第137話 思い出の角が取れて

 前代未聞、武人会議中止!


 ……とはいえ、今回の会議はお祭りの内容確認のような位置づけだったので中止になったからと言って特に問題はない、とは刃鬼の談。


 だったら最初からやる意味なくね? とアキは思ったものの、「定期的に集まることに意味も意義もあるんだよ」と、虎子は諭した。


 その集まった武人たちと客人である羅市と(気絶から回復した)レレは現在コーヒーブレイク中だった。


 いつまでたっても終わる気配がないオーデッドと羅市の口喧嘩を何とかしようと、リューが「そうだ、お茶にしましょう!」と提案し、なんとかふたりを落ち着けることに成功したのだった。


 そしてようやく落ち着きを取り戻した会議室。

 コーヒーや紅茶の置かれたテーブルの上には、その場に似つかわしくない古い本が数冊置かれていた。

 刃鬼はその中の一冊を手に取って、目を細めている。

「懐かしいなぁ。昔はよく読んだんだ」


 アキはそのうちの一冊を手にとってじっくりと観察してみた。

 かなりの年季を感じさせるその佇まい……まるで歴戦の戦士の傍にいるような緊張感に肌がざわつく。

「会長、これってなんなんですか?」

「この本はね、有馬流の歴史を綴ったものなんだ。仁恵之里に関することもいろいろと書いてあるよ。ある種の郷土史みたいなものかな?」


 そしてその中の1ページを開き、みんなに見えるようにテーブルの上に置いた。

「ここにオーデッドについての記載がある」


 澄は興味津々でのぞき込むが、古文書然とした毛筆書きの文字を読むことができない。

「……なんて書いてあるの? 虎ちゃん読める?」

「どれどれ……うんうん、なるほど。ほう、そういうことだったのか」

「読めるの? さっすが虎ちゃん!」

「うむ。では、僭越ながら私が要約するとしよう」

 虎子は当時の事を知っているというか当事者のようなものなのでとりあえず読むふりをしたうえで、記憶をトレースするように語りだした。


「……今から約500年前の事だが、オーデッドは東欧の海賊だったそうだ。彼の乗った海賊船が嵐で遭難して日本近海まで流されて難破し、彼だけが生き残って日本本土にたどり着いたという。そして紆余曲折をへて仁恵之里へ迷い込み、当時仁恵之里で最も美しく最も強かった龍姫様というお姫様の湯浴ゆあみをのぞき見しようとしていたところを有馬流当主であった有馬ありま始鬼しきという侍に見つかってボコボコにされ、そのまま有馬流に入門する流れと相成ったと……」

「おいちょっと待て!」 

 そこでオーデッドが割って入った。


「俺はお前の風呂なんて覗いてねぇぞ。適当なことを言うな!」

「ああそうだった。畑の芋を盗もうとしていたところを始鬼に見つかったんだったっけ?」

「そんなことしてねぇよ! とりあえずこ仁恵之里このへんに新しい根城でも作ろうとしてたら有馬始鬼お師さんに邪魔されたんだよ!」

「で、ボコられたと」

「俺は負けたと思ってねぇ」

「はいはい。わかったわかった」


 二人のやり取りは旧知の仲そのものだ。

 実際、彼らは500年前に共に戦った戦友なので当然なのだが、そのいきさつを知らないほかの面々には謎のやり取りにしか見えない。


「お姉ちゃんとオーデッドさんはお知り合いなんですか?」

 リューがきょとんとしながら首をかしげている。

「え? いや、そういうわけでは」 ……焦る虎子。

「でも、なんか妙に詳しいっていうか、リアルっていうか……まるで見てきたような、そこにいたような……」

「いやいや、そういう出来事が資料に載ってたっていうか、なんというか……なぁ、有栖!」


 苦し紛れに話を羅市に振る虎子。

 虎子が自分の過去を伏せておきたいことを先刻承知の羅市は「仕方ねぇなぁ」というような顔で助け舟を出した。


「あたしが教えてやったんだよ。なんせあたしは500年前からこのお馬鹿侍と腐れ縁が切れなくてね」

 するとオーデッドはニヤリとイヤらしい笑みを浮かべた。

「良縁の間違いだろ? 500年前はあんなに好き好き言ってたくせによ」

「うるせぇ適当な事ぬかすなぶっ飛ばすぞ」


 どこか「喧嘩するほど仲が良い」的な空気を醸すふたりに、澄が何かを勘ぐるような瞳で羅市に問うた。


「……500年前? そんな昔からふたりにどんな繋がりがあるの?」

「ん、澄はあたしが超長生きな事ァ知ってんだろ? あたしだけじゃねぇ、不死美さんや留山もそうだが、オーデッドが生きてた頃から仁恵之里やら武人会とは交流っつーか、何かと繋がりがあるんだよ」

「いや、そこじゃなくてさ」

「……えェ?」


 急に口ごもる羅市。そんな羅市を可愛らしく思いつつ、オーデッドが割って入る。

おチビが言ってんのはそういう繋がりじゃなくて、男女の繋がりって意味だろ?」

「生々しいわ! チビ言うな! でも、ぶっちゃけそういうこと」


 興味深い内容に、全員の視線が羅市に向く。

 羅市は一瞬怯んだものの、持ち前の度胸で真っ向からそれを受け止めた。

「……あァ、もう面倒くせぇ! わかったよ! あたしとオーデッドはだったよ! 『男女の仲』ってヤツだ! だからなんだよ文句あンのか!?」

 乱暴な言葉とは裏腹に耳まで真っ赤な羅市。意外に初心うぶな反応に皆がニヤつく中、澄だけは神妙な面持ちだった。


「……あのさぁ、オーデッド」

「なんだよいきなり呼び捨てかよ」

 澄は彼にだけ聞こえるように耳打ちをした。

「この前、学校で魔琴とアンタが話ししてたの偶然聞いちゃったんだけど」

「はあ? なんだよ、もしかしてあん時の物音はお前だったのかよ」

「多分そう。でさ、「羅市さんは俺の女」とかなんとか言ってたのって、アンタの話?」

「……つまり、俺が言ったのか春鬼が言ったのかって意味か?」

「そうそう」

「お前、春鬼に惚れてんのか?」

「質問に答えてよ!」


 真っ赤になった澄の顔を見れば、改めて訊くまでもない。オーデッドもそこまで朴念仁ではなかった。


「お前、春鬼が言うと思うか?」

「じゃあ、あれは春鬼の気持ちじゃないんだね?」

「だからそう言ってんだろ」

「……そうだったんだぁ!」


 急に元気を取り戻した澄。

 まるで萎れた花が水を吸い上げて張りを取り戻した様な彼女の様子に、オーデッドは少々複雑な心持ちだった。

(ガキは純粋だが、それがかえって酷なときもあるわな……)


 すっかり元気を取り戻し、リューと並んで楽しそうに笑う澄の笑顔が胸に痛い。

 その痛みはオーデッドの物か、それとも春鬼の物か。


「……おい春鬼。早めにキメとけよ。じゃねぇと、おチビが不憫だ」

 独りごちるオーデッド。しかし、その裡に潜む春鬼からの反応は無かった。

「……聞こえねぇふりしてんじゃねーよ」


 オーデッドはもう一度独りごち、深い深いため息をつくのだった。

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