第179話 修行なんてガラじゃないんだけど

 アキと円の決闘はその日のうちに武人会より認定され、正式なものとなった。


 日時は円の希望が最優先され、12月24日の正午より執り行われる運びとなったのだった。




 その夜、アキはその通達を蓬莱神社で受けていた。

「クリスマスイブ?……なんか理由があんのかな……」

「12月24日は澄ちゃんの誕生日なのよ」

 常世は銃の分解清掃をしながらそう答えた。

「円くん、そういうところあるよ。カワイイじゃないの」

 彼女は可笑しそうに笑うが、その手元にあるのはとても笑ってられない物騒なシロモノだ。


 アキはそれを見つめながらごくりと生唾を飲み込みつつ、翌日から始まる蓬莱流の修行に一抹の不安を覚えていた。

「そ、それにしても決闘の許可が出るのが早かったですね。俺、もう少し後かと思ってました」

「武人会の決闘なんてしょっちゅうだからねぇ。有馬会長もはじめのうちは手書きで許可状を書いてたけど、あんまりにも頻繁だから最近はパソコンで作ってプリンターで出力してるわ。コピーしてた時期もあったけど、コピーを繰り返ししすぎて文字が潰れちゃってからはずっとプリンターよ」

「そんな適当な……」

「きっと近い将来『ペーパーレス化』とか言ってアプリで掲示とかになるわよ。ホント、喧嘩が好きよね〜、武人会の人達って」



 現在、時刻は午後9時。場所は蓬莱神社……つまり、蓬莱常世宅である。

 冒頭の通達を何故、常世から受けたかといえば、アキは常世から決戦当日まで蓬莱家に住み込みでの修行を命じられ、一之瀬家へ帰ることを禁じられたからだ。


 この時点で残り約2週間。短いようで長い修行が今まさに始まろうとしていたのだ。


「取り敢えずアキくん」

 常世は不意に顔を上げ、アキを見つめた。

 銃はいつの間にか組み立てが完了しており、心なしか輝いて見えた。

「は、はい?」

「明日から訓練を始めるけど、決闘が終わるまで学校は行かなくていいから」

「え?」

「私から学校には説明しておいたのよ。学校も理解してくれたわ。だから明日の朝からは……そうね、毎朝5時から訓練を始めましょうか」

「え、え?」

「あと、私に対して敬語はもう使わなくていいから。あなたと私は同じ部隊の兵士……師弟であり、戦友だからね。だから私のことは師匠とでも呼んで頂戴」

「え、え? あの、え?」


 超強引に話を進める常世。アキは置いてけぼりだが、常世はお構いなしだった。

「今日はここで寝てもいいけど、明日から山で生活するからね。冬の蓬莱山は東北の山並みに厳しいから、凍死だけはしないように気をつけなさい」

「ちょ、常世さん……?」

「そういうことだから、もうお風呂入って寝なさいな。そうそう、来客用の布団がないから悪いけどそこの炬燵おこたで寝てね。じゃあ、おやすみなさいアキくん。また明日ね」

「常世さんってば!」


 常世はすたすたとその場を去り、振り返ることはなかった。

「め、滅茶苦茶な人だ……」

 あの嫋やかで優しげな風貌からは想像もできないサッパリとした性格に、どこか虎子に似ていると感じたアキ。

(虎子と仲良いのも分かるわ……ウマが合うんだろうな)

 同時に、虎子が常世に対して全幅の信頼を置いていることも肌で感じていた。

(だったら、ついていくしかないよな……)

 アキは顔を上げてカレンダーを見た。

 12月24日は日曜日だ。


 決意も新たに闘志を燃やすアキ。

 しかし、その闘志の燃料の中心は円ではなく、他のところから来ていることも確かに自覚していた。


(……に俺を認めさせてやる……!!)

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