第152話 静かなる
そして翌日、夕方……。
「ええ?! お姉ちゃん、帰っちゃったんですか??」
「虎ちゃん帰ったのって、アキが変なことしたからでしょ?」
帰宅早々、お土産を目一杯ぶら下げたリューと澄が悲鳴のような声を上げた。
「……急な仕事が入ったとかで、昼ごろ帰ったよ。ふたりによろしくってさ」
アキがそう説明すると、リューも澄も残念そうに肩を落とした。
……虎子は帰ったわけではない。『充電』に入ったのだ。
腕の中で消えていった虎子。
アキはその感触が未だに消えないでいた。
「まぁ、仕事なら仕方ないよ。虎ちゃんデキる女だから、職場でも頼りにされてんのよきっと」
澄も残念そうだが、さらに残念そうなリューを慰める。
「……そうですね。ああ~、でもこれ、お姉ちゃんと一緒に食べたかったなぁ」
リューはなにやらお菓子の箱のようなものを取り出した。
それはアキも見たことのある、東京で有名な洋菓子店の包みだった。
そんなふたりを横目に、大斗は大きな段ボールを抱えながらアキに耳打ちした。
「……『充電』か?」
アキが小さく頷くと、大斗はアキの背中をポンポンと励ますように叩いて言った。
「そうか。まぁ、来週にはまた会えるさ」
そう言う大斗も、なんだかんだで残念そうだった。
「ところで大斗さん、そのでかい段ボールの中身って、まさか本? 持ってった漫画、売れなかったのか……」
アキが段ボールを見て気の毒そうに言うと、大斗は首を横に振った。
「いや、完売だよ。おかげさまでな」
「え? じゃあ、その箱は?」
「カネ」
大斗はそう言い残し、段ボールを抱えて彼の仕事場へ向かった。
……かね?
お金??
あの箱の中、全部???
んなわけないか。聞き間違いだろう。
アキはお土産を広げるリューや澄の所へ行き、彼女たちの土産話を聞くことにした。
「でね、すごかったんですよ。列が外まで伸びちゃって」
「あたしなんて写真撮られまくったっつーの。『そのおでこのお札、何のコスプレ?』とか言われてさぁ」
二人の話を聞いてもいまいち現場の状況がつかめないが、とにかく楽しそうで良かった。
(虎子と有馬さんの件は秘密にしとかなきゃな……)
二人の笑顔を見て、アキはそう心に決めたのだった。
翌日、祭りの打ち合わせのためにアキとリューは有馬家へ向かったのだが、ふたりを出迎えたのは包帯と絆創膏だらけの春鬼だった。
当然、リューはそんな春鬼を一目見るなり驚いて大きな声を上げた。
「しゅ、シュン兄さん!! その怪我、どうしたんですか!?」
「ああ、ちょっと稽古でな……」
言いつつ、春鬼はアキへ目配せをした。
それがどんな意味なのか十分わかっているアキは何も言わずに頷く。
春鬼も頷き返すが、その際ほんの一瞬目付きが鋭くなった。おそらく、あの目はオーデッドのモノだと直感するアキ。
それが何を意味するのかは分からないが、なんとなく『俺は負けてねぇからな!』と言われている気がした。
「祭りまで……いや、奉納試合までもう日がないが、首尾はどうだ? リュー」
不意に春鬼は真剣な表情……『武人の顔』でリューに問うた。
「はい。問題ありません」
リューも武人の顔で答える。
8月25日は今週の日曜日……もう一週間を切っている。
その日はこの仁恵之里が一年で一番賑やかになる日だという。
そんな日に、リューは魔琴と戦うのだ。
それは試合ではなく、死合。
文字通り、命をかけた戦い。
ようやく芽生えかけた友情を、そのお互いが摘み取り合うのだ。
有り得ない。
あんまりだ。
そんなことがあっていいのか……。
しかし、ここは仁恵之里。常識の範囲外。
リューと魔琴は、どうしたって戦うんだ。
もうその運命は変えられない。
それなのに、どうしてリューはあんなにも凛としていられるのだろう。
それが仁恵之里の武人の覚悟なんだろうか。
アキには到底理解できない過酷な運命を背負った同い年の少女。
その覚悟にアキは尊さを感じると同時に、そんな運命を課した『何者か』に憤りを感じずにはいられなかった。
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