第171話 鉄の掟
遅刻したアキ、リュー、澄の3人は取り敢えず生活指導の教師にこってり絞られ、情緒不安定な澄は終始イラつき、そのせいでさらに絞られた。
急いで学校まで行かなければいけなかったので円と巌がその後どうなったのかはわからないが、教師から注意を受けている間、アキは巌の事を考えていた。
(澄の親父さんってあの人……やっぱり、覚えてない……つーか、おじいちゃんじゃねーの……?)
朝から散々な目に遭った3人は昼休みにようやくまともな休息にありついた。
昼食のために食堂へ来た3人だったが、精神的にも肉体的にも疲れ切っていた。
「今日は朝から疲れましたね……」
リューは弁当をゆっくりと口に運びながらぽそりと呟く。
アキも同じように力なく箸を動かすが……。
「そうだな。でも、澄ほどじゃないけど」
澄を見やると、彼女は机に突っ伏すようにして完全燃焼していた。
「円だけじゃなくて、なんでお父さんまで……」
思えば、アキはこれまで澄の父親について誰かから何かを聞いたり、澄から聞いたりということが無かった。
『入院している』と言うことは知っていたが、その人物像や背景などは全く知らない。
「……あのさ、澄のお父さん……
言ってからアキはしまったと思った。
朝からの疲れで呆けていたのか、何気なく考えていたことを口にしてしまったのだ。
さすがのリューも「それ聞く?」というような微妙な
しかし澄は特に気にする様子もなく、顔だけをアキに向けて言った。
「今年80じゃなかったかな」
「は? 80!? 嘘だろ?」
「ホントだよ。なかなか子供ができなかったんだって。ちなみにお母さんはそこまでトシじゃなかったよ。お父さんが年上だったってだけで」
「年上ってレベルじゃない気が……」
「うん、まあそれは置いといて……『符術師』って識の力が強いからだかなんだか知らないけど子孫が残しにくい人も多いんだって。だから早く結婚して、早く子供作ってっていう昔からの伝統っつーか、しきたりがずーっと続いてんだったさ」
「だから円は結婚結婚言ってたのか……」
しきたりだとか『掟』だとか……武術とか符術とか、そういった伝統的なモノには未だにそういうものがあるのかとアキは自分の知らない世界を垣間見る心持ちだった。
あと、あのムキムキ具合で80とかやっぱ嘘だろとも思うがここは仁恵之里。もはやその程度のことにはさして疑問を感じなくなっていたアキだった。
「……符術師ってことは、円も護符術を使うのか?」
「あいつは
「攻撃的なのか……確かに最初は円自体もオラオラな感じしたもんな。でも、いいヤツじゃん。癖強いけど……なぁ、リュー」
同意を求められたリューは頷きながらも、やや微妙な面持ちだった。
「いい人はいい人なんですけど、少し気位が高いというか、ちょっとツンツンしたところがあるかもしれませんね」
「……それってアイツがエリートだからかな」
「え? エリート? どうしてそう思うんですか?」
「アイツの着てた制服。あれ、東京じゃ有名な進学校の制服だよ。滅茶苦茶頭が良くてスポーツも出来ないと入れない有名校で、卒業生は一流企業とか官公庁とか、エリートばっかりなんだってさ」
「気がついてたんですね、さすがアキくんです……」
ちょっと感心するようなリューの視線に照れくさそうなアキ。それを見て澄は「あんたらはいいよね」と呟いた。
「円はあのまま学校行ったっぽいけど、お父さんは
ぼやくように零し、複雑な瞳でどこを見ているのかわからない澄。
その様子から父を慮る娘の心境はイヤでも伝わってくる。
アキとリューは顔を見合わせ、彼女にかける言葉を探すのだったが……。
その頃。
有馬家では護法巌の突然の登場に、刃鬼を始め武人会本部はてんやわんやの大騒ぎになっていた。
「ご、護法先生!!」
刃鬼にとってまさに青天の霹靂。大先輩のご帰還に声を震わせ、有馬流の門弟、そして武人会本部職員たちは騒然となっていた。
「久しぶりだねえぇ、刃鬼ィィ」
「病院は……お、お体はよろしいのですか?」
「……もういいんだよ」
いい、とはどういうことか。
良くなった、という意味では無いことぐらい、刃鬼は分かっている。
巌はふふふ、と掠れるように笑った。
「もう十分休ませてもらったよ。お陰であと1年は行けそうだよぉぉ」
「1年……ですか」
「十分だよォォ」
1年。それは巌がこれまで仁恵之里に残した功績に対して、あまりに短いタイムリミットだろう。
「……短い余生だァァ、せめて故郷で過ごさせてはくれまいかァァ」
短い余生、という言葉が重い。
それを本人自らが口にするのだから、尚の事だ。
「……勿論です! 先生!!」
刃鬼は溢れる涙をこぼすまいと、ぐっとこらえて上を向いた。
「……酒だ! 酒もってこおおおい!」
刃鬼は叫んだ。彼にしては珍しい大声に、皆が驚いていた。
「護法先生のお帰りだ! 盛大にお祝いしよう!!」
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