第146話 有馬春鬼VS一之瀬虎子

 春鬼はリューの代わりに奉納試合に出ることが望みで、虎子はそれを許さなかった。

 その結果がこの状況なのか? 


 だからといってふたりが戦う理由になるのか?

 この段になって尚、アキは納得出来なかった。

 春鬼の刀を見てしまっては尚更だ。


 その春鬼の刀。今は鞘に入っているとはいえ、直ぐにでもその白刃をさらけ出さんばかりのプレッシャーを放っている。

 対する虎子はその体から陽炎のように闘気を発している。

 彼等は本気だ。元より隠すことを考えていない殺気が辺りに充満している。


 やはり、今すぐやめるべきだ。

 このままではふたりが無事に済まない。


 そもそも、こんなことを決闘で決めるなんて馬鹿げてる!


「もうやめろよふたりとも! こんなの間違ってるよ!」

 二人の間に割って入ろうとアキが駆け出した、その瞬間。


「……いけません。国友さん」

 それはアキの目の前に黒い壁のように立ちはだかった不死美によって阻止された。

「な、なんでだよ! なんで止めるんだよ不死美さん!」

「これが正式に認可された決闘であるからです」

「正式も何も、こんな決め方あるかよ! だいたいリューには何の断りもなしにやってんだろ? だったら尚更じゃないか!」

「……わたくしも同じ思いです」

「だ、だったら止めようよ不死美さん! こんなの間違ってる!」

「間違っています。しかし、彼らにとっては正しいのです」

「なっ? 何言ってんだよ不死美さん……」

「武人会会則第47条のもとに戦うという事……それは生半なまなかな事ではありません。国友さん、あなたはリューさんと鬼頭勇次さんの戦いをご覧になったはずです。あの時もお二人は自らの矜持を賭して文字通りの真剣勝負に挑まれました。武人会の武人には常人には理解し難い、或いは理解を超えた精神世界があるのです。何人なんぴとも侵されざる神聖な領域……一言で申し上げるのであれば、それは『尊厳プライド』と申し上げることができましょう」


 不死美は力強く言い切った。その強さは意志の強さだ。

 彼女はぶれなかった。

「であれば、わたくしにはとてもこの決闘の邪魔などできません。崇高な武の精神を侵す事はできません。だからわたくしは見届けます。彼らがその心に覚悟を刻んでいるのであれば、わたくしも同じく覚悟を以って見届けるまでです。あなたは如何なさいますか? 国友さん」

「……っ」


 アキが言葉に窮すると、虎子がその場で準備運動の様に身体を揺すりながら言った。

「平山の言う通りだアキ。私も春鬼も武人の誇りと信念を賭けて戦うんだ。……それにこの会則第47条があるからこそ、武人会は今日までやってこれたんだ。考えても見ろ、武人会のような我儘で頑固者の集団が他人ひとの意見にいちいち忖度そんたくすると思うか? 気に入らなければ拳で語り、勝ったほうの意見に従う……これほどシンプルで合理的な方法は他にない。なぁ、春鬼」


 すると春鬼も頷き、姿勢を深くした。

「そういうことだ国友。そして麗鬼。俺達には、これしか無いんだ」


 春鬼は刀を鞘に納めたまま、腰を落として構えた。

「虎子。俺が勝ったら、俺は自分の想いをリューに伝える。包み隠さず、全てを伝える。いいか?」

「……私の許可など必要ない。決めるのは彼女だ」

「そうだな……」

 春鬼はそのまま刀を抜くことなくやや半身に構え、ふっと脱力した。


 その構えは、素人目にも分かる『居合の構え』だった。


「面白い」

 虎子が不敵に笑むと、空気が変わった。

 深く静かに重くなった空気はアキと麗鬼を後退らさせ、不死美には戦闘開始の合図として伝わった。

「……それでは、おふたりとも。ご存分に」

 そう言って不死美がアキと麗鬼の位置まで下がると、虎子は身体を揺するのをやめて構えた。


 ゆらりと両手を持ち上げ、前傾姿勢……やや脱力し、小幅に足を開いた。

「有馬の居合と九門九龍……どちらがはやいか勝負と行こうか、春鬼!」

 そして虎子が先手を取った。

「征くぞ! 九門九龍・『白石はくせき』!」


 ざん!!


 虎子の足元の砂利がぜ、彼女の姿が消えた!

 余りの速さに常人の動体視力ではその姿を捉えられないのだ。


 ざ! ざ! ざ! ざ!!


 虎子の靴底が境内の砂利や石畳を蹴る音が鳴り、その瞬間だけ虎子の姿が僅かに見えた。


 まるで瞬間移動だ。または分身の術……?

 アキの目にはまるで虎子が何人もいるように見えてしまうのだ。


「……流石は姫様。素晴らしい技の冴えです」

 不死美は感嘆の声を漏らした。

「あの技は文字通りの神速で機動することによって相手を撹乱する九門九龍の得意手。無軌道に動いているように見えますがその実、確実に仕留めるための間合いを詰めているのです」


 不死美の言う通り、虎子の動きが春鬼との間合いを詰めに行っている。いつ襲いかかられてもおかしくないその動きに春鬼は警戒し、その場から動くことが出来ないでいるようにも見えた。


「に、兄様……」

 麗鬼が不安そうにか細く鳴いた。

 しかし、アキには決して春鬼が劣勢にあるとは思えなかった。むしろ、今にも状況を打破する為に動き出すような気迫を、虎子を目で追う春鬼の瞳に感じたのだ。

 そんなアキを横目に不死美は呟いた。

「……良い感性です」

 直後、春鬼が動いた。


「有馬流……『流星銀りゅうせいぎん』ッ!」

 春鬼の右手が流れるように刀の柄を撫でると、彼を中心に銀色の輪が出来た。


 それは何重にも連なった輪のような斬撃。超速の白刃が流星の様に無数の光の尾を引き、間合いに侵入にした虎子を一刀両断に……

「ぬるいぞ春鬼!!」

 虎子の喝が春鬼の流星銀やいばを掻い潜り、彼の目前で炸裂した。

「九門九龍・『火鷹鋸かおうきょ』!!」


 虎子の放った膝蹴りはまさに鷹の一撃!

 あの無数の斬撃を掻い潜った速さも驚異的だが、その中で間合いを詰めたのもまた驚異。

 虎子の強烈な踏み込みの反発そのままに突き上がった右の膝蹴りは尖った鋸刃の様に春鬼の顎を確実に捉え、撃ち抜いた!


「ッ!!!」

 上半身が大きくのけ反る程の衝撃を受けた春鬼だが、その右手は刀を手放しはしなかった。

 かろうじて人差し指と中指で挟むように繋がれた彼の愛刀・死喜しきは未だ流星の煌めきを失ってはいなかったのだ。

「ッ……があああっ!!」


 気合一閃。春鬼のものとは思えない獣の咆哮と共に、大上段から打ち下ろされた『流星銀』が虎子の左肩から右脇腹にかけて銀色の尾を引いた!!


 ……恐れていたことが起きてしまった。


「と、虎子おおッ!!」

 アキは叫んだ。

 彼の目にも確かだったのだ。


 春鬼の刃が、虎子の身体を躊躇なく切り裂いたのだ。



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