第139話 スーパーソニックジェット箒
アキ達が帰宅する頃には、時計の針は午後5時を回っていた。
そしてその30分ほど後に虎子は帰宅した。
「おかえりなさいお姉ちゃん。……会議の後にシュン兄さんとどこかにいってたんですか?」
玄関まで迎えに出たリューが、虎子に問う。
「ん、見られていたか」
「見てたわけではないですけど、ふたりだけいなかったから……」
「なるほど、そういうことか」
虎子はどこかおどけるように微笑んだ。
「ちょっと話があるとかなんとかで
「そ、そうだったんですね。また有馬家にご迷惑をおかけしてしまいました……」
いやリューは悪くないよね、とアキが突っ込むと、虎子はバツが悪そうに頭を掻いた。
「うむ。面目無い」
虎子は片付けをしていたというが、それなら自分たちにも声がかかりそうなものだし、そもそも刃鬼から話があって然るべきなのではないか。春鬼から話が行くのは少し違和感があると、アキは感じていた。
それに一瞬何かを含む様な間があった事が気になったが、次の虎子の一言がアキの思考を一発で刈り取った。
「ところでアキ、明日から刃鬼の道場で稽古をつけてもらうらしいな!」
心底楽しそうな顔で言う虎子。その笑顔に何かいろいろと邪推してしまうアキ。
「そ、そうみたいなんだけど……有馬流の稽古ってやっぱキツイの?」
「夏は毎年死人がでるぞ」
「え?! う、嘘だろ!?」
「……以前は秘密裏に処理していたが近年のSNSの進歩によってそれも難しくなって来ているそうだ。だから有馬流にはSNS専門の火消し部隊が存在し、トゥイッターやインスタグラァムを24時間監視してさらにトレンド操作まで……」
「お姉ちゃん!!」
そこでリューのお叱りが入った。
「滅茶苦茶なこと言ってはダメですよ! アキくん、いまのは全部ウソですからね!」
「わ、わかってるよさすがに……」
「有馬流の稽古は合理的で無駄がなくて実用的だってお姉ちゃんいつも言ってるじゃないですか! なんでそんなウソをつくんです?」
「いやすまんすまん、ピュアなアキをみてるとついからかってみたくなってしまってなぁ。確かに有馬流の鍛錬法は合理的だが、武の鍛錬は決してスマートな事が良し、というわけではないぞアキ。時には許容できない理不尽を課せられる時もある。しかしそれを敢えて受け入れ、乗り越えねばさらなる高みへは到達出来ない。武人会の武人達は皆、その理不尽を乗り越えて来ているんだ。だからお前も頑張れよ!」
こういうときの虎子の圧倒的存在感はさすがに歴戦の武人を思わせる。さっきまでののんびりとした空気が一気に引き締まった。
(つーことは有馬流にもその理不尽な修行があるわけね……)
アキの気がずんと重くなった、その時だった。
突然背後の襖が開き、大斗の巨体が居間の畳の上に崩れ落ちるように倒れ込んできたのだ!!
「うわあああ!」
大斗崩落に巻き込まれるアキ。
「きゃあ! 大丈夫ですかアキくん! あと、お父さん!」
大斗は憔悴しきり、虚ろな目で「キャンディ、キャンディ」と呟いている。大斗がこうなってしまっている時は決まって……。
「そうか、今日は締切だった!」
虎子はそのことに気付き、同時に背後から忍び寄る禍々しい気配を察知した。
「っ!」
飛び退き構える虎子。
この気配は甲種上位の鬼か、それ以上……臨戦態勢の虎子だったが、襖の奥からよろよろと現れたのは桃井だった。
「も、桃井さん!?」
大斗を見れば一目瞭然だが、締め切り前の追い込みは相変わらず修羅場だったようで、桃井も立っているのがやっとと言うような歩みでゼェゼェと息を切らしていた。
「ま、間に合った……は、虎子さん……アキくん、リューちゃんも……おかえりなさい……」
「桃井さん、だ、大丈夫か?」
「大丈夫です虎子さん……はやく行かなきゃ……原稿を、編集部に……」
「し、しかし今からでは新幹線の時間が危ういのでは? それに、駅までのタクシーは呼んでいるのか?」
「……忘れてました……」
ドシャアッ!!
というもっともらしい効果音とともに膝をつくように崩れ、顔面から畳に突っ込む桃井。
「も、桃井さん!」
そこで真っ先に動いたのは、意外にもリューだった。
「大丈夫ですか桃井さん! しっかりしてください! 襟のボタン外しますね。呼吸が楽になりますから……」
これまでなら積極的に桃井と関わろうとは決してしなかったリューが、桃井を抱き起こしてしかも介抱までしているではないか。
蓬莱山での一件を経て、心の変化というよりも精神的に成長した妹の姿に感激する虎子。
はからずも目頭が熱くなってしまう……。
「お姉ちゃん、どうしたんですか? なんで
泣いてるんですか?」
「い、いや、なんでもない……それよりも、桃井さんと原稿をなんとかせねば……そうだ、レレを呼ぼう! あいつなら誇張抜きのマッハで東京までひとっ飛びだぞ」
それを聞いた桃井は真っ青な顔で飛び起きた。
「そ! それだけはやめてください!! さすがに1日に2度も音速超えは無理です! 勘弁して下さいいい!」
数時間前にレレの超スピードを経験した桃井。羅市の背後に乗っていたからなんとか耐えられたが、もしそうでなければ今頃バラバラになっていた自信がある。
「そ、そうか、それは困ったな……レレがだめとなると藤原か? いや、藤原は不在だったな。なんでも出張だとかなんとかで……」
「うう……折角原稿は間に合ったのに……ぐすん……」
ついに泣き出してしまった桃井。
常に気丈な彼女の涙はそれだけに本気の涙だ。リューは本心からなんとかしてあげたいと思うが、いいアイデアが思いつかない……と、その時。アキが挙手しながら言った。
「不死美さんに頼んでみたら?」
全員の視線がアキに集中した。
「だ、だって桃井さんは不死美さんが魔法使いだって知ってんだろ? 記憶消されてないんなら、もう隠す必要も無くね? 不死美さんなら魔法で何とかしてくれるんじゃないかなーって、思うんだけど……」
虎子とリューが顔を見合わせ、一瞬の静寂の後に「おお!」と歓声を上げた。
「その発想はなかったな!」
虎子は立ち上がり、天井に向かって声を上げた。
「おおい平山! ちょっといいか?」
そこへすかさず桃井が割って入った。
「虎子さん、平山さんは……その、ご迷惑じゃないでしょうか……」
不死美に対して(一方的な)ライバル心を燃やす桃井。ここで不死美に借りは作りたくないのだが……。
「そんなことを言っている場合じゃないだろう。それに原稿が編集部に届かなければ原稿料はもらえないじゃないか。そうなってしまっては一之瀬家としても困るんだ。というわけで平山ー! 聞こえるかー!」
虎子はさらに大声で不死美に呼びかける。
桃井は正直そんなことで不死美が反応するとも思えなかったが、ややあって何もない空間から声がした。
「はい、何か御用ですか? 虎子さん」
唐突に闇が集結して宙空に小さな闇の小窓を象り、その小窓から不死美の声は聞こえてきていた。
その超常現象だけでも桃井にとっては理解不能の出来事だが、ここは仁恵之里。それだけでは終わらない。
「かくかくしかじか……というわけで、桃井さんを東京の編集部まで送り届けてほしいんだが」
「まぁ、それは大変ですわ。お任せくださいまし」
次の瞬間、闇の小窓が数倍に膨張し、それがぐるんと回転すると同時に闇は黒いドレスへと変化。まるでCGの様なエフェクトを経て、平山不死美がその姿を現したのだった。
「うわぁ! 本当に出たぁぁぁ!」
虎子たちにとっては見慣れた不死美の空間移動だが、桃井にとっては理解不能の超現象だ。恐れおののく桃井の様子に、不死美は安心させるような笑顔を向けた。
「あら、イヤですわ桃井さん。『出たー』だなんて。わたくしは幽霊ではなくってよ」
「す、すみません……(似たようなものでは……??)」
「時に桃井さん、原稿は……」
不死美は畳に横たわる大斗を見やり、眠る彼に目を細めた。
「完成している様子ですわね」
その様子に胸が騒ぐ桃井。それが
「か、完成してます! 私と大斗さんのふたりで完成させましたから!」
そこをやたらと強調する桃井だったが、不死美は別段気にする様子もなくにっこりと頷いた。
「そうですか。それなら問題はありませんわ」
(その余裕もなんかなぁ……)
桃井がモヤモヤしていると、不死美は桃井の手を取り、微笑んだ。
「さぁ、参りましょう」
「え? は、はい」
不死美は居間を出て廊下を抜け、玄関へと向かう。
虎子やリューもそのあとを追った。
「ささ、桃井さん。お履き物を」
「え、あの、平山さん? この前の蓬莱山の時みたいに魔法でその、ワープ的な感じではないんですか?」
「大丈夫です。わたくしにお任せくださいまし」
そして桃井を連れて庭まで出た不死美。
アキはこの一連の流れに首を傾げた。
「なぁ虎子。不死美さん、魔法使わないのかな」
不死美の遠回しな様子に、虎子は一抹の不安を感じていた。
「まさか、平山の奴……」
そのまさかだった。
唐突に、不死美は『彼女』の名を呼んだのだ。
「レレ。いますぐ来られますか?」
「え!?」
もちろん、いまの『え』は桃井のそれだ。
「ちょ、不死美さん! いま何て……」
しかし時すでに遅し。
夕焼け空の向こう側から超音速で飛んでくる物体はもう間違いなく……!
「お呼びですか!? 不死美様!!」
レレだった。
レレは着陸寸前にひらりと1回転して箒から人間の姿へと変身。同時に衝撃波のような突風が巻き起こり、吹き飛ばされるアキと桃井。
「うぎゃあっ!!」
ふたりは吹っ飛んだものの、虎子達はその突風を平然とやり過ごし、笑顔でレレを迎えた。
「すまんなレレ。カルラコルムに戻ったばかりだったろう」と、虎子。
「いえ、私は不死美様のお呼びとあらば何処へなりとも……ところで、何かご用でしょうか不死美様」
すると突然、不死美はレレの手を取り潤んだ瞳でレレを見つめた。
「ふぇっ!? ふ、不死美様っ?!」
「レレ。わたくしのお願い、聞いてくださるかしら」
息がかかるほどに近づく不死美の美貌。
不死美を敬愛し尊敬し溺愛し……とにかく不死美に対して『好き』しかないレレにとって、それはそれだけで即絶頂級の愛撫でもあった。
「な、な、なんなりとお申し付けください!!」
「実は、かくかくしかじか……というわけで、桃井さんを東京の編集部までお送りして差し上げたいのです。お願いできますか?」
「承知いたしました!!」
不死美の為ならたとえ火の中水の中。そんなレレの瞳は爛々と輝き、先程の衝撃波で吹っ飛ばされた桃井の元へとずんずんと近付き、彼女の前で仁王立ちした。
「桃井さん! お
「え、いや、あの、レレさん、私やっぱり電車で……」
「お早く! 不死美様のご命令は絶対です!!」
「ひ、ひぃぃ……」
レレは箒へと変身し、ほぼ強制的に桃井を跨がらせ、ふわふわと浮上した。
「最高速で参ります! しっかりと掴まっていてください!!」
「あのレレさん、そんなに急がなくても……」
地上では虎子とリュー、そしてアキが桃井に手を振り、不死美は何かを期待する熱い視線をレレに送っていた。
(不死美様が見てる……あんなに熱っぽい瞳で! ご期待に応えたい!!)
瞬間、レレの魔力が一気に高まり、バチバチと紫電を迸らせる。
吹き荒れる魔力の奔流にさらされた桃井の汗が一気に冷えた。
「ちょ、まだ心の準備が……!」
「行きます! 極限飛翔魔法……『火竜・
っ!!
ドンッ! という衝撃波は大地を揺るがせ、爆風にも似た突風を残してレレと桃井は一瞬で空の彼方へと消えた。
「ぐわぁあ!!」
そしてアキだけがその衝撃波で吹っ飛ばされた。
静寂を取り戻した一之瀬家の庭先。
桃井が消えた夕焼け空をうっとりと眺める不死美に、虎子は思わずため息をついてしまう。
「……平山。わざとだろ」
「はて? 何のことでしょう?」
「……」
ジト目で見つめられ、不死美は観念したような笑みを虎子に向けた。
「桃井さんが余りに可愛らしくて……つい意地悪をしてしまいたくなるのです。もちろん、友愛の念からの事でしてよ?」
「……結果的に原稿が間に合えば目的は果たされるが、意地悪も程々にしてくれよ。桃井さんは大斗の有能なパートナーなんだからなっていうか、桃井さん以外に大斗を扱い切れる編集者がいるとは思えないからな」
「ええ。心得ましたわ」
ふふ、と微笑んだ不死美。しかし、すぐにそのトーンを落とし、虎子にだけ聞こえるような声色で彼女に問うた。
「時に姫様。春鬼さんとのお話ですが……」
「……何故お前がそれを?」
虎子の視線が鋭い。しかし、不死美はそれを真っ向から受けていた。
「わたくしが立会人を務めることになりました」
数瞬の間。
虎子は出来るだけ感情を押し殺して応えた。
「春鬼からの依頼か?」
「有馬会長からのご指名です」
「……妥当だな。刃鬼から
「仰る通りです」
「刃鬼め、こういう仕事は滅法早いな」
虎子はやれやれというような顔で肩をすくめて見せたが、すぐに真剣な表情に戻り、それを不死美に向けた。
「……
虎子と不死美が並んで何かを話している。
リューはその何気ない様子に何か胸騒ぎの様な物を覚えた。
(お姉ちゃんと不死美さん、さっきから何を話しているんでしょう……)
何か良くないことが起こるのではないか。
そんな嫌な予感が、リューの胸を余計に騒がせるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます