第172話 今夜、家行っていいですか?

 そして夕方。


 リューは夕飯の支度をしながら、明日の朝の献立も考えていた。

(明日は土曜日……お姉ちゃんもいますから、だし巻き用の卵を残しておかないとですね。あと、なめたけも……)

 虎子はなめたけが大好物なので一之瀬家の食材棚にはなめたけがいくつも常備されている。

(よし、大丈夫!)

 リューはそれを確認し、虎子との一週間ぶりの再会に心を弾ませていた。

 と、その時。

 ピンポーン、と玄関の呼び鈴が鳴った。


(はて? こんな時間に誰でしょう?)

 エプロン姿のまま、リューは玄関へ向かった。

「はい? どなたですか?」 

 ガララ……と玄関の引き戸を引くと、そこには大きな荷物を背負った澄が涙目で立っていた。

「澄!? どうしたんですか??」

 すると澄はまるで迷子の子供のように涙声で言った。

「リュー……今日、一晩泊めてぇぇぇ!」


 ………

 ……

 …


 夕食の食卓には4人分の食事が用意されていた。

 もちろん、4人目は澄の分だ。

「ごめんね、急に……ご飯まで用意させちゃって」

 澄は申し訳無さそうに言うが、リューは全く気にしていない。

「いいんですよ、澄。ねぇ、アキくん」

「おう、この家のリーダーであるリューがいいって言ってんだからいいんだよ。気にすんな」

「り、リーダーだなんて……この家のリーダーはお父さんですよっ」

 何故か慌てた様子のリューの視線の先には、寂しそうな顔をした大斗が立っていた。

「気ィ使わなくてもいいんだぜ娘よ……俺なんて漫画以外で社会に貢献できることなんて何も無いからさ……」


 とかなんとか言いつつ、そんな事は露程も気にしていない大斗。スマートフォンをその辺にポイと放り投げ、食卓についた。

「刃鬼さんには話しといたぜ、澄。今日はウチに泊めるって言ったら、巌さんが寂しそうな顔してたってさ」

「そんなの嘘よウソ。だってあたしが帰ったらものすごいどんちゃん騒ぎやってたんだよ? 刃鬼おじさんもお父さんもベロベロに酔っ払っててさぁ。逃げる以外選択肢無くない?」

「まぁ、巌さんが帰ってきたんだからなぁ。そりゃ盛大に歓迎会するわな。俺も後で顔出しに行こうかな」


 アキは味噌汁を啜りながらそれを聞き、ずっと疑問だったある事を訊くなら今だと意を決した。

「あのさ、澄のお父さん……その、護法先生ってさ、入院してたんだろ? それが突然退院って……どこが悪かったんだ?」

 すると澄はなんでも無い事の様に返した。 

「どこも悪くないよ。寿命なのよ。寿命」

「じゅ、寿命?」

「そ。お父さんさ、12年前の戦いで『識』を使いすぎたのよ。んで、だいぶ寿命が縮んじゃって。何年か毎に大きな病院で療養して寿命を伸ばしてたんだけど、それももう限界なんだって。で、どう頑張ってももってあと1年だから気持ち切り替えて余生を楽しもうって考えて、帰ってきたんだってさ』


 かなりヘビーな事をさらっと言う澄。

 少し重くなった空気を散らすように、澄は明るく笑った。

「まぁ、しゃーないよ。ずっと前から分かってたことだし。でも見たでしょ? お父さんのあの元気そうな感じ。ウチらが暗くなる必要なくない? 最期くらい仁恵之里の武人らしく、パーッと寿命を使い果たしたいって言ってたし、みんなも遠慮とかしなくていいから、フツーにしててね!」


 フツーに、と言われても……と思うが、リューはにっこり微笑み「そうですね」と頷いた。

「武人は行住坐臥全て戦いです。当然、生きる事そのものも戦い……護法先生は武人としての生き様を私達に示しに帰ってきてくださったのかもしれませんね」

 すると澄はケラケラと笑った。

「ないない。どうせ『冥土の土産にお尻触らせろー』とか言って生き恥晒すだけよ。あのエロ親父……!」

「まぁ、そこは良くない見本というか、反面教師にしましょう的な感じに受け取りましょう」


 どこか『トホホ』というような表情のふたり。アキが首を傾げると、大斗がため息混じりにその理由を明かした。

「巌さんは根っからのスケベでな。暇さえあれば女の尻追っかけてんだよ。つってもまぁ尻触る程度だけどな」

「お尻触る程度って言うほど軽くないよ!」と澄は憤慨した。

「そりゃ昭和の感覚ならその程度かもしれないけど今は違うって。下手すりゃ警察沙汰よ?」

「まぁ、そうならないように刃鬼さんは巌さんが帰ってきてる間は有馬家の女中さん達に防犯ブザーの携帯を義務付けてんだけどな。でもまぁ、これからずっと刃鬼さんとこで一緒に住むんだろ? さすがに娘の側でセクハラなんてしねーよなぁ……いや、あの人にとっちゃそんなもん関係ないか……?」

「もうホント、トシ考えろってーの」


 ボヤきつつも澄からは巌に対する嫌悪感は感じられなかった。

 なんだかんだと言っても父親が側に居るのは嬉しいのかな、とアキは澄がちょっとだけ羨ましかった。


「……まぁ、お父さんの事はいいとして、問題は円よ〜!」

 澄はスマホのディスプレイを皆に見えるように差し出した。

 ディスプレイにはメールアプリが立ち上がっており、そこには円から『明日、改めて迎えに行くから花嫁道具の準備をしておいてくれ』というメッセージが表示されていた。

「明日来るとか言ってるし……マジで鬱だわ〜!!」


 既に半泣きの澄。

 アキ的には円にそれほどの嫌悪感を抱く理由がピンとこないが、こればっかりは当事者でなくては分からない部分もあるのだろう。


「明日は土曜日か。虎子に相談してみたら? 虎子なら力になってくれるんじゃないか?」

 アキが言うと、リューはバツが悪そうな苦笑いで言った。

「お姉ちゃん、円とは反りが合わないというか、因縁があるというか……なので、ちょっと無理かと……」

「虎子、色んな奴と因縁ありすぎだろ……」


 なんとか上手い解決方法はないだろうか。

 アキは割りと真面目に考えていたが、その時はまだ自分がこの件にガッツリ関わってしまう事になるなんて、知る由もなかったのだった……。

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