第184話 魔砲・『鴨狩』

 円から発せられるエネルギーは突風を巻き起こし、その凄まじさは『ミス・戦争ウォー』こと蓬莱常世をも震撼させた。

「じ、神社は壊さないでぇぇ!!」


 しかしもう遅い。

 円は全てのエネルギーを右拳に集中し、それをそのままアキに向けて解き放ったのだ!

「死に晒せ外道ォォォッッッ!!」


 凶暴極まる右ストレートは容赦なくアキを粉砕し……と、皆が目を覆ったその時だった!



 バキィッッッ!!



 鈍い音はアキが円の拳を止めた音だ。

 同時に凄まじい閃光、そして突風のような衝撃波が境内を駆け抜ける! 


「やっぱり他所よそでやってもらえばよかったァァ!!」

 常世が半泣きで頭を抱えるが、吹き荒れる突風の様な衝撃波は容赦なく神社の備品を竜巻の様に巻き上げていく。

 そんな嵐の中、バチバチと紫電をほとばしらせ、アキは円の光って唸る凶拳を防御け止めたのだ!!



 有り得ないッッッ!!



 皆が同じ事を考えた。


 あれほどのエネルギーを受け止める事なんて『正武人』でなければ……ましてや、普通の人間の範疇でしかないアキならば受けた瞬間に蒸発してしまってもおかしくない局面。

 しかし、アキは衆人環視の中で明らかにその攻撃を受け止めたのだ!!


 そんな衝撃的な瞬間を最も生々しく感じていたのは誰あろう円本人だった。


「なん……だと……!!」

 お約束のようなセリフが思わず出てしまう。

 それほどに、円にとって有り得ないが彼の攻撃を防御けていたのだ。


 円の拳とアキの防御が交差した瞬間に弾けた閃光はその力の衝突の激しさを物語ったが、そのまばゆさが次第に収まり、皆の目が慣れた途端にそれははっきりと姿を現した。


 それはアキが手にした『ライフル』だった。


 いや、正確にはだ。

 ライフルを象ったよく分からないモノが、ゆらゆらと黒い気体を揺らめかせながら得体の知れないエネルギーを放っている。

 そのライフル状のエネルギー体が円の攻撃を受け止めていたのだ。


 その場の全員が唖然とした。

 それが何が、見当もつかなかったのだ。

 しかし、虎子は気がついていた。

 それそのものではなく、それを象るを知っていたのだ。


 悠久の時の中を戦い続けた彼女だからこそ、その神秘の力を感じることが出来たのだ。

 だが、それだけに信じられない。

 だからその言葉は口の端から零れ落ちるように滑り落ちたのだった。

「……魔法!?」


 言葉にしてようやく合点がいった。

 だから平山不死美がここにいるのかと思い至り、思わず声を荒らげていた。

「平山! 貴様ッ!!」

 そして不死美のドレスの襟を乱暴にひねり上げ、呻くように言った。

「貴様……アキに魔法をさずけたのか!?」


 慌てて止めに入った常世によって不死美から引き離される虎子だったが、不死美は特に慌てる様子はなかった。

わけではありません。わたくしは調をして差し上げたまでです」

「調律? アキの識をいじったというのか!?」

「わたくしは魔法でもって国友さんの識の流れを整えたに過ぎません。確かに魔法について少々アドバイスして差し上げましたが、ほんの僅かな事です」


 襟元を軽く撫でてその乱れを直し、不死美は何事もなかった様に微笑んでいる。

 正反対に憤慨した虎子は常世に羽交い締めにされながらもさらに荒ぶった。


「同じ事だ!! 正常まともな人間に魔法のような埒外の負荷をかければその精神に変調を来たすのは明らかだ! それがわからないお前ではないはずだ! それなのに……お前はアキを壊す気か!?」


 すると不死美は口元を緩く開き、端正な唇をニイイと吊り上げて虎子に近付いた。

「な、何だ……!?」

 予想外の行動に戸惑う虎子を素通りし、不死美は虎子にだけ聞こえるように言った。

「……壊すなどと滅相もない。そも、壊れる心配などありません。国友さんには『器』がおありですから」

「器? ……まさか、魔法の……?」


 不死美はその言葉には答えず、アキの手にした謎のエネルギー体を見詰めて目を細めた。

「わたくしはをして差し上げただけと申し上げたはずです。国友さんの目指す『識』に最も近く、最もプロセスの似通った魔法の使い方を……」


 そして彼女はおどけるような笑顔を見せた。

「しかし、まさか調律だけでとは思いませんでしたが……それもまた国友さんの『謎パワー』とやらの為せるわざなのでしょうか?」


 不死美はまるで愛しい者へ目配せをするような瞳でアキの銃を見詰め、吐息の様に小さな声でを呼んだ。


「『魔砲まほう鴨狩かもがり』。それはもうあなたのものです国友さん。あとはそれをあなただけの『雷火』になさいまし……」



 アキと円の激突は拮抗していたが、徐々にアキが押され始めていた。

「国友ぉ! 何がなんだか分からねーが、所詮は付け焼き刃だなぁ! もうメッキが剥がれてきたぞ!」

 ジリジリとアキに迫る円の拳……だが、アキは不敵で挑戦的な顔を見せた。

「勝負はここからだぜ、円ぁ!」


 ぼろ、ぼろ。


 アキの懐から何かが2つ零れ落ちた。

 そして次の瞬間……!


 バァンッッッ!!


 眩い閃光と爆音が境内に巻き起こり、皆の感覚が一瞬途絶した。

「うわっ!」

「きゃっ!!」

「うぉっ! 眩しっ!」



 突如炸裂した破裂音と閃光……常世は最も早くそれが何かを理解した。

閃光手榴弾フラッシュバン!?)


 それはテロリストや凶悪犯の立てこもり事件を解決するために用いられる非殺傷性の爆弾だ。

 強力な音と光で敵を怯ませ、或いは無力化するそれは、蓬莱流では古代から受け継がれた道具であり、戦術である。


 不意を突かれた円も思わず目を瞑り、咄嗟に防御態勢を取ったがアキからの追撃は無かった。


 この決定的な一瞬にもかかわらず、戦況は動いてない。

 それは常世の予想通りの流れでもあった。


 円を含め、皆の感覚が戻った頃には案の定、アキの姿は無かった。


「逃げた……?」

 忽然と姿を消したアキ。皆が唖然とする中、円の高笑いが耳障りに響き渡った。

「はっはっは! この僕に恐れをなして逃げたか国友! 情けないぞ!!」

 この状況、円はアキが戦闘を放棄して逃げ出したと受け取ったが、常世は違った。

『敵前逃亡はマジで銃殺』と釘を刺しているからではない……国友秋は敵を前におめおめと逃げ出すような男ではない!

(と、私は信じてるけど……)


 澄が不安そうな顔で成り行きを見守る中、円は彼女の方へ視線を投げ、ニヤリと笑った。

「澄、残念だったな。国友はぶちのめされるのが怖くなって逃げ出したぞ」

 それを聞いた澄は苦虫を噛み潰したような表情をしつつ、立ち上がって声を荒らげた。

「アキはそんなヤツじゃ……」

 その声に重ねるように、リューも声を張った。

「アキくんは目の前の戦いから逃げるような人じゃありません!」


 ふたりからの反論を受けて尚、円は余裕だった。

「はっ! 事実、逃げ出したじゃないか! いい加減あんな男を信用するのは……」


 ドシュッッッ!!


 円の言葉を断ち切るように鋭い音。

 同時に彼の足元の玉砂利がぜ、少し遅れて銃声の様な音が響いた。


(アキか!?)

 虎子は咄嗟に顔を上げ、着弾点から推察してアキの姿を目で追うが、あるのは雪に覆われた蓬莱山の風景だけだ。

(この私が見失うとは……そこまで遠距離からの攻撃なのか?)


 深くえぐられたその『着弾点』からは黒い霧のようなモノ立ち昇り、それはすぐに姿を隠すように霧散した。


 虎子には分かる。あれは『魔』の余滴。

 アキが携えた正体不明の黒い物体から発せられていた気配と同一の気配はほんの一瞬だけその姿を見せ、消えた。


 間違いない。

 今の攻撃……いや、はアキの仕業だ!


 直撃すれば無事では済まないという事実は、その抉れた地面が雄弁に物語る。

 円の鋭敏な感性はそんな事は言われるまでもないと、それを鳥肌に変えて円に報せていた。


「く、くにと……」


 ドシュッ!

 ドシュッッ!!

 ドシュッッッ!!!


 一気に3連射!!

 円の足元が盛大に抉れ、流石の彼も身を躱して防御態勢を取らざるを得なかった。


「ち、畜生……!」

 圧倒的格下相手に防戦一方……プライドを傷つけられた円が唇を噛んだその時だった。


『山へ来いよ円……決着をつけようぜ』


 どこからともなく、アキの声が響いた。

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