第138話 始まりの予感というか実感

 結局そのまま会議は終了となり、武人達は帰路につく羅市とレレを見送るために本部正門へと集まっていた。


「本日はご足労いただき、誠にありがとうございました」

 刃鬼が代表して頭を下げると、羅市は右手をひらひらさせて自嘲的に笑った。

「やめてくれよ。あたしは何もしてねぇし。茶ぁ飲んで駄弁ってただけだからな。不死美さんに叱られちまうよ」

 カラカラと笑う羅市だったが、その笑顔にはどこか影が差していた。


 その原因はオーデッドが言った「忘れている事」について。

 そして、彼が出した「須弥山芙蓉宝望天狐しゅみせんふようほうぼうてんこ」という『マヤの神』の名。


 それらには、羅市なりに思うところがあったのだ。



「アリス」

 春鬼の声がオーデッドの言葉で羅市を呼んだ。

「……なんだよ」

「お前と話ができて良かった」


 軽薄な言葉が多いオーデッドには珍しく真摯な言葉だった。

 その意外なセリフに羅市は数舜言葉を詰まらせていたが、それは彼女なりに言葉を選んでいたからだろう。

「……あたしもだよ」

 そして彼に背を向けるが、薄桃色に上気した頬は隠すことができなかった。


 レレはその様子に一瞬頬を緩ませるが、すぐに表情を引き締めて刃鬼や武人たちに向き直った。

「こちらこそ、本日はありがとうございました」

 そしてひらりと一回転。レレは箒へと姿を変えて宙にふわふわと浮いた。

「……そうだ、リュー」

 羅市はリューに顔を向けた。


「体の方はどうだい? 傷は痛むか?」

「大丈夫ですよ。羅市さんのおかげです」

「……あん時は悪かったね」

「いえ。私は感謝しています。ありがとうございました。羅市さん」

 リューが頭を下げると、羅市は「よせやい」と、はにかむように笑った。


「じゃあなみんな。今日は楽しかったぜ!」

 羅市は二カッと白い歯を見せ、颯爽とレレ に跨った。

「それでは失礼します!」

 レレはそう言い残し、一瞬で天高く舞い上がってすぐに見えなくなってしまった。



筋斗雲きんとうんのような奴だな……」

 虎子は魔力の輝く尾を引き、流れ星のように飛んでいくレレを見送る。

 そんな彼女にオーデッドが歩み寄った。

 虎子は彼の顔を見つめ、表情を固くする。


「……春鬼とお前の境界はそこまで曖昧なのか」

 そう問うと、彼はふん、と鼻を鳴らした。

「気合がたりねーんだよ春鬼の奴はよ。お前から喝を入れてやれよ、虎子」

「どういう意味だ?」

「すぐにわかるよ。つーか、俺は疲れたからもう帰るぜ。あとはうまくやれよ、春鬼」


 次の瞬間、春鬼の表情から軽薄さと粗野さが消え、皆が知るような春鬼のそれへと変貌した。


「……やっと静かになった」

 そう言って小さなため息をつく春鬼からは他の何者の気配も感じない。オーデッドはとりあえず鳴りを潜めた様だった。


「春鬼、気を抜くなよ」

 虎子の視線が鋭い。春鬼はそんな虎子が何を言わんとしているかなど、先刻承知だ。

「俺がオーデッドに取り込まれるようなヤワな男だと思うのか? 虎子」

「わかっているのならそれでいい。余計なことを言って悪かったよ」

「いや……」


 春鬼は何かを言い淀む様な間を置き、続けた。

「虎子、少し話がある」

「……場所を移すか?」

 春鬼のいつになく真剣な瞳に何かを感じた虎子。彼女の提案に春鬼は頷いた。



「あれ? お姉ちゃんは?」

 いつの間にか姿を消した虎子をあたりを見回し探すリュー。

「シュン兄さんもいない……アキくん、お姉ちゃんを知りませんか?」

「いや? 知らないけど……どこいったんだろ?」

「……お姉ちゃん……」


 それは別段なんていうこともないのだが、妙な胸騒ぎを覚えるリュー。

「どしたのリュー?」

 澄がどこか上機嫌でやってきた。

 リューはその胸騒ぎを押し込め、無理にでも笑顔を作った。

「……いえ、なんでもないですよ。それより澄、すっかり元気ですね」

「え? ま、まあね」


 澄は春鬼と羅市がただならぬ関係ではないのかと勘繰っていたが、それが勘違いだったと判明したので元の元気を取り戻していたのだ。


「でもびっくりだよね。有馬のしきがそういうものだってのは知ってたけど、まさか春鬼が憑依的な事になってたなんて」

「シュン兄さんだけ特別の様ですけどね」

「にしても傍迷惑なやつだなぁオーデッドって。なんかガラ悪いし! 春鬼の評価落とすようなことだけはしてほしくないわー」

「確かに怖そうな人ですけど、根は優しそうですよ?」

「ええ? そうかな〜」


 そこへ刃鬼がやってきた。アキを見つけて、ちょいちょいと手招きをしている。

「ちょっと、アキくん」

「は、はい? なんですか?」

「突然だけど、明日から土日以外朝7時から道場ウチに来なさい」

「え?」

「キミも武人会に所属するなら、武人会会員としてそれなりの基礎的な力をつけなきゃね。修行だよ、修行。夏休みなんだし、いいだろう?」

「え?」

 今のえ? はリューだ。


「……何だい? リュー」

「い、いえ、アキくんはまだ戦うと決まったわけでは……」

「そうでなくても基礎体力はつけといて損はないと思うよ。僕の見立てではちょっと心許無いかなーって思うんだよね」

「で、でも……」

「大丈夫大丈夫。危ないことはしないから」


 満面の笑みをたたえてはいるが、有無を言わさぬ刃鬼の会長オーラに抗えず、アキもリューも許されたのは承服の返事だけだった。


「よ、よろしくお願いします……」

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