第174話 きのこたけのこ大戦争

「アキくん」

 リューの声が地鳴りのように唸った。


「詳しく……」


「説明してください」


「今、私は冷静さを欠こうとしています」


 ずい、ずいと真顔で近づいてくるリューにアキは全力で首を横に振りまくった。

(し、知らない知らない! 事実無根だよ!!)


 リューの瞳からハイライトが消え、彼女は感情を失った機械マシーンの如くにじり寄ってくる……が、それを遮る様に円がアキの眼前に立ちはだかった。

「……説明してもらおうか、ォ……」


 それまで見せていた好青年っぽさは完全に消え去り、昭和のヤンキーさながらの鋭い目つきで威嚇する円。

「いや、説明も何も……別に俺は澄と付き合って無いし……」

 と、言い終わる前に澄は大声で叫んだ。

「私は! アキと! 結婚を前提に! お付き合いしてるもん!!」



 その宣言は父である巌は勿論、トイレから戻った刃鬼を始め騒ぎを聞きつけてやってきた他の武人達にバッチリ聞かれてしまった。 


 澄は横目で春鬼を見やり、「やっちゃった……」と言いたげに両手で顔を覆い、俯いた。

 当の春鬼は真顔でその様子を見守っていたが、すぐにその視線をアキに振った。

「国友……」


(知りません知りません知りません!)

 アキは既に恐慌状態パニックで、首がもげるぐらい横に振りまくっていたが時すでに遅し。

 円は完全に敵を見る様な眼光をアキに向けていた。

「国友……お前、なんで黙ってたんだよ……」

 彼のきのこの様な髪がざわざわと波立ち、激しい識の気配がアキの肌をピリピリと灼く様だ。

「お、お、落ち着け円! 澄の話は全部デタラメだって!」

 しかし円の瞳は既に殺意に満ち満ちており、その指先には澄がそうするように『符』が挟まれていた。

「国友! ……地獄で俺に侘び続けろぉぉっ!!」

 彼の符が紫電を放ち、アキに向かってその殺気を収束したその時!


「むふぅッッッ!」

 巌が突然その符に手を伸ばし、殺気ごと粉砕するように円の符を握り潰してしまった!


「落ち着きなさぃぃ円ぁ……」

 そしてアキをギロリと睨めつける。

「実の父ですら、そんな話は聞いてないんだよねぇぇ」

「あ、あ、あわわ……」


 後退り、最早残された道は遁走しか無いと判断したアキ。

 なりふり構わず逃げ出そうと地面を蹴ったが、そうはさせまいと澄がしがみついてそれを阻止した。


(は、離せ澄! 何がしたいんか分からんが、このままじゃ殺される!!)

 必死のアイコンタクトを澄に送るアキ。

 しかし、澄と目が合った瞬間にその動きが止まった。

「あきぃ……」

 澄は涙を目に一杯溜め、懇願するような、謝罪するような顔をアキに向けていたのだ。

「澄……」


 その様子が何を言わんとしているか、長年の親友であるリューはいち早く察知し、これが澄のである事を察した。


 そんなことは百も承知の巌は「むふっ」と意味深な咳払いをし、アキと円の間に割って入って円をなだめた。

「円ぁぁ、落ち着きなさいぃぃ」

「しかし護法先生! 俺は国友を許せません! 人の婚約者に手を出すなんて……こんな外道は武人会に相応しくない! 今すぐ粛清すべきです!!」


 澄は「婚約してねぇし!」とツッコむが、殺気立つ円には到底届かない。


「待ちなさい円ぁぁ、物騒な事を言うもんじゃないよぉぉ。キミも武人会に籍を置く身なら、少しは自制を……」

「……そうですね、武人会の人間なら、武人会のやり方で決着をつけるべきですね!」


 円は指に挟んだ符を切っ先よろしくアキに向け、声を張り上げた。

「国友秋! 貴様に対して『武人会会則第47条』に基づく決闘を申し込む!!」


 ざわっ!

 その場の全視線がアキに集中した。


「……イヤだよ受けるわけねーだろそんなもん」




 と、言いかけた口がピタリと閉じた。 

(あれ、なにコレ……)


 武人会会則第47条は両者が承諾しなければ成立しない。だからハッキリと拒否すれば問題ない。

 アキはこの流れは確実に『47条ルート』だと察知していたので拒否の準備を万端にして待ち構えていたのだが、肝心の言葉が出てこないのだ。

(……まさか)


 澄か!?

 澄の護符術で言葉の自由が奪われたのか?

 ……と思ったが、澄は何もしていなかった。

 何かをしていたのは巌だった。

 巌は円には死角になる位置で護符を指に挟み、それと悟られないように術を発動していたのだ。


『悪いねぇぇアキくん……キミには簡単な識は効かないらしいから、チョイとキツめの護符術をかまさせてもらったよぉぉぉ』


 頭の中に巌の声が直接響いて来て気色が悪い。

 その様子を見て同じ護符術師である澄は、アキに何が起きているのか察知していた。

「お父さん……」


 アキは体の自由も言葉の自由も奪われ、巌の意のままだ。

「く、くうぅ……」

 全力で抵抗しているが、体が勝手に動いてしまう。

 彼の意志とは関係なく、アキは震える指先を円に向けていた。


 ヤバい。これはヤバい。

 この流れは絶対ヤバい。


 アキは助けを求める視線を虎子に向けたが、虎子は「実に面白い」と顔に書いてある様な表情で事の成り行きを見守っていた。


(ダメだ、こういう時の虎子はまるであてにならない……そうだ! 俺の謎力なぞぢからでこの護符術を無効化してしまえばいいんだ……! とりあえず、燃えろ……俺の小宇宙コスモよ!!)

 と、考えたところでそんなに上手く物事が運ぶものでもないのが世の常である。


「望むところだ! 蘭円ッッッ!!!」


 言葉の勢いと表情が全く釣り合わないのは自覚していた。

 抵抗虚しく……とは、まさにこの時のアキを指す表現であろう。


「お前のそのキノコみてーな頭を踏んづけてクリボーみたいにクシャクシャにしてやンよ!!」

 と、そんなことは全く思ってもいないセリフまで吐かされた。


 当然、円は憤怒した。

「なんだと貴様! この髪型はなぁ、澄が韓流スターが好きだっていうから……俺は俺なりに努力してんだ! それを貴様……!」


……ぶち殺してやる……!!


 怨嗟の様に呟き、円は符を挟んだ指で弧を描いた。

 すると空間が切り取られ、所謂『ワームホール』が出現したのだ。

「このままここにいたら本気でお前を殺してしまいそうだ……会長! 申し訳ありません、今日は失礼いたします!」

 刃鬼は色んな意味で青ざめた顔をこくこくと上下に振った。

「では、決闘の許可状をお願い致します!」


 去り際、円はアキの瞳を射抜く様な鋭い視線で「首を洗って待っていろよ……」と言い残し、去って行った。


 アキは既に半分白目でそれを見送り、巌の術から開放された途端、糸の切れた操り人形のようにその場に崩落したのだった。

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