第170話 武符術師 蘭 円
澄の様子が明らかにおかしい。
小刻みに震え、声を出したくても出せないその口元をあわあわさせて戦慄している。
「……!!」
これは
取り敢えず動画撮っとくか、とアキがスマホを構えると、背後から例の男子生徒が猛ダッシュで接近してきた。
「澄! 迎えに来たぞ!!」
『ヒ、ヒィィィッ! 来るなぁ!!』
澄はアキの背後に隠れ、明らかな拒否反応を示していた。
「澄! 僕はついに16歳になったんだ! 結婚しよう!」
『うるせー! するかバカ!!』
「約束だろ? それに僕達は許嫁じゃないか!」
『知るか! あたしはそんな約束してねーし! 許嫁とかあんたの妄想でしょ!!』
アキを挟んで始まったよくわからない痴話喧嘩……登校中の他生徒達も突然の騒ぎに集まってきてしまった。
「とにかく結婚だ! 今すぐしよう!」
『もーやめてよー! あんたには恥ずかしいって概念無いの??』
「何を恥ずかしがることがある? 胸を張るべきことだろ?」
『マジでやめてよぉぉ……』
『結婚』だなんておめでたいキーワードに周りの生徒達も興味津々だ。
関係ないにしろふたりに挟まれ、しかも注目の的の巻き添え状態のアキとしても居心地はよろしくない。
「……えーと、おふたりさん。ちょっといいかな?」
アキが割って入ると、円はキッと鋭い瞳でアキを睨んだ。
「なんだお前は!」
「いや、何って……澄の友達だよ」
「名を名乗れ! 僕は
「いきなりなんだよお前は。とりあえず落ち着けよ」
「いいから名乗れ!」
「……国友 秋だよ」
「国友……?」
何かに思い当たった様子の円。そんな彼にリューが補足した。
「国友秋一郎さんの息子さんですよ」
「……!」
すると円はハッとした様子で再びアキを見た。そこに先程のような鋭い視線は消えていた。
「……キミが噂のアキくんか!」
突然穏やかな物腰へと変化した円。
ある種の豹変と言っても良い変化にアキは戸惑うというよりちょっと引いたが、攻撃的な態度は収まったようなのでこれはこれで良しとした。
「そ、そうだよ。噂かどうかは知らないけど……」
「色々と話は聞いたよ。お父様の事は残念だった……心よりお悔やみを申し上げます」
「え? あ、その、ご丁寧にどうも……」
「お父様には我々蘭家も随分世話になったんだ。恩返しというわけではないが、僕にできることがあればなんでも言ってくれ。力になるよ!」
「あ、ああ。ありがとう……」
こいつさっき16歳とか言ってたよな、歳下でしかも初対面なのになんでタメ口……?
と、アキは釈然としないが、彼の態度は友好的で親切だ。
つまらないことで話を拗らしては本末転倒。アキはモヤモヤした気持ちをぐっと抑えて、とりあえず円をなだめることにした。
「円……でいいか? ちょっと確認したいんだけど」
「ああ、いいよ。確認? 何でも聞いてくれ」
「結婚とかなんとかよくわかんないんだけど。あと澄のこの嫌がり様とか、説明してくれないかな?」
「僕と澄は許嫁なんだよ。僕が16歳になったら結婚するって、子供の頃からの約束なんだ」
すると澄がアキの背後で「してないしてないしてない……」とスケッチブックに写経のように書き殴っている。
「……してないって言ってるけど」
「澄が覚えていないだけだ」
「嫌がってるよ?」
「照れてるだけさ」
「……そもそも16じゃ結婚できなくないか? 昔は知らないけど、今は18歳からしか結婚は出来ないはずだぞ」
「法律なんて関係ないさ。僕達符術師は16歳になったら伴侶を得るというしきたりがあるんだよ。どうしてもというのなら、取り敢えず
澄はアキの背後で「よくないよくないよくない……」とダイイングメッセージの様な文字を書いていた。
円と澄の関係性はよくわからないし彼の言っていることは無茶苦茶だけど、その熱意は嫌というほど伝わってくる。
とはいえ澄の嫌がり様は露骨とも言える。
一体何が彼女をそこまでにさせるのか。
「……円さぁ、そんなに澄が好きなのか?」
アキの問いかけに円は即答した。
「好きだ!!」
彼の大きな声は、辺りを一瞬でしん……と静まり返らせた。
澄は頭を抱えて
「……どんなところが?」
アキの問いかけに円は即答した。
「全部だ!!」
その一点の曇りもない清々しい告白にアキは心を打たれた。
「……なぁ澄。いいヤツじゃん。結婚したら?」
しかし澄は憤慨した。
『
「いやでもめっちゃお前の事好きだろ。今のアツい一言聞いた? 今どきいないぞこういうの」
『なんも考えてないだけだっつーの!』
澄はスケッチブックを放り投げた。
そして彼女はアキの背後から飛び出すと護符を両手に目一杯広げ、自分の額にも護符を貼り付けた。
まるで中国の伝統妖怪の様な格好だが、こうすることで澄は一時的に自由に言葉を発することが出来るのだ。
「円……今すぐ帰って! じゃないとぼてくりこかすよ!」
臨戦態勢の澄。しかし円はその鬼のような気迫を歯牙にもかけない。
「物騒な事を言うなよ澄。お前にそんな乱暴な言葉は似合わないぞ」
「キショいんじゃ! さっきから妄言吐き散らかしてさぁ!」
「……やれやれ。天邪鬼なところは相変わらずだなぁ」
「本心だよ!」
澄から発せられる識の気配は刺すような殺気に満ちている。リューですら息を飲むその殺気を向けられても円は平然としていた。
「澄、僕は本気だ。護法先生にも直接この気持ちをお伝えした」
「は? お父さんに?」
「そうだ」
「伝えたって……直接?」
「当然だろう。そして、結婚のお許しを……」
『それは、まぁぁだだよぉぉぉ……』
突然、どこからともなく野太い声が響いた。
まるで地響きの様なその声にアキは辺りを見回すが、リューも澄も円も同じ所に視線を移し、澄はその気配に慄いた。
「お……お父さん!?」
その視線の交差した宙空から護符が噴出し、それはあっという間に人型を型取ったかと思うや否や、瞬く間にそれらは『護法巌』へと変化した。
「ぶるわぁぁぁ……」
白い髭に覆われた口元から重機の様な排気音を響かせ、護法巌はついにその姿を現したのだ。
突如現れた着流し姿の筋骨隆々な老人にアキは唖然とした。
こういう感じの登場にいちいち驚かなくなっていたアキだったが、その老人が澄の父親だということには驚きを禁じ得なかったのだ。
(ゴツっ! 似てなっ! つーか
『おじいちゃん』の間違いじゃないかと思う程だが、澄はハッキリと『お父さん』と呼んでいる。全く謎の状況だが、巌はそんなものを全く気にする様子もなく澄に笑いかけた。
「久しぶりだねぇ澄ぃぃぃ」
「お、お父さん、身体は……? 入院してなきゃ……」
「ふっふぅぅ。心配ないよぉ? 見ての通り元気一杯さぁ」
巌からは紫電を迸らせる程のエネルギーが満ち溢れている。
澄は予想もしなかった父の登場に言葉を失うが、そこにリューが割って入った。
「お、お久しぶりです護法先生……」
「おおぉ、リュー。しばらく見ないうちに大きくなったねぇぇ。随分腕を上げたと見えるよぉぉ」
「はい、ありがとうございます。あの、先生……お取り込みのところ申し訳ないんですが……」
「なんだいぃぃ?」
「時間が……」
「時間んんん?」
すると遠く離れた校舎の方からキンコンカンコンと始業を報せる朝のチャイムが鳴り響いた。
「……遅刻、なんですけど……」
無言で辺りを見回すその場の4人。
しかし周囲には既に誰ひとりとしておらず、その時点で澄、リュー、アキの遅刻は確定したのであった。
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