第169話 奴等が来る!
奉納試合の夏から、季節はあっという間に流れ、冬。
山間部に位置する仁恵之里の冬は早い。
12月に入る頃には雪が降り始め、あっという間にすべてが雪に覆われる。
東京での記憶しかないアキにとって、仁恵之里のような豪雪地帯というのはまさに異世界だった。
「嘘みたいに降るんだな……」
東京では数年に一度クラスの降雪が連日続き、容赦ない寒さに体がガタガタと震える。厚着をしていてもそれを貫通するような寒さにアキは恐怖すら覚えた。
普段の通学路も積雪と凍結によりアキにとってはまるでアスレチックだ。
滑らないようにそーっと歩くその姿に、リューはにっこりと微笑んだ。
「今年はまだ少ない方ですよ? 地球温暖化の影響なんでしょうかねぇ」
リューは凍結路面も何のその。普段通りにすたすたと歩くどころか、凍った路面をスケートよろしくツルツルと滑って楽しそうだ。
「ちょ、ごめんリュー。手ぇ貸して……」
「はい。いいですよ」
差し出されたアキの右手。
手袋越しとはいえ、繋いだ手の感触にリューは胸が高鳴った。
「はっ……」
「……なに? どうかした?」
「な、何でもないです」
「……あ」
アキもようやく『手を繋いだ』という事に気がついた。
別にそれ自体はどうということは無いのだが、
そこへ背後から「ヒューヒュー!」と、まるで小学生のような冷やかしの声と共に魔琴がやって来た。
「ヘイヘイおふたりさん! 朝から見せつけてくれちゃってんじゃないの〜!」
制服姿の魔琴は凍結路面も何のその。小走りでアキとリューの側を駆け抜けて行った。
「あきく~ん! 今度はボクとお手て繋いで学校行こうね〜!」
そしてあっという間にアキ達を追い抜いていく。
「あいつ、こんな道でよく走れんなぁ……」
「運動神経抜群ですね、魔琴は」
「運動神経とかいうレベルじゃないと思うけど……」
軽やかに走り去る魔琴を見送るアキとリュー。
そんな魔琴に、道行く生徒たちは声を掛けていく。
「マコちゃーん、オハヨー!」
「おはよう、呂綺ちゃん!」
「おーっす、魔琴〜!!」
その声に、魔琴は弾ける様な笑顔で応えるのだった。
「みんな〜! おっはよ〜!!」
「魔琴はもうすっかり仁恵之里の一員ですね」
リューが嬉しそうに言う。
「そうだな、あっという間に人気者だよな」
アキも嬉しかった。
魔琴が親善大使として仁恵之里やって来てからというもの、彼女は持ち前の明るさと可愛らしさで瞬く間に仁恵之里各地の人気者となっていた。
魔琴は自らも人間の世界に馴染もうと努力し、同時に里へ下級鬼達が降りてこないように見回りをしたり、降りてきた鬼に対しては引き返す様に説得をするなどして『鬼の被害』を未然に防ぐ努力も欠かさない。
そんな一生懸命な姿は仁恵之里住人の心を打ち、彼女は
とりわけ仁恵之里高校男子からの支持は凄まじく、呂綺魔琴ファンクラブ『神聖! マコマコ王国』は会報を印刷所に発注するほど会員数を増やしていた。
そんな魔琴は今日も朝から元気一杯、自らの使命を果たすべく邁進しているのだ。
と、そんな魔琴を見送るアキとリューの間からスケッチブックがにょきっと顔を出した。
『魔琴も朝から頑張るねぇ。あんな薄着で寒くないのかな』
「あ、澄。おはようございます」
『オハヨーリュー、アキ』
振り向くとそこにはスケッチブックを携えた澄がいたのだが……彼女はもこもこのダウンコートにマフラー、分厚い手袋といかにも暖かそうなスノーシューズという完全防寒仕様で、その着膨れしまくった姿にアキは思わず吹き出してしまった。
「お前はそんなに厚着で暑くないのかよ。っつーかお前も雪国育ちで寒さには強いんじゃねーの?」
『うるさいなー! あたしは寒がりなの!』
と、スケッチブックに書く文字も寒さのせいでふらふらと揺れていた。
『寒い寒い! 早く学校行こー!』
スケッチブックに書く文字もほぼ殴り書きだ。澄は相当寒さに弱いらしい。
「……お前も大変だな澄。いちいち書くのも大変だろ」
アキは分厚い手袋のせいで文字が書きにくそうな澄を見て言った。
『仕方ないでしょ。お父さんが術を解いてくれないんだもん』
澄はその強大な護符術の力をコントロールするために、彼女の師である父・「
『あたしはもう大丈夫だって、護符術をコントロール出来るって言ってんのに、お父さんがまだダメだーってさ。あーもーウゼー!』
「……そうだ澄。護法先生といえば、今朝……」
と、リューが言いかけた時、澄は突然前方を見て硬直した。
「……澄?」
「どした? 澄」
アキが澄の視線の先を追うと、そこに立つひとりの男子生徒に目が止まった。
(……誰だ?)
見かけない顔だった。
仁恵之里には高校が1つしかなく、生徒数も多くない。一学年に
(それにしてもあの髪型……)
アキはその男子生徒の髪型に目が釘付けになってしまった。
それは良く言えば『韓流アイドルのようなマッシュヘア』
そうでなければ『きのこ』。
アキが彼に抱いた印象は、文句なしに後者だった。
「なぁリュー。あいつ、知ってる?」
アキはリューなら知っているかと彼を指差すと、リューは素っ頓狂な声でその男子生徒の名を呼んだ。
「……
その声に気がついたのか、その男子生徒はこちらを振り向き、その拍子に彼のマッシュヘアがふわりと揺れた。
それに異常な程の反応をしたのは澄だった。
『ま! ままま……○✕△□!!』
と、後半は判別不可能な程に殴り書きだったが、そこには『円!?』と書いてあるようだった。
するとその男子生徒は妙に熱っぽい声色で彼女の名を呼んだのだった。
「……澄!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます