第141話 しあわせのかたち

 ある日の夕方。

 ピンポーンと、一之瀬家の呼び鈴が鳴った。

「はーい?」


 夕飯の支度をしていたリューが応対するために玄関の引き戸を開けると、そこには魔琴が立っていた。


「魔琴?」

「やあ、リュー」


 魔琴は白いドレス姿だった。

 リューは制服姿の魔琴しか見たことが長ったので、そのあまりの美しさに目をしばたかせた。


「ど、どうしたんですか? も、もしかしてアキくんにご用ですか?」

「違うよ。リューに会いに来たんだ」

「私ですか? ……とにかく、立ち話もなんですし、上がってください」


 リューが魔琴を迎え入れようとするが、魔琴は首を横に降った。

「ううん、いいんだ。ボクはリューの顔が見たかったんだよ」

「……どうしたんですか魔琴。何かあったんですか?」

「いや? なんもないよ。ただ、会いたかっただけ。じゃあ、帰るね!」

「え? ちょ、魔琴?」

「バイバイ、リュー」


 魔琴の足元から闇が吹き上がり、それは白いドレスを飲み込むように魔琴を連れ去っていった。


「……何だったんでしょうか」

 リューは魔琴が数秒前までいた場所を見つめて首を傾げていると、背後からアキの声が彼女を呼んだ。

「どした? リュー」

「え? ……なんでもないですよ」


 リューは魔琴の事を伏せた。

 その理由は彼女自身よくわからない。

 ただ、嫌な予感がしたのは事実。

 それはアキと魔琴を接近させたくないだとか、そんな理由ではない。

 もっと暗く、深く、冷たい……不吉な予感がしたからだった。


「……」

「アキくんこそ、どうかしましたか?」

「え?」

「私の顔、じっと見て。私の顔になにかついてますか?」

「い、いや、なんでもないよ」

 そう言ってアキはどこかへ行ってしまった。


(ここのところ、アキくんの様子も変なんですよね……)

 リューは最近、アキの視線を感じることが時々あった。

 全然イヤではないのだが、ちょっと気にはなる。何かを言いたげな彼の視線は一体何なのか……。



 そこでリューは図書館業務の日に澄を呼び、彼女の意見を仰ぐことにしたのだが、澄は「すぐに警察呼んだほうがいいよ!」と、アキの謎視線を切り捨てた。


「きっと妄想の中でリューをけがしてんのよ! あの変態、許せない!!」

「ちょ、澄、落ち着いて……」

 人気ひとけのまばらな図書館に、澄の怒声が木霊こだましていた。


「……てのは冗談よ冗談。アキのことだし、なんも考えてないんじゃない?」

「うーん、でも何かを言いたげというか、訊きたげというか……」

「ならあたしが確かめてあげようか? あいつが罪を犯す前に」

「なんの罪ですか……」

「……そうそう、様子が変といえば、春鬼も変っちゃあ変なんだよね」

「シュン兄さんが?」

「なんていうか、真剣っつーか、自分を追い込んでるっていうか。稽古も自主練メニューとか組んでさぁ。必要以上に鍛え込んでる感じ」

「それは単に、もっと強くなるためなのでは?」

「ちょっと違う気がするんだよね。なんつーかなぁ……俺は覚悟を決めたぞ! やったるぜ!! みたいな感じ? 分かる?」

「なんとなくですが……」

「ま、男の考えることなんて大体単純なんだけど、それだけに何考えてんのかわかんないのよねー。面倒くさぁ」

「ふふっ、そうかもしれませんね」


 ふたりがくすくすと笑い合っていると、彼女達のスマホが同時に鳴った。

「……」

 短く鳴ったそれはメールの着信。

 同時にということは、武人会からの一斉送信と見て間違いない。


 本能的に、心に警鐘が鳴る。

 澄はそれをつぶさに感じながらもスマホを手に取りディスプレイを確認し、短い悲鳴の様な声を上げた。

「……え?」


 リューも同じくディスプレイを見ていたが、彼女は声を上げることはなかった。

 その代わり、視線を鋭くした。


 メールの表題は「武人会議開催のお知らせ」。

 内容は、奉納試合について。

 開催は今週の土曜。

 3日後だった。


「き、急すぎない?」

 澄の声が震えている。

 それは目の前のリューの瞳があまりにも落ち着いていたからだった。

「……覚悟はできています」


 だから大丈夫。

 リューはそう続けた。


 リューのその「大丈夫」という言葉が、澄は怖かった。


 その覚悟があまりにも透き通っていて、はもちろんすらも真正面から見据えているようで、怖かったのだ。

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