第154話 仁恵之里の夏祭り
翌日……仁恵之里祭り、そして奉納試合当日。
アキとリューは約束の時間通りに有馬家へと向かった。
有馬流の門弟に案内され、通されたのは有馬家の建物ではなく、武人会本部のある建物だった。
(ちなみに有馬邸内に有馬家と武人会本部がある。有馬邸は超広い)
案内されるがままに行くと、ロビーで虎子が待っていた。
「おはよう、ふたりとも。時間通りだな」
「おはようございますお姉ちゃん。……ところで、本部で何をするんですか?」
リューがキョロキョロと辺りを見回していると、虎子は彼女の肩を抱いた。
「ん? それは見てのお楽しみ……さぁリューはこっち。アキは別室で待っていろ」
「は? なんでだよ?」
しかし虎子はアキの疑問を無視し、リューを連れて何処かへと行ってしまった。
「……なんなんだ?」
アキが腕を組んで憮然としていると、有馬流の門弟がやってきて言った。
「国友さんはこちらへどうぞ……」
わけも分からず別室に通され、お茶まで出されて待つこと数十分間。
門弟は去り際に『国友さんの分のご用意をしてまいりますので、少々お時間を頂きます』
こちらでお待ち下さい……と、アキに何かを用意するような口ぶりだったのだが。
(随分待たされてるけど、なんの用意だ?)
スマートフォンを弄るのも飽き始めたころ、襖で隔てられた隣の部屋から何やら物音が。そして、虎子の声がアキを呼んだ。
「おーい、アキ。準備はいいか?」
と、いきなり言われても困るアキ。
「なんのだよ?」
「リアクションさ」
「は? リアクション??」
「よし、開けるぞ……!」
そして両側からすすすと開かれた襖……その奥には浴衣姿の虎子、澄、そしてリューの姿があった。
「……ぉぉお……!」
思わず唸るアキ。
その美しさ、可憐さ、そして可愛さに息を呑んだ。
虎子の浴衣は白を基調とした清廉な浴衣姿で、彼女のプロポーションの良さを生かしたどこか色気のある浴衣だ。
澄の浴衣は薄いピンクをベースとした桜色と表現できる可愛らしい浴衣で、鞠や扇といった和柄が七五三を思わせる澄にはがっつりハマる浴衣。
そしてリューは藍色が艶やかな浴衣で、アップにした髪がその深い藍の色味によって普段より何倍も大人っぽく見える美しい浴衣だった。
あまりの美しさにあわあわと言葉がうまく出てこないアキを見て、虎子は胸を張って高笑いした。
「はっはっは! どうだアキ! 仁恵之里が誇る美少女軍団の浴衣姿は! 刃鬼の意向で武人会の武人は仁恵之里祭りを浴衣着用で大いに楽しむのが義務なのだよ! むむ? 感動で言葉も出ないか! そうかそうか! はーっはっはっは!」
澄はニヤニヤしながらリューをずいずいっとアキの前まで連れていき、
「どうよアキ?」
と、なんとなくゲスな笑顔を浮かべた。
リューは赤くなってもじもじとしていたが、勇気を出して一言。
「……どうですかアキくん、似合ってますか?」
と、まるで囁くように問うた。
アキは信じられない程の可愛さを前に呆然としつつ、
「……うん、滅茶苦茶似合ってる……可愛いよ……」
と、普段なら恥ずかしくて言えない言葉が思わず零れ出た。
「っ!」
リューはその言葉に顔を耳まで真っ赤にして応え、澄と虎子はガッツポーズをかました。
「ようし! 次はアキ、お前の番だ!」
虎子が声を張ると、それを合図とばかりにどこからともなく有馬流門弟が数人現れ、アキを別室へと運ぶ。
「うわっ! ちょっと!? まさか俺も浴衣に!?」
まるで米俵でも運搬するように輸送されるアキ。
「さっきも言っただろう?これは義務だ! つーわけでお前の大変身、楽しみにしてるからなアキ~!」
そう言って虎子達は手を振ってアキを見送ったのだった。
その頃、招待客として招かれていた桃井はこの祭りの規模の大きさに驚いていた。
「す、すご……」
この祭り、仁恵之里のような山間の山村とは思えないほどの大盛り上がりで、既に振る舞い酒でほろ酔いの住人も多々見られた。
「ちょっとすいません、そこ通してください……私も一杯頂けますか?」
タダ酒に対して遠慮は無粋が座右の銘の桃井。速攻で振る舞い酒をゲットし御満悦。
「……うん、美味しい! やっぱり水が違うのね! この大自然に抱かれた仁恵之里の清流がこんなにも芳醇でフルーティーな香りを生むんだわ!」
早速一杯ひっかけてゴキゲンな桃井。
そんな彼女に呼びかける、とある美女の声がした。
「おー桃井さん! 来てくれたか! つーかもう
浴衣姿の羅市が升酒片手に現れたのだ。
「あ! 羅市さん。 今日はお招き頂きありがとうございます! そういう羅市さんこそもう飲んでるじゃないですか〜っていうか浴衣からお胸が零れ落ちそうですよ!」
2杯目が入って上機嫌な桃井。羅市もそんな桃井に豪快に笑った。
「あっはっは! いい感じだな桃井さん! 今日はとことん飲もうぜ!」
「はい〜お供します〜」
3杯目に突入してかなり気持ちよくなってきた桃井。
「サイコーですね仁恵之里祭り! 来てよかったぁ!」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないの! よし! あっちに今日だけ特別な酒を出す店があンだよ。行こうぜ!」
「是非是非! レッツゴー!」
そうしてふたりの酒豪は肩を組んで祭りの喧騒の中に消えていったのだった。
同じ頃、浴衣姿の武人達が蓬莱神社に勢ぞろいしていた。
【
虎子は武人たちの先頭に立ち、声を張った。
「良し! 遊ぶぞ!」
おう! と応えるアキ以外の武人達。
それはなぜかといえば、アキはこの状況に乗り遅れていたし、不安しかなかったのだ。
……アキは正直、こんなことをしていていいのかと不安だったのだ。
あと数時間でリューは魔琴と……。
そう考えると、とても遊んでいられる気分には……。
アキがそんなことを考えていると、澄が突然アキの背中をずいずいと押し始めた。
「お? おい澄? なにすんだ?」
「あんたはここ」
「は? ここ?」
そこはリューの隣だった。
「で、あたしは……春鬼、行こ!」
「……ああ」
澄は春鬼の手を引いて何処かへと行ってしまった。
アキが状況を掴めないでいると、今度は麗鬼が勇次と何処かへと歩き始めた。
虎子は近くにいた常世を見つけると「じゃあな!」とばかりにアキとリューに手を振り、その場を去った。
つまり、アキとリューはペアになり、その場にふたりきりとなったのだ。
そしてアキがその事に気がついた時、彼の手に細く、柔らかな感触が。
リューの手が、アキの手を遠慮がちに握っていたのだ。
「……覚えていますか?」
リューは頬を赤らめながらアキに問う。
「まだ小さい頃、一緒にこのお祭りに来てたんですよ」
「……」
覚えていない、という言葉が唇を開く直前。
アキの脳裏に朧げな記憶の断片が蘇った。
しかしそれは余りに細かく、記憶としての形を成していない。
だが、色彩という感覚的な部分は直感的になぞることが出来た。
「……リューの浴衣……その色だった……」
「そうです! 覚えててくれたんですね!」
正確には思い出した、と言ったほうが正しいのかもしれないが、リューの嬉しそうな顔を見たらそんな言葉は引っ込んでしまう。
「……アキくんと一緒にまたこのお祭りに来られて、私は嬉しいです……!」
彼女はアキの手をしっかりと握り直し、弾けるような笑顔で言った。
「さぁ、行きましょう! アキくん!」
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