面白いほど伝わった。

『怖いか? 円……』


 そう、円は僅かに芽生えた恐怖心に気がついてしまったのだ。


 どこから攻撃されているのかわからない恐怖。

 いつ攻撃されるのかわからない恐怖。

 そして、抉られた地面が物語るその破壊力に対する恐怖……。


 おまけに着弾点に漂う得体の知れない気配を放つ黒い闇のような煙が特に不気味だった。

(なんなんだあの気配は……!?)

 一瞬だけその姿を見せ、すぐに霧散する闇は見る者の不安を駆り立てる。


 平山不死美という『魔』を知っていても、彼女が『魔』の気配を知らない円。

 それら全てが相乗効果を生み、彼の肌をゾッと泡立てるのだ。


『俺が怖くないなら山へ来い円。さっさと決着つけようぜ』

 アキのそれは挑発だ。それが更に円を苛立てる。

「ド畜生ッッッ…………ん?」

 アキの声が毎回背後から聞こえてくる事に気がついた円。そして彼は自分の背中に何かが貼り付けてあることに気がついた。


「こ、これは……スピーカーか?」

 背中に手を回し、探ってみると襟の下辺りに超小型のポータブルスピーカーのようなモノがくっついているではないか。

『お? ようやく気が付いたか。お前、案外鈍感だな』

 ただでさえ過敏になっている神経を逆撫でするそのセリフに、円は吠えた。

「……畜生ォッッッ! 上等だ国友ォォォ! やってやらぁ!!」



 その様子を見て、アキの師である常世は震える様な感動を覚えていた。

(完璧よ……アキくん!)

 常世の知る限りでは、アキの実力は円には及ばない。

 しかし、条件次第では善戦、或いは一矢報いることも可能なのでは……と考えていた。

 だが、そこに勝利の二文字は無かった。


 だが状況は彼女の予想を超えるどころか、予想もしなかった方向へ進んでいる。

(フラッシュバンとあの『蓬莱流わたし特製スピーカー』を勝手に持ち出した事は後でみっちり叱るとして、あの円くんを自分の土俵に誘い込む手練手管は中々ね……)


 この2週間を過ごした蓬莱山は既にアキの庭も同然。

 山での戦闘となれば、地の利は明らかにアキにある。


 そしてなにより、アキが手にしたあの『銃の様なモノ』。あの『武器』がこの戦いの行方を全く予想のつかないものにしてしまったのだ。

(あの『ライフル』の気配は間違いなく『魔法』……アキくんが魔法を使っていると言うの?)


 ……いや、あり得ない。

 虎子の言う通り魔法の様なを人間は受け入れる事が出来ない。それでもその叡智ちからを得ようとわきまえなかった者たちは歴史の中で少なくなかったが、それらは漏れなく発狂や心神喪失により『魔』に飲み込まれるようにこの世から姿を消した。


 しかし、アキはその『魔』を使いこなしている。これは一体どういうことだ?

魔法道具マジックアイテムの類なら或いは……でも、そもそもどうして彼にそんな力を与えたというの? 不死美さん……)

 常世はいつもと変わらない微笑を湛えた不死美の横顔を、どこか険しげに見つめていた。



蓬莱山ここをお前の墓場してやンよ……国友!」

 怒り心頭の円は懐から無数の武符を抜き、それを紙吹雪の様に宙に撒き散らすと叫んだ。

「炙り出してやる!!」

 次の瞬間、無数の武符が光を放ち、一斉に轟音たなびかせながら山へ目掛けて飛び出していった。


 その様はまさに多連装ロケット砲の発射さながらで、その威力もまさにそれそのもの。

 無差別に撃ち込まれた武符は山のあちこちで爆発しまくり、その無差別爆撃は蓬莱山の山肌を容赦なく削りまくった。


「ひいいッ!! 山にそんなもの撃ち込まないでぇぇ!!」

 常世の叫びも虚しく、円は山へと向かって走り出していた。

「国友ォォォ! ブチ殺したらぁぁぁ!」



 そうして第2ラウンドの様相を呈したこの勝負。

 突如として演者を失った境内は静まり返り、皆一様にどうして良いのかわからない状態だった。


「山で戦われては私達には戦況を伺うこともできないな……」

 虎子が腕を組み、どうしたものかと山を見上げた。

 刃鬼も同じ様に山を見上げ、苦笑した。「山へ誘い込んだアキくんの目論見からすると……こりゃあ長期戦になりそうだね。しばらく状況が変わることもなさそうだ」

「うむ。とりあえずお茶にでもしようか」


 聞きたいことも山ほどあるしな……と、虎子はジトッとした目で不死美を見やる。

 すると不死美はとぼけるように微笑み、その視線に応えるのだった。

「はて? わたくし、なにもやましい事はしていませんが……?」


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