第177話 雷火復活!!

 ということで弓道場へとやって来た武人達。

 ほぼ吹きっさらしの弓道場はとても寒く、寒がりの澄には特に堪えた。


「常世ちゃん、屋内なかじゃダメなん……?」

 ダウンコートや手袋やマフラーでもこもこになりながらも震える澄だが、常世はごめんね、と首を横に振った。

「さすがにこれは屋外そとじゃないと無理なのよ」

 彼女は慣れた手付きでライフルに弾丸を装填しつつ、射場から矢道の奥にある的場へと視線を投げた。


 的場では虎子が通常の的を外し、射撃競技用の的をセットしていた。

「これで良しっと……お〜い蓬莱、こちらの準備は整ったぞ」

「ありがとう虎子。次は準備ね」

 そう言って常世は装弾されたライフルをアキに手渡した。

「さぁ、撃ってみなさいな」

「いやだから無理ですって! 銃なんて触ったこともないのに!」

「大丈夫よ。これはオリンピック競技用と同じ仕様の22口径だから反動も軽いし、的までの距離も60メートルだから、その点も競技と大差はないから、大丈夫!」

「どう大丈夫か意味がわからないですよ! それに、競技だからとかなんとかは関係ないでしょ!」

「え〜? ここまで来てそんな事言っちゃうの? ギャリーの皆さん達がシラけちゃうわよ?」


 常世は熱い視線で見守るリューや、興味本位で楽しそうに見物している他の面々を指さして言う。

「特にほら、見てみなさいよリューちゃんのあの顔。あんな顔した女の子の期待を裏切る気?」


 リューはちょっぴり不安だけど、カッコイイアキくんが見たいなぁというような期待に胸を弾ませつつ、熱く潤んだ瞳でアキを見つめていた。


「ううっ……(眩しい!)」

 あんなキラキラした瞳で見つめられては後には引けない……それに、アキも男の子だ。銃とか射撃といった男心をくすぐるモノに興味が無いわけではない。


 そこへ射場から戻った虎子がやってきてアキの背中をバシッと叩いた。

「男は度胸! なんだってやってみるのさ!」

「わ、わかったよ……わかったからそのちょっとワルっぽい自動車修理工みたいな口調やめろよ……」


 アキはついにライフルを構えた。

 するとギャラリーから歓声と拍手が起こり、リューはアキの勇気に胸をときめかせた。


「……とはいえ、どうすればいいんですか?」

「そうね。まずはこう構えて……」

 常世はアキの手を取り足を取り、射撃態勢を整えさせた。

「……それで、ここから的に狙いを定めて引金トリガーを引くのよ」

「わ、わかりました。やってみます……」


 ギャラリーが固唾を飲んで見守る中、アキは常世に教わった通りに構え、神経を研ぎ澄まし、集中力を限界まで高め……撃った!


 スタァーンッ!!


 乾いた射撃音と共に発射された弾丸。

 全員の視線が的に向くが、遠すぎてさすがに命中したかどうかは分からない。

「……どうでしょうか」

 未だに射撃をしたという実感の無いアキが恐る恐る常世に訊ねると、双眼鏡で的を確認していた常世はごくりと息を飲むような間を置いて答えた。

「命中よ。しかもど真ん中にね」


 するとギャラリーから歓声が沸き起こり、リューの熱い瞳から涙が一粒ポロリと落ちた。

(アキくん、カッコイイ……!)

 初めてとは思えない程にキマったアキの射撃はその姿勢もさることながら、いきなりど真ん中に命中だなんて……!

 緩みきった口元を両手で隠すような仕草のリューを横目に、春鬼はちょっと面白くなかった。


「おお、やるなぁアキ!」

 虎子は冷やかすようにアキの背中を小突きつつ、常世にだけ聞こえるように言った。

「……やはり藍殿と同じだな。藍殿も初めて弓を持ったというのに熟練の名手の様に的に命中させまくった事があったよな」

「ええ。覚えてるわ。まさにあの日の再現ね……」

 意味深な瞳でアキを見つめるふたり。アキはその視線にちょっと怖いものを感じていた。


「しかし蓬莱、にアキに射撃させたんじゃないんだろう?」

 虎子のイジるような物言いにリューは顔を真っ赤にして、首に巻いていたマフラーで顔を半分ほど隠してしまった。

 その可愛らしくて微笑ましい様子に皆が穏やかに笑い合ったが、春鬼はやはりちょっと面白くなかった。


「ふふふ、それも無くはないけれど……」

 常世はアキからライフルを受け取ると排莢し、今度は弾丸を込めずにそのライフルをアキに手渡した。

「え? なんで弾をいれないんですか?」

 アキの至極当然な問いは皆の疑問でもあった。

 常世は「ここからが本題よ」と一拍おき、続けた。


「アキくんの『識』についてはさっき話した通りよ。秋一郎さんの『識』……つまり、『雷火らいか』がアキくんに遺伝をしていて、でも単に発現していないだけだとすれば、こちらから引き出してあげればいいのよ」

「……『雷火』って、父さんの……その、エネルギーを投げるっていう……?」

「そうよ。秋一郎さんの識を武人会では『雷火』と呼んでいたわ。秋一郎さんはその雷火を『投げる』というより『射出』するって感じで扱ってた。どう? 真似できそう?」

「で、出来るわけないじゃないですか!」

「そうよね。その為に、そのライフルを用意したのよ」


 常世はもう一度ライフルを構えるようにアキを促した。

「雷火をイメージをしやすくするためにはライフルが一番かなと思ってね。つまり、弾丸の代わりに『雷火』を発射する……弾丸のように、識を撃ち出す。そうイメージして、もう一度射撃をしてみて」

「雷火を、イメージ……」

「識匠にとって最も大事なのはイメージ力よ。それは武人の武力ぶぢからにも言えることだけど、強い意識の力が無限の潜在能力を引っ張り出すのよ」

「イメージ……撃ち出す、イメージ……」


 アキは全神経を集中し、『雷火』をイメージした。

 とはいえ見た事もないモノをイメージするのは難儀である。

 だからアキは雷火の名前の通りに『雷』と『火』をイメージした。

(エネルギー体とか言ってたし、格ゲーの飛び道具的な感じなのかな……)


 アキは『波動○』や『覇王翔吼○』といったゲームの技のようなモノをイメージすることにした。

(あんな感じで雷がバチバチいって、さらに火がブォォ! って燃える感じかな……)


 ……。


 数秒の沈黙が流れ、まずは虎子と常世、そして離れて見ていた巌と刃鬼がその変化に気づいた。


「ほぉぉ……」

 巌は感嘆のため息と共に湧き立つ鳥肌に愉悦すら覚えていた。

「血が……血が滾るのぅぅ」

 そして刃鬼はまるで戦友ともとの再会にも似た感動に震えていた。

「ら、雷火の気配! ……帰ってきたんだね……秋一郎……っ!」


 やがて他の武人たちもその異変に気づき始めた。

「アキくん……」

 リューの胸を騒がせるのは先程のときめきとは全く別の興奮か、或いは不安か。

 アキから放たれる『識』の気配は、その場の全員の想像を遥かに超えていた。


 アキもそれを肌で感じていた。

 体の奥底から立ち昇る蒸気の様なエネルギーは彼の髪を揺らめかせ、周りの空気を振動させている。

「こ、これって……」


『識』だ。

 澄が護符を構えた時に感じるようなエネルギーの奔流を感じる。


「やったわ! やっぱり秋一郎さんの識はアキくんに受け継がれていたのよ!!」

 常世は拳を握りガッツポーズを決め、虎子も両手を突き上げて興奮を隠しきれないでいた。

「キターッ! アキ、これでお前もようやくキャラが立つぞ!」

「そ、それは純粋に嬉しいけど……」

 アキの様子がおかしい。

 押し寄せる波の様に膨らんでいくエネルギーが、明らかに一方通行なのだ。

 彼の周りの空気がゆらゆらと揺らぎ、風景すらぐにゃりと歪ませて行く……!


「と、常世さん! これ、どうすれば……って、ちょっと!」

 助けを求めて常世を見やるアキだったが既に常世の姿は無く、あるのは虎子と猛ダッシュでその場を離脱するふたりの背中だった。


「あ、あれ? お父さんは?」

 異変を感じた澄が巌を探すが、巌も虎子達と同じように既に遁走していた。


「や、ヤバない……?」

 澄がポロリと零したその時。まずは麗鬼が逃げたした。それに遅れを取るまいと、武人たちは一斉に出口を目指した。

「あ! 麗鬼!! ちょ、鬼頭!! 環鬼おばさんまで?!」

 完全に逃げ遅れた格好の澄とリュー。

 その様子を横目で見ていたアキが泣きそうな声で叫んだ。

「おいちょっとみんな! なんで逃げるんだよ!?」

 そして澄達の方を向いたアキ。当然、彼の構えたライフルの銃口もそちらに向くわけで……。

「うわぁ! こっち見んなバカ!!」


 その拍子にアキの指先に力が入ってしまい、彼はうっかり引金トリガーを引いてしまった。

「あ」




 ちゅどッッッ!!



 ………

 ……

 …



 その『暴発』の振動は気象庁が設置した近隣県の地震計の針を揺らし、仁恵之里は震度3を観測したのだった。




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