第155話 来年も、また
リューはまるで幼い子供のように祭りを楽しんでいた。
「わ、アキくん、金魚すくいですよ!」
出店を回るリューの表情は、全く曇りのない綺麗なものだった。
これから魔琴と戦うなんて嘘なんじゃないのか? と言いたくなるほどに澄んだ笑顔。
「……よし、やってみるか?」
アキは金魚すくいの網を買い、リューに手渡した。
顔には出さないが、リューは緊張している。そして魔琴と戦う事に躊躇している。葛藤している……いや、しない訳はない。
アキはそう感じていた。
それでも思い切り祭りを楽しもうとしているリューに、アキは胸が締め付けられる思いだった。
思い切り祭りを楽しむリューの姿からは、今は少しでも試合の事を考えないようにしようという気持ちが見え隠れしていた。
……それがいいのか悪いのか分からないが、今は僅かでもリューの『心の負担』を軽くしてやりたい。
アキはそう考え、せめて今はリューを元気づけたいと考えた。
一緒に祭りを楽しむことが、少しでもリューを助けることに繋がるのなら……。
だからアキとリューは祭りを存分に楽しんだ。
露店を回り、買い物をし、昔同じ事をしたように、ふたりは祭りを楽しんでいた。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、日も落ちかけた頃。
ふたりは虎子に声をかけられた。
「おーいリュー、アキ。楽しんでいるようだな」
リューは元気いっぱい、「はい!」と答えた。
「それは何より。それはそうとリュー。そろそろ時間だ」
時計を見やり、虎子は真剣な眼差しで言った。
「はい。お姉ちゃん」
リューも姿勢を正してそれに応えている。
そのやり取りに、アキは直感した。
ついに魔琴との対戦の時が来てしまったのか……。
「リ、リュー。その、なんて言っていいかわからないけど……」
アキが死地に赴くリューに声をかけようとすると、リューはアキの手を引いた。
「アキくん、早く行きましょう!」
「え? 行くってどこに!?」
まさかこのまま試合会場?
試合がどこで行われるか分からないが、リューは笑顔でアキの手を引くのだった。
「あ! 来た来た! リュー、アキ、虎ちゃんも~遅いよぉ~」
リューが向かった先には澄がいて、春鬼や麗鬼、勇次もいて……いつものメンバーが揃っていた。
「こ、ここは……??」
向かった先は河原だった。
そして目の前にはレジャーシートを広げてくつろぐ、いつもの面々。
「……なぁ虎子。時間って、何の時間だったんだ?」
いまいち状況の掴めないアキは、そう虎子に耳打ちする。
しかし虎子はきょとんとして、
「花火大会の時間だが?」
と、首をかしげた……次の瞬間。
どん!
突如響き渡る、空気を震わせる重低音。
ぱらぱら……火花を散らし、夜空に星が散る。
わぁっ、という歓声とともに一発目の花火が夜空に花を咲かせた。
そして二発目。
どん! どん!! ……ぱらぱら……。
さっきよりも大きな花火だった。
大小様々な花火は、夏の夜空に次々と大輪の華を咲かせていく。
「綺麗……」
リューはうっとりとしてその美しい光に見とれた。
花火の光が彼女の顔をいろいろな色に染め、照らし出す。
アキはそれを本当に綺麗だと思った。
アキは思った。どうして今日はリューがこんなにも輝いて見えるんだろう。
リューの浴衣を一目見たとき、思わず本心がこぼれた。
綺麗だと、可愛いと、声に出てしまった。
いつも一緒にいるからたまに分からなくなるが、リューはとても可愛くて、綺麗な女の子だ。
おっちょこちょいで天然で、どこか抜けてるけど無茶苦茶強くて、そして優しい女の子だ。
そんなリューが、今日は一際綺麗だ。
透き通って見える。
輝いて見える。
どうしてだか分からないが、もしかしてそれは……儚さゆえか?
アキの思考にそんな言葉が過った。
儚い?
何が?
リューが?
何故?
……花火の儚さが彼女の儚さを照らし出したのか。
どうしてそんな事を考える?
何を不安がっている?
リューはこんなに、こんなにも……はっきりと、ここに居るじゃないか。
それなのに……。
「また来年も、一緒に見に来ましょうね」
最後の花火が打ちあがる直前、リューはアキに囁いた。
彼女の右手は、アキの左手を大事なもののように優しく握っていた。
ドンッ!
まず、最初の花火が打ちあがり……
ドン! ドン! ドドド……!
次々と打ちあがる花火。
身体に響く地鳴りのような重低音と、鮮烈な色とりどりの閃光。
勢いを増しながら連続で打ちあがる最後の花火は、その光で夜の空を真昼の空のようにしてしまう。
辺り一面が白い光に包まれ、歓声が沸き起こり、リューの笑顔も白く照らし、そのまま視界ごと真っ白になり、リューの表情はアキの瞼に笑顔のまま焼きついた。
最後の花火があまりに鮮烈過ぎて、暗闇に戻った視界は完全に露光を狂わせていた。
明るくて、暗くて、何も見えない。
ただ、その声だけははっきりと聞こえた。
「さぁ、行こうか……リュー」
虎子の声。
「……はい」
リューの声。
白む視界に、ふたりの声だけが確かに響く。
アキの視界が戻るのが一瞬早ければ、彼は間に合っただろう。
だが、一瞬遅かった。だから間に合わなかった。
視界が戻り、アキが見たのはリューの背中だった。
それはもう少女の背中ではなかった。
戦う者の背中だった。
……声をかけられない。
『声をかけないで』
彼女の背中がそう語っていた。
それを、澄も春鬼も勇次も分かっていた。
誰もリューに声をかけない。
ただ、その背中を見送っている。
リューと虎子は一度も振り返らず、闇の中へ消えて行った。
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