第181話 この世の何処かで光ってるアレ

 アキの修行が始まって10日が経った。

 一週間が過ぎたあたりから蓬莱山で謎の爆発が度々起きていて、仁恵之里の住人は何事かと不安に包まれるもそれがアキによるものだと判明した途端に誰も気にしなくなった。


 まぁ、武人会のやることだし。それに蓬莱山でしょ? 元々常世さんが埋めまくった地雷だらけの山だから。


 そんなふうに誰も彼もが気にしない中、リューはひとり不安な日々を送っていた。

(アキくん……)


 その爆発は爆発する度に威力を増しており、それがアキの修行の成果を表しているようだが、ただ爆発するだけでは実戦では意味がない。

 弓道場の一件を鑑みれば、それはある意味とも言えるだろう。



 そんなある日、リューは心ここにあらずといった様子で図書室にいた。

 側には魔琴もいて、リューはともかく彼女は退屈な放課後を持て余していた。

「はぁ〜、退屈だよ〜」

「……」

 リューはいつも通りに図書委員の仕事を黙々とこなしながらも、その表情はどこか憮然としている。

 魔琴は頬杖をついて、そんなリューをぼんやりと眺めていた。


「あきくんいなくてつまんないぃ〜」

「……」

「ねぇ、リューもそう思わない?」

「……」

「怒ってんの?」

「……怒ってません」

「でもイラついてるじゃん」


 リューは作業の手をはたと止めて、ちょっとだけ不機嫌な様子で魔琴を見た。

「……なんでそう思うんですか?」

「だってぇ、あきくんってばめっちゃ頑張ってんでしょ? だからじゃないの?」

「な、なんでそれが怒る理由になるんですか」

「『アキくんは私だけのナイト様なのに、なんで他の女にぃ〜!』とか思ってない?」

「……そんなことは、別に」

「よーするに、嫉妬してんでしょ」 


 がたん!


 リューは突然立ち上がって魔琴を睨みつけたが、その表情は『怒り』というより『恥ずかしい』という気持ちが明らかにまさった、なんとも困ったような顔をしていた。

 図星を突かれた人間というものは往々として言葉に詰まり、どうしたらよいかわからないという表情をするものだ。

 この時のリューがまさしくそのものだった。


 魔琴は『ハイハイ分かってるから』というように手のひらを軽く揺らしてリューに着席するように促した。

 リューは顔を真っ赤にしつつもそれに従い着席。魔琴は一呼吸置き、続けた。

「あきくんはね、優しいの。すごーく、すご~く優しいの。だからいいのよ、これで。あきくんは澄のナイト様……それでいいじゃん」

「……」

「リューだってあきくんのそーゆーとこが好きなんでしょ?」


 まぁ、ボクもだけど。

 魔琴はその言葉は口に出さず、心の中で呟くに留めた。そのかわり……

「ヤキモチ妬いちゃってぇ。リューってば、カワイイなぁ〜」

 なんて意地悪を言ってリューをさらに赤くさせるのだった。



 そんなふたりの様子を図書室の入り口から窺っている小さな人影があった。

 澄だ。

(うぅ……覗き見するつもりなんてなかったんだけどなぁ)

 当事者として入り辛い会話だったので覗き見をする様な格好になってしまったが、これはこれで澄の中で1つの決心をするきっかけになった。

(……明日、アキに差し入れでも持っていこっかな……)



 というわけで翌日の土曜日。

 澄はアキのために『得意料理』をこしらえ、雪深い蓬莱山へと向かった。


「うう~、さぶっ! 死ぬかも……」

 小さな体を一生懸命に動かして雪山を行く澄だったが、場所によっては足がすっぽり埋まってしまう程の積雪に上手く前進できない。

「つーか、この辺にいるはずなのに、なんでいないのよ!」

 山に入ってからずっと護符による探知でアキを探している澄だったが……、

「……そういえば、アイツに識って効かないんだっけ……」


 その事に気がついて周りを見回すと、なにやら小型の動物がひょっこり顔を出し、すぐに雪原の中へと消えていった。

 どうやら澄はアキではない他の生き物を追っていたらしい。


「う、う、うわあああー! やばい! ここどこ? 迷ったっぽい! っつーか迷った!! って、うわっ!?」

 慌てふためき雪に足を取られた澄はそのまま転倒! そして漫画のようにゴロゴロと転がって斜面を滑り落ち、そのまま谷底へ……!

「ぎゃあああッ! ……あ?」


 あわや転落、という寸前のところで澄の腕は何者かに掴まれ、落下を免れたのだった。


「あ、あき……?」

 澄の腕を掴んだのはまるで海外の特殊部隊がそうするような、草や木のようなもので擬態を施したモノを身に纏ったアキだった。

「やっぱり澄か。なにしてんだ? こんなところで」



 アキは澄を引っ張り上げ、自分が行動拠点にしているという野営地へと澄を案内した。

 野営地、と言ってもそこにはテントとタープしかなかったが、アキはこれで十分だと笑った。

「雪と風が防げれば十分だよ」

 アキはテキパキと火を起こし、湯を沸かしてコーヒーを淹れた。

「アキ、ちょっと見ない間に逞しくなったね……すっかり野生児じゃん」

「そうか? あんまり実感無いけどなぁ」


 2週間前のアキとは明らかに違う。

 体の逞しさもそうだが、雰囲気が段違いに事に気が付かない澄ではない。

(常世ちゃんの修行について行けてるのは伊達じゃないんだね……)


 大の大人でも2日で大半が逃亡するという蓬莱常世の『訓練』。あまりの過酷さに『5日過ぎれば超人、或いは廃人』と言われるその訓練を、アキはもうすぐ2週間もの期間、全うしようとしているのだ。


「どう? ……その、修行の方はさ」

 澄はアキが淹れたコーヒーを啜りながらそう訊くと、アキは何かを濁すように言った。

「ん、雷火がまだちょっとな」

「そうなんだ……」

 それは蓬莱山で頻発する爆発が物語っていた。

 勝負の決め手となるであろう雷火が思うように制御できないのは痛手だ。そして、そんなことはアキが一番分かっているだろう。


「あ、まあ、あとちょいなんだよ。だから、なんとかなるって」

 つられて澄まで表情を曇らせてしまったので、アキは努めて明るく振る舞った。

「でもさ、師匠は雷火以外はほぼほぼオッケーだって言ってくれてるよ。それで、今は修行の最終試験をしてんだよ」

「へぇ、最終試験? どんな?」

「一昨日の晩に師匠がこの山の適当な場所に野球で使うのと同じくらいの大きさのボールを7つ隠したんだよ。それを全部集めれば修行は完了なんだってさ」

「マジ? そんなちっこいボールをこの極寒の雪山の中に? 常世ちゃんらしいと言うか、無茶苦茶と言うか……」

「今のところ6個は見つけたぞ。でも、あと1つが見つかんねーんだよな」


 アキは自慢気に集めた6個のボールを澄に見せた。ボールは黄色いガラスのような材質で、それぞれ違う数の星模様が施された、かなりの高い代物だった。


「6個も見つけたんだ。スゴイじゃん……」

 この雪山なら1個見つけるだけでも大変なことだろう。それなのに既に6個も見つけるなんて。

 澄はアキの想像以上の成長と、その奮闘に胸が熱くなる思いだった。


「それで、澄は何しにこんな山奥まで来たんだ?」

 アキが訊くと、澄は大きなリュックサックから重箱を取り出した。

「そうそう、忘れかけてたわ。頑張ってるアキに、私の得意料理の差し入れを持ってきたんだよ」

「え! マジか! ありがてぇ〜! で、なになに?」

「私の得意料理の……『おはぎ』だよ!」


 澄が重箱の蓋を開けると、中にはぎっしりとおはぎが詰まっていた。

 しかし、その表面が薄っすらと白くなってる。

「こ、凍ってる……」


 よくよく考えればこの極寒の山でおはぎなんて可笑しな話だろう。

 普通に考えればもっと温かい食べ物の方が喜ばれるに違いない。

 現に、アキもおはぎを見て固まっていた。


「ご、ごめんね、アキ……」

 自分の思慮の浅さが情けなくなり、思わず涙ぐむ澄。

 しかし、アキは意外な声を上げた。

「おお! めっちゃ嬉しいわ! この山って甘い食いもんが無いんだよ〜」


 いただきまーすと言うが早いか、アキはシャシャリと音を立てながらおはぎを頬張った。

「んん、中は柔らかいし、美味いよ!」

 そんなアキの様子に、澄の顔もパッと明るくなった。

「お、お茶もあるよ! こっちは保温用の水筒に入れてきたから絶対に温いよ!」

「マジか〜! 至れり尽くせりだな」



 しばらくそうしていると陽が傾き始め、暗くなる前に帰ろうという流れになった。

 アキは神社まで送ろうかと申し出たが、澄はそれを遠慮した。

「大丈夫大丈夫。ひとりで帰れるって……うわっ!」

 歩き出してすぐに雪に嵌ってしまう澄。その拍子にスノーシューズが脱げ、靴も足もびしょ濡れになってしまった。

「遠慮すんなって。送るよ」

「……お願いします……」


 アキは澄をひょいと背負うと、この雪道を軽々と歩き始めた。

「ホント、すごい成長だね。ちょっと前まで道路ですらまともに歩けなかったのに」

「慣れだよ慣れ。既に山のほうが歩きやすいくらいだよ」

「……なんかごめんね。ホント、色々と……」

「らしくねぇなあ。さっきから謝ってばっかりで」

「あたしのせいでアキにすごい迷惑かけちゃってるし」

「別に迷惑だなんて思ってないよ」

「……でも、なんかごめん」

「謝んなって」


 アキにおぶられ、しばらく黙っていた澄。

 そんな彼女が、不意に口を開いた。

「あたしね、別に円が嫌いなわけじゃないんだよ」

「……うん」

「あたしはね、春鬼が好きなの」

「……知ってるよ」

「符術師は符術師と結婚するのが掟って、前に話したでしょ? だからあたしが円と結婚するのは運命みたいなものだったんだけど、春鬼が『そんなのおかしい』って、声を上げてくれたんだ。もちろんそれだけが原因じゃないけど、結局あたしのお父さんも、円のお父さんも、そんな掟はナシにしようって言ってくれて……でも円は納得してなくて、それで」

「お前がどうしたいかが一番大事なんじゃね?」


 澄の言葉を遮るように、アキは言った。

納得行くようにすればいいんだよ。そのために俺が円に勝たなきゃいけねーんなら、勝つよ」

「……アキはさ、なんでそこまでしてくれるの?」

「そりゃあ、その……俺にも見せ場が欲しいからだよ」

「ふふ、そっか……」


 アキは『友達だから』と言いたかったが、恥ずかしかったからそんなふうにふざけてみせた。澄もなんとなくそれが分かっていたから、それ以上何も訊かなかった。



 程なくしてふたりは神社へ到着。

「送ってくれてありがとね、アキ」

「おう、帰ったらすぐに足を温めろよ」

 結局、澄は雪で濡れた靴で帰らなければいけないが、神社ここからなら大した距離ではないので問題は無いだろう。

「……あのさ、アキが探してるボール、7つ集まるとやっぱり願いが叶う感じなのかな?」

 澄が言うと、アキは笑った。

「はは、そうなんじゃないか? でっかい龍が出て来るよ、きっと。そしたらさ、お前の願いを叶えてやってくれって、その龍に言っとくよ」

 そう言って手を振り、アキは再び雪山へと消えていった。


 澄はアキが見えなくなるまで手を振り、暗くなりかけ寒さを増す山の空気の中で、それでも心に暖かなものを感じていた。

「……リューが惚れるわけだぁ」


 そう呟き、澄も神社を後にしたのだった。

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