第156話 奉納試合

 同じ頃。

 桃井と羅市はリュー達とは別の場所で花火を観ていた。


 桃井はこれほど見事な花火は初めて見たと、率直に感動していた。


「す、すごい……」

 特に最後の花火は素晴らしかった。

 夜空がまるで真昼のようになるほどの花火なんて。桃井は未だに夢見心地だったのだ。


 そんな惚ける桃井を、羅市は豪快に笑った。

「はっはっは、すっげえだろ。今年は過去最高の出来じゃねえかな? そんな時に来られたなんてラッキーだなァ、桃井さん」


 桃井と羅市は神社に設けられた簡易酒場からそれを見ていた。



 花火が終了すると、あたりが急にざわめき始めた。

「……これでお祭りは終わりなんですね」

 このざわめきは祭りの後特有の「余韻」だ。

 なんでもそうだが、楽しさのあとの寂しさというのは浮き彫りになるものだ。

 桃井がそう言って寂しげに笑うと、羅市は小首を傾げた。

「何言っちゃってんの? これからだぜメインはよ。奉納試合の時間だぜ」

「奉納試合?」

「おうよ。噂をすればだ……魔琴! まこと~~~!!!」

 羅市は桃井の背後に誰かを見つけたらしく、その人物に向かって手を振った。


「あ、姉さん! やっぱりここにいたんだね~」

 駆けてきたのは少女で、リューと同い年ぐらいだろうか。

 とても可愛い少女で、なによりその銀髪がまるでアニメキャラのような……。

 桃井はその少女に既視感を感じていた。

「あ、あの、あなたどこかで会ったことがないかな?」

 既視感などではない。桃井は目の前の少女に見覚えがあった。

(なんとなくだけど、蓬莱山の時に……)


 魔琴は桃井をじっと見詰め、思い出したように「はっ」とした。

「おねえさん、蓬莱山で寝てた人?」

「寝てた……っていうか、気絶はしてたけど……」

「やっぱりそうだ! じゃあお姉さんが『桃井さん』なんだね。 有栖姉さんから話は聞いてるよ。……なるほどね〜、姉さんが言ってた通りの人だね! 姉さんが友達になったのも分かるわぁ」


 羅市が自分をどう言っているのかは分からないが、魔琴の様子を見るに高く買ってもらってそうな気配が、桃井はちょっと嬉しかった。


 魔琴はにっこり笑って、右手を差し出した。

「ボクは呂綺魔琴。よろしくね、桃井さん! 魔琴って呼んでね!」

「私は桃井みつき。よろしくね、魔琴ちゃん」

 魔琴はにこにことかわいらしい笑顔で頷いていた。


「ところで姉さん。今日の試合さぁ、セコンドやってくんない? やっばりパパは無理っぽくて」

 魔琴が苦笑いでそう言うと、羅市も「まぁそうだろうな」と苦笑した。

「ああいいぜ。 むしろ喜んでやらせてもらうよ」


 ふたりはどこか楽しげに何かを話しているが、桃井にはよく分からない。

 すると魔琴が不意に桃井へ話を振った。

「ねぇねぇ、桃井さんも見に来るんでしょ? 『奉納試合』」

「え? 奉納試合? ……何か、武術とかの演舞的な事をするのかな?」

 

 武術が盛んだと聞く仁恵之里の事だから、武人会の誰かが武術の演武か何かをやるんだろうか。

 桃井はそんなふうに考えていた。


 しかし、魔琴はふるふると首を横に振った。

「演舞? 違う違う。今日はボクとリューが戦うんだよ」

「え? リューちゃんと、戦う??」

「そうそう。ガチでね!」


 そうか、なるほど。試合をするのか。

 リューは九門九龍という武術をやっているし、魔琴が何か武術の類をやっていても何の不思議もない。

 桃井はようやく合点がいった。

 つまり、リューと魔琴が『空手や柔道のような感じで試合をする』と。

 そういう認識に至った桃井は「なるほど」と手をポンと打った。


「そうなんだ。それが奉納試合なんだね」

「試合というかだけどね。ガチの真剣勝負!」

「……ころし……え?」

 

 予想に反する答えにいまいち要領を得ない桃井に、羅市が補足した。

「奉納試合はマヤと武人の一騎打ちだ。どっちかが死ぬまでやり合うんだが、すっげー燃えるぜ」

 羅市の笑顔に闇がかかったように見えたのは、桃井の気のせいだろうか。


「で、でも試合なんですよね? ルールとか……」

「ないない。まァ、見ればわかるよ」

 そう言って羅市は懐から一枚の『短冊』を取り出した。

「今日の試合はリューと魔琴のデスマッチだ。多分、リューが死ぬ」

「……あ、あの、羅市さん。冗談ですよね?」

「いや? マジだよ。……これがホントの仁恵之里の姿なんだよ、桃井さん」

 羅市は真剣な表情で続けた。


「これは入場券だ。コレ持って神社の境内の奥に行けば、そこにいる武人会の誰かが会場まで連れてってくれるよ。来るか来ないかは、お前さん自身が決めな」

 羅市は『入場券』を桃井に差し出すが、桃井は抜け殻のようにただその短冊を見つめていた。

 その様子を、羅市は無理もないと受け止めていた。

 だが、それでも続けた。これは桃井のためだと考えていたのだ。


「別に来なくてもいい。でもそれならもう仁恵之里には来るなよ。辛い思いをするだけだからな」

 羅市は短冊を桃井のズボンのポケットに突っ込み、踵を返した。

「さァ、あたしらは準備があるからそろそろ行くわ。じゃあな桃井さん」

 羅市は背中越しに手を振り、魔琴はにこにこと手を振った。


「殺し合いって……嘘でしよ……」

 取り残された桃井は祭りの終わりではなく、始まりのざわめきの中に巻き込まれていったのだった。

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