第176話 国友の銃

 長方形のアタッシュケースに納められたライフルは重厚な黒光りで鈍く輝き、見る者を威圧するようだ。


 モデルガンとは明らかに違うその質感に、アキはそれでも確認せずにはいられなかった。

「ほ、ホンモノなんですか? これ……」

「勿論よ」

「マジか……」


 アキはかなりビビっていたが、他の武人たちは特に変わった様子もなくその銃を眺めていた。

「……あれ、みんなリアクション薄くない?」

 アキは声を震わせているが、リューは「いつももっと大きなものを見ていますから……」と苦笑いだ。


 虎子は箱のライフルを見てどこか安堵するようなため息をついた。

「蓬莱の得物えものに比べればこれは玩具オモチャだよ。アキ、蓬莱こいつの得物は象でも一撃で倒すような変態銃なんだよ。私は箱の中身がアレでなくて心底安心したよ」


 象? 象って撃つ事あるの?

 聞き間違いかと思ったが、誰も突っ込まないし相手はあの蓬莱常世……アキは何も言わず、様子見に徹した。


「やぁねえ虎子。私だっていきなりアレを撃てなんて言わないわよ」

「だよなぁ、下手をすれば骨折では済まないものなぁ。はっはっは」

「そうよ、鼓膜が破れちゃうわ。ふふふ」


 爽やかに笑い合う美女ふたりの脳裏に浮かぶは相当おぞましいモノなのだろうが、それよりもアキは常世のひと言が引っかかった。

「……撃つ?」

 すると常世はさも当然のようにライフルを取り出し、微笑んだ。

「そうよ。撃ってみなさい」

 そしてそのライフルをアキに手渡したのだ。

「いや、いやいや、無理ですよ! 大体、なんでいきなり『撃つ』とか言う話になるんですか?」

「識は遺伝するのよ。明確なエビデンスみたいなものは無いけどね。それを確かめる為に『撃つ』のよ」

「識が、遺伝?」


 それまでは『探り当てる』といった考え方しかしてこなかったアキの識。しかし、常世は全く違うアプローチでその真相に迫ろうと言うのだ。


「護法先生は確かに『識ではない』とご判断されたようだけど、それはアキくんの『謎パワー』についての事でしょう? 識に関しては未だ謎のまま……私はそう認識しているわ。では、どうして私が『識』にこだわるかといえば、澄ちゃんや円くん、それに有馬家の人達のように、識は遺伝するという『歴史』がその根拠よ」

「……遺伝って言っても、『父さんの識』とこのライフルと、どういう関係があるんですか?」

「秋一郎さんは識を物質化して投擲していたって事は知ってるかしら?」

「投げてたって事ですよね? はい、それは知ってます。見たことないし、いまいちピンときませんけど……」

「識が物質化することは有馬家の識がそうであるように、現実に事なの。でもそれはモノとして形のあるもの……例えば春鬼くんの『死嬉』の様な『物質モノ』の事を指すわ。でも、秋一郎さんは物質モノというよりプラズマ状の高エネルギー体を投擲していたのよ。でもそれはで、プラズマも物質の一種だけど普通なら空気中に放出されればエネルギーが逃げて……って、寝ないの!」

「はっ! すいません、全然分からなくてつい……」


 アキは頬をパンパンと叩いて気付けるが、虎子は既に鼻提灯をぷかぷかさせていた。


「まあ、早い話が秋一郎さんの識がアキくんに遺伝していたら、同じような能力なんじゃないかなって事よ」

「その、プラズマ的なモノを『〜ッ!』て出す的な?」

「ものすごくバカっぽく言えばそうね」


 結構ズケズケ言ってくる常世。

 アキはその歯に衣着せぬ物言いにちょっと傷付いたが、そんな事はお構いなしの常世は立ち上がり、刃鬼を見て背筋を伸ばした。

「有馬会長。弓道場をお借りしてもよろしいですか?」

 突然の問いかけにさっきのプラズマの下りで寝落ちしかけていた刃鬼が肩をビクリと震わせ、常世に聞き返した。

「きゅ、弓道場ですか? 構いませんが……なぜです?」

「アキくんの識を確かめるんです」

 そう言って、アキが恐る恐る抱えるライフルを指差すのだった。




 そして皆が弓道場へと移動し始めたが……

「あの、常世さん」

 刃鬼はこっそり常世に近づき、彼女だけに聞こえる様に言った。

「弓道場、壊さないでくださいね……」

 彼は先程常世が爆砕した襖をちらりと見て言うが、常世は困ったような笑顔でそれに応えた。

「うーん、保証は出来かねます」


 にっこり微笑む常世。

 刃鬼はその笑顔の奥に潜む鬼の笑顔をも、同時に見ている心持ちだった。

(火災保険、追加しようかな……)

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