第175話 武術家だらけの国友秋争奪戦

 巌の歓迎会はアキの対円戦作戦会議へと変更になってしまったが、巌を含め武人達は皆、ノリノリだった。

 アキ本人が呆然とする中、広い宴会場に机を並べてまるで討論会の様に席につく武人達。その瞳は皆一様に輝いていたのだ。


「むふぅ。問題は今のアキくんではという事だねぇぇ」

 会議開始と共に開口一番、巌は議席の中央でさも当然のように言い放った。


「いやいや、そうさせた張本人がそういう事言わないで下さいよ!」

 アキは半泣きだが、巌はうむぅ、と腕を組んで眉間にシワを寄せた。

「キミには済まないと思っているよぉ。しかしね、あのまま澄を円にやるわけにはいかなかったんだよ、父としてもねぇぇ」

「いやでもだからって……」

「じゃあ聞くが、キミはあのままでも良かったと思うのかいぃぃ?」

「いや、それは……」

 返答に窮してしまうアキ。

 確かに、澄の気持ちを無視した円の態度は宜しくないと思うのは確かだ。

「……まぁ」

 まーそりゃそーなんですけどでも、だからってねぇ……。


 という、何とも言葉にし辛い気持ちにやきもきするアキ。

 そんなアキを横目に、澄はリューに頭を下げまくっていた。

「ほんっとにごめんね、リュー。あんなしょーもないウソついてまで、アキを巻き込んじゃって……」

「ま、まぁ、仕方ないといえば仕方ないんですけど……でもまさか47になるなんて……」


 リューとしては複雑な心境だ。

 澄は春鬼の事が好きだから尚の事、円の気持ちには応えられない。だからあんな苦し紛れの嘘を吐いたわけなのだが、それがアキと円の決闘という話になってしまうとは思いもしなかったのだ。


 だが、長年武人会と共に生きてきた虎子はこの流れが見えていたし、この流れが愉快ですらあった。

(武人会の男共は今も昔も単細胞バカばかりで退屈しないなぁ〜)


「……こうなってしまったのならもう仕方が無い。アキも武人会に在籍する以上、これは避けては通れない道だ」

 キリッとした真摯な瞳でアキを見つめる虎子。しかし、内心では今にも頬が緩みそうだった。

(うむ、実にアツい展開だ……!)


 しかし、当の本人であるアキはまるで空気の抜けた風船のように萎れ、やる気だのなんだのと言う以前の問題という状態だ。

「……あのさぁ」

 そんなアキが、半ば諦めたしょんぼり顔で呟いた。

「円ってどのくらい強いんだ?」

「どのくらい? そうだな……」

 虎子は顎に手を当て、うーんと暫し考え、口を開いた。

「最新鋭の戦車一台分といったところかな?」

「戦車ぁ? なにがどうやったらあのきのこが戦車になるんだよ!?」

「円の扱う武符術というのは攻撃に特化した術だからな。アイツの親父とったことがあるがかなりの苦戦を強いられ、勝つには勝ったがあたり一面火の海になってしまってな。あの時は刃鬼にずいぶん迷惑をかけてしまった」

「それはもう災害のレベルだろ……」


 刃鬼の表情が暗いところを見るとかなりの被害だったに違いない。

 そして他の武人たちは虎子の円に対する『戦車一台分の戦力』という評に「まぁそんなところだよね」と至極納得していた。


「……いや、やっぱ無理だろどう考えても!」

「無理なものか。お前には素質がある。あの有栖羅市相手にテイクダウンを奪ったんだぞ? 自信を持て!」

「あんなもん偶然だって! 大体、俺はその時の事全然覚えてねーし!」

「偶然を必然にしてこそ武人会の武人だ。そのための武術だ! というわけで九門九龍をやらないか、アキ!」

 どっしり構え、ちょっとワルっぽい自動車修理工の様にアキを誘う虎子。

「やらねーよ! やっぱりそういう流れか!!」

 だが時すでに遅し。アキの周りには各流派からのラブコールが押し寄せていた。


 春鬼「国友、お前は有馬流をやるべきだ。夏の間の稽古を無駄にすることは無いぞ」


 勇次「いや、国友。お前は鬼頭流が向いてると思うぞ。ぜひ鬼頭流に!」


 澄「護符術は……無理かぁ」


 リュー「あ、あの、皆さんちょっと……アキくん困ってますよ」



 言いつつ、困っているのはリュー本人でもあった。

(アキくんがあんまり強くなって実戦配備されちゃったりしても困っちゃいますよ……)

 それは彼の身を案じる気持ちからなのだが、それではこの状況を打開できないのも十分理解している。

 そんなリューの心の裡を汲み、虎子は声を張った。

「まぁ待てみんな。アキは既にに声をかけられているんだ。横取りすると、後が怖いぞ……!」


 意味深に笑む虎子。その邪悪な笑みにアキの背筋が冷えた。

「え、まさか……」

「そのまさかよ!」

 そしてその時がやって来た!


「……ようやく私の出番ね!!」

 まさに炸裂するような蓬莱常世の声と共に襖が何故か粉微塵に吹っ飛び、どこからともなく吹き出す白煙の中から悠々と登場した常世は巫女装束ではなく迷彩服だった。

「やっと覚悟を決めてくれたようで嬉しいわアキくんってこら、待ちなさい!」

 アキは常世の登場と共に全力で逃走を試みたが抵抗虚しく、あっさりと常世に確保されてしまった。

「もう逃さないわよアキくん……」

「く、苦し……離して……」

 完璧に決まった裸締めで密着した常世の恵体にちょっとドキッとしたアキだが、命の危険は性欲よりリアルだった。


「止せ止せ蓬莱、マジで死ぬぞ」

 虎子が止めに入り、なんとか開放されたものの生きた心地を失った事には変わりないアキ。なにせ、最も恐れていた状況に晒されてしまったのだ。

「と、常世さん! 遠慮します! 全力で!!」

「まだ何も言ってないじゃないの」

「言わなくても分かりますよ! 蓬莱流に入れって言うんでしょ? 大事なことだから繰り返します。遠慮します!!」

「……虎子。あなたアキくんに蓬莱流についてあることないこと吹聴してない?」

 ジト目の常世に虎子は「私は事実しか話していない」と胸を張った。


「まぁいいわ。何にせよ、取り敢えず落ち着いて、私の話を聞きなさい」

 常世はゆったりと微笑み、アキを落ち着かせようと懸命だ。

 その裡に潜むオーガを知りつつも、その微笑みはまるで菩薩……。

「私があなたに蓬莱流を勧める理由は様々だけど、一番はあなたの『識』に蓬莱流が向いているからよ」


 識、というキーワードにその場の全員が常世に注目した。

「蓬莱、それはどういうことだ? アキの持つ謎パワーは未だに謎だ。老師は『識ではない』と断言したが、それなのになぜ『識』と言い切れる?」

「それはアキくんのお父様……国友秋一郎さんの『識』が理由よ」


 突然の父の名にアキが顔を上げると、常世は彼の目の前に大きな長方形の箱を差し出した。

「……これは?」

「ライフルよ」

「え、ライフル?」

 常世が箱を開けると、そこには映画で見るような黒光りする小銃ライフルが納められていた。


「これがあなたを勝利に導く鍵よ……!」

 常世の嫋やかだった微笑みは、いつの間にか攻撃的なそれへと変貌を遂げていた。

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