第182話 あなたの願いを仰って

 蓬莱常世の最終試験。

 それは無作為にばら撒かれた7つのボールをこの深い雪に覆われた蓬莱山から見つけ出すというとんでもないものだった。


 しかし、アキは6個のボールを自力で見つけ出し、あと1個というところまで迫っていた。


 そしてようやく最後の1個を発見したのだが、そこには思いもしなかった人物が居た。


 月明かりに照らされた黒いドレス。

 白と黒のコントラストが闇夜に映え、月光がその煌めきを際立てる黄金の髪……平山不死美が、最後のボールを持って雪原に佇んでいたのだ。


「……これをお探しですか? 国友さん」

 不死美はまるで当然のようにそこに立ち、アキに問う。

「な、なんで不死美さんがここに?」

 困惑を引きずりながらもゆっくりと近付くアキ。

 不死美はいつものように優しく微笑み、アキにボールを手渡した。

「……これで7つ揃いましたね」

「え? ボールの事、知ってたんですか? ていうことは、師匠……常世さんに『ここに居てくれ』的なお願いとかされて、俺を待ってたとか?」

「いいえ。常世さんからは何も。しかし、わたくしは魔法使いです。魔女は何でも知っているのですよ」

 冗談っぽく笑む不死美。普段は見せないような、彼女の意外な一面を見た気がした。

「……ですから、あなたの『雷火』の事も存じております」


 不死美の言っていることにどれ程の信憑性があるのかは分からないが、不死美なら或いは、と思わせる妙な説得力はある。

 アキは見透かされたような、どこかこそばゆいものを感じていた。

「あー、それって『ダメっぽい』って事ですよね……」

 すると、不死美は小さく首を横に振った。

「わたくしはあなたの雷火が『完成間近』であることを知っているのです」

「完成間近……?」

「はい。あと一つ……ほんの僅かな構成要素で、あなたの雷火は完成するでしょう」


 そして不死美がアキの手にしたボールを指差すと、何とボールが明滅し出したではないか!

「うわ! 光ってる!? 他のボールも?!」

 アキの背負っていたリュックサックからも眩い光が漏れていた。

「『神から賜った宝玉』の為せる奇跡ですわ」

 不死美は微笑み、アキの手を握った。

「ふ、不死美さん!?」

「国友さん。わたくしがあなたの願いを……いえ、わたくしの願いをあなたが叶えてくださいまし」

「な、何言ってんのかわかんないです……てゆーか、近い……」


 既に不死美はアキの顔に吐息が触れるほどに超接近していた。

 不死美から香る妖艶な芳香かおりとその美貌。それに繋がれた手の冷たさで、アキの意識が朦朧としてしまいそうだ。


「わたくしがあなたにお力添えすることが、わたくしの願いを叶える事に繋がるのです」

 不死美はアキの手をきゅっと握り、さらに身体を寄せた。

「ふ、ふ、ふ、不死美さん……??」

「『神の龍』に成り代わり、『魔の叡智』があなたに力を与えます。……怖がらなくても大丈夫。あなたは『器』をお持ちですから……」

「う、『うつわ』……?」

「さぁ、わたくしを受け入れてくださいまし。そして、いつか、このわたくしを……」

 その穏やかな笑みが妖しさを含んだその時。

「おかしてくださいまし……」


 そこでアキは意識を失った。


 暗闇に落ちていくアキ……


 しかし、彼はそこで懐かしい感覚を覚えた。


 それは懐かしい『匂い』

 それは懐かしい『声』

 それは懐かしい……

 ………

 ……

 …






 翌日。

 蓬莱神社にて正午より執り行われるアキと円の決闘のために武人会は舞台を整え、準備万端でその時を待ったが、試合開始10分前だというのに神社にアキの姿は無かった。


「蓬莱、アキはどうしたんだ……?」

 虎子が珍しく焦っている。しかし、それは常世も同じだった。

「昨日、ボールが7つ集まった途端に見失ってしまったのよ」

 常世はCD程度の大きさの円形のレーダーを取り出した。

 その中央には点滅する点が7つ……それはアキが集めた例のボールだ。


「……」

 虎子の神妙な顔を横目で見て、常世は否定するように首を振った。

「『敵前逃亡』は銃殺だって念を押してるから、は有り得ないわ」

「そんな事を言われたら、私なら敵ではなくてから逃げるぞ……」

「とにかく、アキくんは逃げたりしないわ。思った以上に根性のある子よ、彼は」

「しかし雷火は完成には至らなかったんだろう? 円は根性だけで勝てる相手ではないぞ」

「それは……ガッツでなんとかするしかないわ!」

「言い方を変えただけじゃないか」

「もー! さっきから何よあなたは! 大体、私の弟子が逃げるとか失礼にも程があるわよ!」

「いや、そういう意味では無くて……」



 虎子と常世が揉めている間にも時間は刻々と過ぎていく。

 リューも澄も祈るような気持ちで彼を待ったが、時間だけが無為に過ぎてゆく。


「……国友め、逃げたか。まぁ、賢明な判断だな」

 円はほくそ笑み、澄は力無く笑った。

「ま、しゃーないよ」

 それはすべてを諦めた末の笑顔。

 リューは親友のそんな顔を見ていられず、もしかしたらそのどこかにアキがいるかもしれない蓬莱山を見詰めた。

(アキくん……早く来てください……!)


 だが、時間は全てに平等だ。

 決闘の予定時刻は目前。

 この試合を取り仕切る刃鬼は時計をチラチラ見やりながら、その焦りを隠せないでいた。

(アキくん……どうした? まさか、本当に……!)


 その様子を横目に巌はむふぅ、とため息をついた。

「刃鬼ィ……少しは落ち着きなさいぃぃ。キミがうわついてどうするぅぅ?」

「す、すみません……しかし、このままでは……」

「信じて待つ。それしかないねぇぇ」

「……ですが……」

 刃鬼が弱りきった声を出したその時。

 時計に予めセットしておいたカウントダウンタイマーが作動した。


 10

 9

 8


 もはやこの段になれば勝負は決したというもの。

 円は不戦勝というある意味で予想通りの結果に満足していた。


 7

 6

 5


 澄は完全に諦め、むしろ清々しい顔ですらあった。

 リューは祈るように手を握り、目を固く閉じてアキを信じた。

 虎子と常世も言い争いをやめ、もう駄目かと肩を落とした……その時だった!


「……間に合いましたわ」

 ふたりの前に音もなく、闇だけを引き連れて平山不死美が現れたのだ!

「平山!? 何故お前が!?」

 虎子が声を上げた直後、の声が境内に響き渡った!!


「蘭円、敗れたりッッッ!!!」


 皆が一斉に声の方を見た。

 そこは神社の社殿の屋根の上……そこにアキが仁王立ちしていたのだ。


 カウントダウンは残り1秒のところで止まっていた。

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