第161話 九門九龍VS呂綺家宝才
試合会場は既にクライマックスの盛り上がりだった。
リューが一方的に攻勢を仕掛ける展開は、会場の大歓声の勢いに押されてこのまま試合が決してしまうのかと思うほど。
同じく、リューも自らが勢いに乗っていることを自覚していた。
初弾の『弓代』、続く『腰巳編』。共にクリーンヒットの確かな手応を覚え、追撃のアッパーカットも理想的なタイミングだった。
(……このまま一気に!)
可能だと思った。
なにしろ、魔琴は既に二十を超える連打をもろに喰らい、戦意を喪失……
「っ!」
そう思った瞬間、リューの全身が泡立った。
ゾッと湧き上がるような寒気は、自らの心の隙間に芽生えた『油断』と、根拠のない『予測』。それを裏付けるような魔琴の『行動』だった。
放たれた拳足の間隙を縫う様に現れた魔琴の右手が……人差し指と中指を重ね、切っ先の様に象ったその指先が、素早く鋭くリューの右胸に突き刺さったのだ。
瞬間、魔琴とリューの視線が衝突した。
魔琴の整った鼻から流れる血や、薄桃色が赤く滲んだ唇から確かなダメージが見て取れる。
しかし、その瞳は戦意喪失とは真逆の闘志に満ち満ちていた。
「……調子に乗んなぁ!!」
魔琴が吠えた!
直後、リューが後方に吹き飛んだ!!
わっ! と沸く会場。
リューは大きく弾き飛ばされながらも体勢を整えて踏ん張り、歯を食いしばってその激痛に耐えた。
(今のは……!)
この感覚は『呂綺家の宝才』。
過去に2度経験した、その体の奥底から湧き上がる痛みは間違えようがない。
それをこれまでにない程、まともに喰ってしまった。
痛みは瞬間的に感覚を奪う。
強ければ強いほどそれは顕著だ。
その危険性を推し量るために神経が一瞬遮断されるのだ。
それがいけなかった。
リューの感覚が痛みに奪われた一瞬。
その一瞬で魔琴は間合いを詰め、左廻し蹴りを放っていた。
それは狙いすました一撃。
リューの感覚の喪失も、そして宝才で潰したリューの
ガコッ!!!
鈍い音がリューの右側頭部で弾けた。
(右腕が動かない!?)
リューは蹴られた衝撃よりもその事実の方が恐ろしかった。
やはり、自分の推察は正しかったのだ。
魔琴の宝才は急所、もしくは経穴を突き、そこに電撃のような何かを流し込むことで敵にダメージを与えるか、この右腕のように行動不能にしてしまうような性質のモノだとリューは推測していた。その何か自体が宝才といってもいいのだろう。
……しかし、今回を含めて3度経験した『呂綺家の宝才』において『突かれた』のは今回だけだ。
過去2回は……!
その時、蹴り足を着地させた魔琴が、追撃のようにリューの額のあたりを片手で鷲掴みにした。そして魔琴は破裂するように叫んだ。
「呂綺家宝才・『
バチッッッ!!!
高圧電線がショートしたような音と凄まじい衝撃がリューの額で炸裂し、その威力は彼女の頭部を弾き飛ばすような形で後頭部から激しく地面に叩きつけたのだ。
ウワッ!!
会場が歓声で揺れた。
リューは倒れた状態のまま反応がない。
誰が見ても決定的なダウンだった。
澄が涙目で叫んだ。
「リュー!!」
無意識に立ち上がって舞台に駆け寄るが、自身が張った結界にはじき返されてしまった。
「立て! リュー!!」
春鬼が叫んだ。
「一之瀬!!」
勇次が声を張った。
「リュー先輩!!」
麗鬼が声を振り絞る。
彼女だけではない。仁恵之里の全住人がリューに声援を送る。
しかし、それらすべてはリューに届いていなかった。
宝才の直撃と後頭部を強打したことによる脳震盪でリューの意識はどろどろに溶けていた。
音も、光も、思考さえも、リューの手から離れてふらふらと宙に浮いているようだったのだ。
(あの宝才は……触れるだけでも……)
その混濁する意識の中、それでもリューは『呂綺家の宝才』を反芻していた。
そう、呂綺の宝才は何も急所や経穴を突かずとも、触れただけでも発動するというのだ。
「……やっかいですねぇ」
虚ろな瞳で呟くと、すぐに彼女はガクガクと全身を強張らせて震えた。
脳へのダメージが遅れてやってきたのだ。
その様子に鬼側の座席は大きく沸いた。
鬼側座席の最前列に空間転移した不死美、桃井、大斗は背後から津波のように襲い来る狂気の雄叫びに震えた。
「り、リューちゃん……」
凄惨な光景に青くなる桃井。
大斗は鋭い眼差しでリューを見つめ、
不死美は無表情だった。
羅市は「良し!」と拳を握り、魔琴に檄を飛ばす。
「決めろ! 魔琴ォ!!」
言われるまでもない。
魔琴はすでに大きく飛び上がり、空中で両足を揃えていた。
狙いは痙攣で四肢がこわばり、防御不能のリューの頭部……!
「ごめんね」
落下の途中、魔琴は呟いた。
言ってからハッとした。
無意識の一言だった。
これで終わりか。
案外、呆気なかったな。
打たれた顔と脇腹の痛みは思い出に取っておこう。
せめて、そのくらいのことは。
魔琴は、リューの事を特別な人間として覚えておきたかったのだ。
リューはまどろむ意識の中で、アキと見た花火を観ていた。
また来年も、見に行こう。
そう言ってくれたアキの言葉が、本当にうれしくて。
そう思うと、このままじゃいけないと。
そう思うと、アキの声が聞こえて。
確かに聞こえる。アキの声が。
声を枯らして自分を呼ぶ彼の声が。
澄の声が。春鬼の声が。そして、姉の声が。
「諦めるな!」
と。
「……九門九龍……」
リューは仰向けのまま突如体を縮め、ヘッドスプリングの態勢をとった。
ざわっ!
どよめきとざわめきが会場に響く。
もう動けないと思っていたリューが動いた!
最もざわついたのは魔琴だった。
彼女にはそれが信じられないというよりも、怖かったのだ。
「九門九龍・『
リューはヘッドスプリングの要領で真上に飛び上がった。
そして両足を開き、まるで落下してくる魔琴を迎え入れるようにその体を両足で挟み込み、そのまま地面に引きずり込んだ!
「う、ウソでしょっ!?」
魔琴は思わず声に出してしまった。
この様子では、潰したはずの右腕も回復してしまっているに違いない。
全く底が知れない。人間とはとても思えない未知の強さを見せつけられ、魔琴はそれでもニヤついてしまう。
「……やばっ!」
マヤの本能には抗えない。
魔琴は極上の夜に震える思いだった。
しかし、戦局は大きく変化した。
まるで海中から急浮上し、大きく跳んで再び海中に姿を消す鯨さながらの『九門九龍・鯨』。
その大きな口に捕らわれた獲物は深い海に引きずり込まれ……
観客の誰かが叫んだ。
「
人間側の観客が一斉に沸いた。
武人たちも思わず拳を握る。
それほどに、人々が信頼を置く九門九龍の
皆、リューの真価が発揮されるのがこの局面だと確信しているのだ。
しかし、虎子だけは悲痛な面持ちだった。
「……リュー……!」
まるで道に迷った幼子のような
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